君が選ぶやり直し

氷高 ノア

文字の大きさ
7 / 25
第二章

2

しおりを挟む

「ねぇ、起きて。お願い……」
 夢の中で、誰かが私のことを呼んでいた。優しくて懐かしくて、心が温もりに満たされるような声。
 何故か目頭が熱くなる。だが、姿は一向に見えなかった。
 誰? 私のことを呼んでいるのは……。
「……さん。……るたさん。春田さん」
 はっと目が覚めて体を起こすと、驚いたように隣の机が激しく動いた。
「びっくりした……。大丈夫?」
 声の主に目をやると、見覚えのある高校の制服を着た、高身長イケメンが隣の机に手をついて立っていた。
「高……羅?」
「え? そうだけど……」
「うわぁーん! 良かったぁ、会いたかったよ~」
 私は思わず高羅に手を伸ばし、抱きついてしまった。大好きな高羅にもう一度出会えた。それが心から嬉しくて、涙が溢れる。 
 反対に、高羅は急なスキンシップに困惑した様子で、拒否はしないものの、少し距離を取ろうと腰を逸らしていた。
「どうしたの? 怖い夢でも見た? なかなか門に来ないから、心配して教室覗いたんだけど……」
 なかなか来ないとは何のことだろうか。教室、ということはここは私のクラスで間違いないのだろうが。
 他の生徒たちはみな、部活に行ったか帰宅をしたらしく、私たち以外誰もいない。
 私は高羅から離れ、自分のスマホを探し、画面を見た。
『九月二十九日 十六時四十五分』
 その数字を見て、あっと呟いた。
 今日は高羅と付き合って、三日目の放課後だ。高羅の部活が休みのため、一緒に帰る約束をしていた。確かその日は付き合ってから初めてのデートで、一緒にドーナツを食べに行き、高羅の手と口元がチョコレートだらけになっていたんだっけ。
 そんなことを思い出していると、本当にやり直しができていることに心底驚いた。
「何でもない! ごめんね、寝ちゃってたみたいで。行こっか!」
 私たちは鞄を持ち、教室を後にした。高羅の教室の前を通る際、近くにいた何人かの女子が私を横目で見る。きっと後で何か言われるのだろうなと感じた。
 北高校に入学したことはやり直せなかったが、東高校に行って高羅に出会えないことを考えると、やり直しはここからでも十分に思える。付き合えた事実まで残してくれていたのだから。危うく付き合うまでの努力が水の泡になるところだった。
 二人で今日あったことを談笑しながら、門を出て歩く。しばらく行くと、小さなショッピングモールが見え、中に入った。
 お互い、どこに行くか尋ね合う。高羅は終始どこでも良いといった様子で、結局、私が甘いものを食べたいと言い、やり直す前と同じくドーナツショップに行くことになった。
 店内に入ると、甘い香りが鼻腔を通って脳に直接刺激を与えるほどに、良い匂いが充満していた。
 トレイとトングを取り、宝石のように艶めきを放ちながら並べられたドーナツを、どれにしようかとあれこれ指を差しながら話す。
「私これにしよっと! 高羅は?」
「うーん。迷うな。春田さんはどれが美味しそうだと思う?」
「そうだね。このチョコレートがたっぷりかかったドーナツとか、美味しそうじゃない? あとはあそこにあるクリームが中に入ってるのとか」
「あ、確かにそうだね。それにするよ」
 死ぬ前に会った高羅と今目の前にいる高羅とでは、同じ高羅ではあるが、会話をしていると、やはり若干異なる感覚があった。当時は何も気にしていなかったが、少しぎこちないように思える。
 だからこそ、生前は少しずつ距離が縮まってきていたのだと実感でき、また嬉しくなった。あの頃のように戻り、次は更にこの先の人生も一緒に過ごして、仲を深めていきたい。
 私たちはそれぞれ選んだドーナツを購入し、席へと持って行った。
 まずはドーナツと、向かい側に座る高羅の手が写るように写真を撮り、思い出として残す。それを高羅は待っていてくれ、一緒に食べ始めた。ちぎってから口に入れる私とは対照的に、高羅は手でしっかりと持ってかぶりつく。
 予想通り、口元はチョコレートで髭のようになり、指先もベトベトになっている姿を見て、私は笑った。高羅もそれに気づいて、必死にウェットティッシュで拭き取ろうとする姿がまた可愛らしい。
 いつもと変わらない日常だった。本当に、ただ悪い夢を見ていただけなのではないだろうかと錯覚してしまう。少し先の未来を知っている私というだけで、周りは何も変わっていなかった。
「そろそろ帰ろうか」
