奪った後で、後悔するのはあなたです~私から婚約相手を奪って喜ぶ妹は無能だった件について~

キョウキョウ

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第36話 浮かれることなく

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 スケジュール通りの進行で、パーティーが終わりに近づいた頃。

 招待客たちが、次々と帰り支度を始めた。

「素晴らしいパーティーでした」
「ありがとうございました。楽しかったです」
「また、お招きください。次も楽しみにしております」

 口々に、感謝の言葉を述べてくれる。

 私は一人ひとりに、丁寧にお礼を言って回る。

「お越しいただき、ありがとうございました」
「楽しんでいただけたなら、幸いです」

 文官貴族の方々も、軍人貴族の方々も、皆、満足そうな表情で帰っていく。

 最後の招待客が帰っていくのを見届けた。

 馬車が遠ざかっていく音。

 それを聞きながら、私は大きく息を吐いた。

 終わった。

 無事に、終わった。

 その瞬間、安心して全身から力が抜けるような感覚があった。



 数日後、パーティーの評価が次々と届き始めた。

「パーティー、素晴らしかったです」
「完璧な運営でした」
「今までで一番楽しかったです」

 続々と、賛辞に満ちた声が届く。

 社交界でも話題になっているという報告がアルバートから届いた。

「セラフィナ様、先日のパーティーが大変な評判になっているようです」
「そんなに?」
「はい。『革新的』『画期的』といった言葉が、社交界で飛び交っているとか」
「……そう」

