奪った後で、後悔するのはあなたです~私から婚約相手を奪って喜ぶ妹は無能だった件について~

キョウキョウ

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第17話 失敗の責任※ロデリック視点

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 イザベラが大惨事を引き起こしてしまった。

 あれから数日が経ったけれど、事態は収まるどころか、悪化の一途を辿っている。今回の件で、色々なところから非難が殺到している。

 机の上には、貴族たちからの手紙が山積みになっていた。

 開けるたびに、胃が痛くなるような内容ばかり。朝から晩まで、執事が新しい手紙を持ってくる。その度に、机の上の山が高くなっていく。

「今回のパーティーは前代未聞の失態」
「公爵家の品位を貶めた」
「二度と貴家の催しには参加いたしません」
「ドレスの弁償をいただけるのでしょうね」

 どれも、厳しい言葉ばかり。一通、また一通と読むたびに、頭が痛くなる。

 非難、抗議、苦情——そして、賠償請求。特に、賠償請求の額が凄まじい。金額を合計すると、目が回りそうになる。

 特に痛かったのは、社交界の重鎮からの手紙だった。

『ヴァンデルディング公爵家は、社交界の模範であるべき立場にありながら、今回の杜撰な運営は目に余るものがあった。参加者の安全すら確保できない、前代未聞の失態。公爵家としての責任感はどこへ行ったのか』

 手紙の送り主は社交界の情報通でもあり、その意見は社交界全体に広がってしまう。

『セラフィナ嬢が婚約者であった頃は、このようなことは一度もなかった。常に完璧な運営で、参加者への配慮も行き届いていた。世間ではイザベラ嬢を評価する流れがあって、私もそれを信じていた。彼女こそが真の才女であり、姉は妹の功績を盗んでいたのだと。だが、それは大きな間違いだった。噂を信じたことは完全に、見事に、愚かであったと、今更ながら痛感する』

 セラフィナの名前を出してくる。

 それが、一番腹立たしかった。まるで、俺の判断が間違っていたと、はっきり言われているようで。

 手紙を机に叩きつける。紙が音を立てて、他の手紙の上に落ちる。

 イザベラこそが優秀なはずだった。姉から功績を奪われていた、可哀想な妹。本当の才能を持つ女性。姉の陰に隠れて、正当な評価を受けられなかった。だから俺は、彼女を選んだのに。彼女を救い出したのに。

 なのに、どうしてこんなことに。

 俺の判断は、正しかったはずだ。イザベラは有能で、セラフィナは妹から功績を盗んでいた。

 だが、結果は——この有様だ。

 執事が持ってきた報告書を手に取る。今回のパーティーを開催するために使われた総額がまとめられている。数字を見て、目眩がした。

 パーティーの開催費用。少しだけ予算を超えている。だが、これは許容範囲でもある。

 それに加えて、参加者のドレスの弁償。何十着もの高価なドレス。それぞれが何千金貨もする特注品。楽器の修理費用——いや、修理不可能なものも多く、新品の購入費用。百年物の名器の代替品など、天文学的な額。会場の修繕費。水浸しになった床の張り替え、装飾の再制作、絨毯の交換。

 これは、予想していなかった大損失。

 頭が痛くなる。公爵家といえども、この額は無視できない。家計を圧迫する。下手をすれば、領地経営にも影響が出るかもしれない。

 そして何より――金銭的な損失よりも、失われた信用の方が遥かに痛い。

 ヴァンデルディング公爵家の名声。代々築き上げてきた、社交界での地位。それが、一夜にして地に落ちた。


 ヴァンデルディング公爵家の当主である父に呼び出された。今回の件を問い詰められるのだろう。覚悟はしていた。だが、実際に執務室の前に立つと、足が重い。

 扉をノックする。

「入れ」

 低い声。いつもより、一層厳しい響きがある。

「ロデリック」

 父の声は、いつになく厳しかった。

 呼び出されて執務室に入ると、父は机の向こうで腕を組んで座っていた。その表情は、冷たく硬い。目には、怒りと失望が混じっている。

「今回の件は、我が家の名誉を著しく傷つけた」

 開口一番、そう言われた。弁解の余地もない、断定的な口調。

「父上、しかし……」
「言い訳は聞きたくない」

 父は、冷たい目で俺を見つめた。その目には、息子を見る温かさは微塵もない。ただ、失敗した愚か者を見るような、冷徹な視線。

「セラフィナ嬢を手放し、その妹を婚約者に迎えたのは、お前の判断だった。我々は、お前が強く主張してきたから認めた。『イザベラこそが有能だ』『姉は妹から功績を盗んでいた』と、お前は何度も力説した」