 ドーナツを食べ終わり、一時間ほどその場で話をした後、高羅がそう言った。
 もうそんな時間なのかと思ったが、まだ十八時を過ぎたばかりで、辺りも明るい。
「もう少し一緒にいたかったなぁ」
 思わず本音を漏らすと、高羅は優しく微笑んだが、そのまま荷物を持って立ち上がった。
「だって、春田さん十九時が門限でしょ? 施設も遠いし、先生たちもまた心配するよ」
 施設? 先生?
 いきなりの話で意味がわからず、眉をひそめた。その間、高羅は自分と私のトレイを返却口に返しに行ってくれる。ありがとう、と伝えたものの、思考は完全に先程の高羅の発言に持っていかれており、頭をフル回転させていた。
「ごめん、施設とか先生って何の話?」
 戻ってきた高羅に私が恐る恐る尋ねると、高羅はぽかんとした表情で、私を見つめてきた。
「え、春田さんこの前言ってなかった? 二歳の頃にお父さんとお母さんが亡くなってから、ずっと施設で暮らしてるって」
「……え?」
 お父さんも、お母さんもいない?
 施設で暮らしている?
「この前、少し遅くなった時、職員さんや他の兄弟たちに怒られたんだよね? ほら、また心配させる前に帰ろう」
「いやいや、待って。私、お母さんいるんだけど。そもそも施設ってどこ? 場所もわからないし、帰れないよ」
 私は高羅の手首を掴み、必死に訴えかけたが、高羅の頭上にはハテナマークがいくつも浮かんでいるようだった。
 恐らく、私がおかしいのだろう。それはわかっているのだが、互いに互いの言っていることが理解できず困惑し合っている今の状況は完全にカオスだ。
『この世界でのお前は知っているはずだ』
 急に、声が聞こえてきた。遠くも近くもなく、直接脳内に流れていたかのような低い声。
 そうだ、天使おじさんの声だ。
 私は今、やり直しているのだった。
 あまりに日常と変わりなさすぎて、あの日に死んだ出来事は、私の中で悪い夢になっていた。
 そう思った瞬間、すっと何かを思い出したかのように、帰宅すべき場所も、そこで待っている人たちの姿や声までもが脳裏に浮かんできた。どれも今の私からすると初めましての顔ではあるが、ここに元々いた私からすれば、当たり前の光景だったのだろう。
 ただ、生前と同じく、自分の住んでいる家を思い出したところで帰りたいとは思わなかった。
「あ、あはは。冗談! 高羅と一緒にいたくて、冗談言ってみたの。ごめんね?」
 私はこれまでの不可解な会話の流れを元に戻すべく、笑って誤魔化した。すると、高羅は安心したようにほっと肩を撫で下ろす。
「完全に騙されたよ。本気でわからなくなったのかと思った」
 何とか誤魔化すことに成功し、私たちはショッピングモールを出た。まだ外は少し熱さが残る夜だった。
 少し歩くと、すぐに駅があった。帰宅ラッシュの波に揉まれるように、私たちは改札を入る。
「今日はありがとう。また明日」
 高羅がそう言って、プラットホームへと繋がる階段を上って行った。私も今までは同じ方向に乗っていたが、何となく足を止められ、高羅の背に手を振り、そこで別れる。
 恐らくこっちだと思う反対側のプラットホームへと歩いた。
 向こう側の待合室に、高羅が入っていく姿が見える。それを遮るかのように、目の前に電車が入ってきた。人が一気に押し出され、入れ替わりのように並んでいた人たちが電車という名の入れ物に詰め込まれる。
 私が今から帰る場所は、これまでの生活とは全く違うのだろう。施設、兄弟、先生。様々な人が関わっているだろうな。
 そこに入ることになった理由は、幼い頃に父と母が亡くなったから。いや、やり直したから、いなくなったのか。
 だが、あのうるさい母がいなくなって、高羅がいる世界線に来れたことは正直本当に嬉しく思っている。
 良かった。いなくなったのが母で。
 でも、そういえば、条件は“一番大切なものがない世界”でやり直すことだったが、いなくなったのが母ということは、私にとって一番大切なものは母だった、ということのなのだろうか。
 一駅先につき、人が少しずつ減っていく。人との間に少し余裕を持つことができた。
 結局、天使おじさんが言う“大切なもの”とは、一般的なものの見方に過ぎないなと思った。誰しもが、家族を大切に思っているわけじゃない。
 私は母のいないこの世界で、第二の人生を歩んでいこう。
 そう心に誓い、私は自分の新たな家へと向かって歩いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...