 私は少し驚いた。

 もちろん、成功してほしいとは思っていた。

 でも、ここまで大きな反響があるというのは予想外。心のどこかで、何かが引っかかっていた。

 称賛の声は嬉しい。

 でも少しだけ、何か、違和感がある。



 私は書斎で一人、今回の評価について考え込んでいた。

 窓の外を見つめながら、ゆっくりと思考を巡らせる。

 パーティーは成功した。

 それは間違いない。

 参加者は楽しんでくれた。

 軍人貴族も、文官貴族も、誰もが笑顔だった。

 でも。この評価は、本当に適切なのだろうか。文官貴族からは、もっと否定的な評価が出てくると予想していた。

 どんなに上手くやったとしても、今までと違ったやり方に反対する意見は必ず出てくると予想していた。保守的な貴族社会では、新しい試みは必ず批判の対象になる。

 それなのに、そのような評価は一切ないらしい。

 それが逆に、違和感を感じてしまう理由。

 今回、それほどまでに称賛されるべきものだったのだろうか。この評価は、純粋にパーティーの質だけを評価したものなのだろうか。

 おそらく、違う。

 あの婚約破棄の時。私に関する噂を信じた人たちもいた。

 妹のイザベラの言葉を信じて、私を非難した人たちが居た。

 そんな人たちの中には、今回のパーティーに招待して、参加した人もいる。

 そして今、彼らは私を称賛している。



 おそらく、罪悪感でしょうね。

 私に対する例の噂を信じた人たちの、罪悪感からくる過剰な称賛。過去の行動を打ち消すために、過剰に褒め称える。それにより、反発が少なかったのだろう。

 それは、純粋な評価ではない。



 それから、物珍しさ。

 軍人貴族のパーティーという新しい経験への興奮。

 社交界では、いつも同じようなパターンが繰り返されることも多い。そんな中で、今回のような新しい試みは、目新しく映ったのだろう。

 純粋な評価ではなく、複雑な感情と状況が入り混じった賛辞。

 これは、危険かもしれない。

 過剰な期待は、失敗してしまった時の反動が大きい。高く持ち上げられるほど、落ちた時の衝撃は大きくなる。

 そして、失敗すれば――

 文官貴族と軍人貴族の溝が、前よりもっと深くなってしまう。

「軍人貴族のパーティーなんて、やはりダメだった」

 そう言われてしまうかもしれない。今回の成功が大きければ大きいほど、次の失敗の代償も大きくなる。

 私は、深いため息をついた。また安心はできない、ということ。

 一度の成功に浮かれている場合ではない。

 むしろ、今こそ冷静に、次を見据えなければならない。

「セラフィナ」
「マキシミリアン様!?」

 マキシミリアン様が部屋を訪れた。

 ノックの音も聞こえなかった。それほど、私は考え込んでいたのだろう。

「成功だったな」

 マキシミリアン様の声は、誇らしげだった。彼が今回の成功を喜んでくれるのは、とても嬉しい。彼の役に立てた。

「はい……でも」

 私は言葉を濁した。

「何か気になることがあるのか?」

 マキシミリアン様の声は、優しかった。

 私は言うべきかどうか少し迷ってから、正直に答えた。

「過剰な気がするんです。今回の評価は」
「過剰?」
「もちろん嬉しいです。でも、この賛辞は……適切な評価ではない気がします」

 私はマキシミリアン様を見た。

「どういうことだ?」
「純粋にパーティーの質を評価しているのではなく、他の感情が入り混じっているような気がするんです」

 私は、自分の考えを言葉にしていく。

「罪悪感や、物珍しさ。そういったものが、評価を過剰にしているのではないかと」

 マキシミリアン様は真剣な表情で聞いていた。腕を組んで、じっと私の言葉に耳を傾けている。

「過剰な期待は、危険です」

 私は続けた。

「あの出来事があったから、今は悪い意見を出しにくいような状況になってしまっている。だからこそ、危ない」
「ふむ」

 危機感を募らせる。

「次に失敗すれば、その反動は大きい。そして、文官貴族と軍人貴族の溝が、もっと深くなってしまうかもしれません」
「なるほど」
「一度の成功に浮かれて、次に失敗すれば……」

 私は窓の外を見た。夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。

「『やはり軍人貴族のパーティーはダメだった』と言われてしまうかもしれません。それだけは、避けたいんです」

 マキシミリアンは、しばらく黙って考え込んでいた。それから、ゆっくりと口を開いた。

 その沈黙が、少し長く感じられた。

 もしかして、私の考えすぎだっただろうか。

 せっかくの成功を、素直に喜べない私を、呆れているのかもしれない。

「お前は、本当に賢いな」
「え?」
「普通なら、成功に酔いしれて、称賛を素直に受け入れるところだ。でも、お前はそうしない」

 マキシミリアン様の声には、尊敬のような響きがあった。

「でも……」
「お前の懸念は、正しいと思う」

 マキシミリアン様は真剣な表情で言った。

「確かに、今回の評価には、様々な感情が入り混じっているかもしれない。純粋な評価だけではないだろう。でも、だからこそ、お前がやるべきことがある」
「やるべきこと?」
「この一時的な称賛を、持続可能なものに変えていくことだ」

 マキシミリアンの言葉に、私は目を見開いた。

「過剰な期待を、適切な理解に変えていく。時間をかけて、この新しいスタイルを貴族社会に浸透させていく。そうすれば、一時的な物珍しさではなく、本当の価値が認められるようになる」
「そう……ですね」

 私は小さく頷いた。

 一度の成功で終わらせてはいけない。

 今回のスタイルを、何度も何度も繰り返していく。そうすれば、いつか、それが「当たり前」になる。

「何度も言うが、お前ならできる」

 マキシミリアンは私の肩に手を置いた。

 その手の温もりが、私の不安を和らげてくれる。

「もちろん、俺も協力する。お前の使命を、俺の使命にしよう」

 その言葉に、私の胸が温かくなった。

 一人ではない。

 マキシミリアン様が、一緒に歩んでくれる。

「ありがとうございます、マキシミリアン様」
「さあ、今夜はもう休め。明日からまた、一歩ずつ進んでいこう」
「ええ、そうします」

 私は微笑んで頷いた。言われた通り、考え込むのをやめてリラックスする。そして考えるのは、また明日から。

 一度の成功に浮かれることなく。時間をかけて、少しずつ。

 この新しいスタイルを、貴族社会全体に浸透させていく。

 それが、これからの私がやるべきことだと忘れないように。
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