 その言葉に、何も反論できない。確かに、俺が主張した。両親を説得して、セラフィナとの婚約破棄を認めさせた。

「イザベラこそが有能だと、お前は断言したな。『彼女なら、公爵家の名声をさらに高めてくれる』とまで言った」

 父の言葉が、一つ一つ胸に突き刺さる。確かに、そう言った。信じて疑わなかった。

「その結果が、これか」

 父は、机の上に積まれた賠償請求の書類を指差した。

「……申し訳ありません」

 頭を下げる。それしか、できることがない。

「謝罪で済む問題ではない」

 父は冷たく言い放った。

「公爵家の当主として相応しくない判断だ。お前に公爵位を継がせることについて、再考せざるを得ない」

 その言葉に、背筋が凍る。心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

「ち、父上! そこまでは……!」

 父は、冷ややかに笑った。その笑顔には、温かみが全くない。

「婚約破棄という重大な決断を誤り、社交界の評判を地に落とし、莫大な損失を出し、さらには家名を汚した。これで『そこまでは』と言うのか?」
「それは……」

 父の言葉が、容赦なく降り注ぐ。

「結果を出せなければ、地位は保証できん。それが、貴族としての掟だ。実力のない者は、その地位に相応しくない」

 俺の言葉を聞く気はないらしい。既に判断は下されている。全て、結果次第だと。

「申し訳ありませんでした」
「話は終わりだ」
 
 そう言って、父は書類に目を落とした。執務室から出ていけ、とでも言うように、完全に意識から外される。まるで、もうそこに俺がいないかのように。

 俺は、何も言えずに部屋を出た。廊下に出ても、しばらく頭の中は真っ白で、何も考えられない。



「ロデリック!」

 廊下で、母と鉢合わせた。その瞬間、母は感情的な声を上げた。

「あなた、なぜセラフィナを手放したのよ!?」

 母は、より直接的だった。父のような冷静さはない。ただ、怒りと失望が、そのまま言葉になって飛んでくる。

「彼女がいた時は、パーティーはいつも完璧だったでしょう! 参加者からの評判も良かったし、私たちも安心して任せられたわ! なぜ、こんな愚かな判断を!」
「母上……当時は、イザベラの話を信じて……」
「信じた?」

 母の声が、一段と高くなる。

「あなたが、それが本当だと言ったんでしょう! 『イザベラこそが有能だ』『セラフィナは妹から功績を盗んでいた』って、何度も何度も! 私たちは、あなたの判断を信じたのよ!」
「それは……」
「イザベラなんて子を選ぶなんて、どうかしてるわ! 間違っていたのよ!」

 母の言葉が、容赦なく続く。

「そのせいで、私まで愚か者と見られてしまったわよ! ああ、恥ずかしい! 社交界に顔を出せないわ!」
「母上……」
「イザベラを選んだのは、あなたの判断でしょう? だったら、責任を取りなさいよ! 私たちに迷惑をかけないで!」

 母は、そう言い残して去っていった。

 家督を継げないかもしれない。イザベラを選んだことが間違いだったと責められる。公爵家の名誉を傷つけたと非難される。

 ――でも、おかしいじゃないか。

 イザベラを連れてきたときは、絶賛していたくせに。彼女こそが、公爵家の躍進に役立ってくれると、両親も信じていたはずだ。

『素晴らしい選択だ、ロデリック』
『彼女なら、公爵家の名声をさらに高めてくれる』

 そう言っていたのに、今になって俺だけを責めるなんて。
 
 結果が悪かったからといって、手のひらを返すように。

 責任は全部、俺に押し付けられる。

 不公平だ。理不尽だ。



 俺は、イザベラに会いに行った。

 話をしなければ。これからどうするのか、一緒に考えなければ。

 彼女の部屋のドアをノックする。

「……どうぞ」

 か細い声が聞こえた。いつもの明るい声とは、全く違う。

 部屋に入ると、イザベラは窓際に座っていた。

 その姿は、いつもの華やかさはなく、小さく、か弱く見えた。顔色も悪い。目は赤く腫れている。泣いていたのだろう。髪も乱れていて、ドレスも皺だらけ。いつもなら完璧に整えている外見が、今は全く手入れされていない。

 そんな彼女の姿を見て、胸がギュッと締め付けられるような感覚があった。

「ロデリック様……」

 彼女は、俺を見ると小さく震えた。怯えているように見える。

「申し訳ありませんでした、ロデリック様」

 イザベラは、とても悲しそうな表情で謝ってきた。目に涙を浮かべて、俺を見上げた。その瞳は、本当に悲しそうで、後悔に満ちているように見えた。まるで、世界の全ての重荷を一人で背負っているかのような表情。

「私が……私が全て悪いんです……」

 声が震えている。今にも泣き出しそうな声。

 ――ちょっと、文句を言ってやろうという気持ちもあった。

 父や母に言われたこと、貴族社会からの非難、莫大な被害額。全部、彼女に伝えて、どうするつもりなのか問い詰めようと思っていた。『なぜ、こんなことになったんだ』『お前が有能だと信じていたのに』と。

 でも、その表情を見たら、怒る気が失せてしまった。

 彼女も、十分苦しんでいる。ちゃんと反省している。この憔悴しきった様子を見れば、それは明らかだ。

 たった一度の失敗じゃないか。彼女も頑張ってきた。それを俺も見ている。準備の段階で、彼女がどれだけ一生懸命だったか。素敵なアイデアを出し、計画を立てて、スタッフに指示を出して。

 確かに、結果は最悪だった。だが、努力したことは事実だ。俺は、それを知っている。

「イザベラ……」

 俺は、彼女に近づいた。

「泣かないでくれ。お前だけの責任じゃない」

 そう言って、彼女の肩に手を置いた。

 イザベラは、俺を見上げて、また涙を流した。

「ロデリック様……、優しいんですのね……。私、あのような失敗をしたのに……」

 彼女の涙を見て、俺の心が揺れた。

 そうだ。可哀想な彼女を責めても、何も解決しない。
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