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第五章
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しおりを挟む真実を打ち明け合ったあの日から、私たちはこれまでよりも更に一緒にいる時間が増えた。
今までも、一緒に出かけることは何度もあったが、休日に少し遠出をすることが増えたり、互いの好きなことについて語り合ったり、それに関連する店に行くことも出てきた。
サッカー観戦に行ってみたり、サッカーミュージアムを見に行ったり。
様々なスポーツが楽しめる施設に行って、一緒にサッカーをすることもあった。
そこでサッカー以外にも、スポーツ自体にセンスがあり、難なくこなせる高羅が眩しくてかっこ良かった。私は本格的な運動経験はないものの、そこそこにできる方らしく、何とか高羅についていく。それでも失敗したり、上手くいかないことはたくさんあって、でもそれすら高羅と一緒なら楽しかった。
そんな完璧そうな高羅だが、ある日デートの帰り道に、ベンチに座って話していると、トテトテと歩きながら鳩が接近して来たところを見て、高羅はすぐに立ち上がり、ベンチから五メートルほど距離をとるくらいには警戒している姿があった。
高羅は実は、鳩が大の苦手らしい。
小さい頃から鳥全般があまり得意ではなかったが、小学校六年生の頃に見た夢がきっかけで、完全に鳩が駄目になってしまったそう。
どんな夢かと尋ねると、何の変哲もないただの鳩が頭の上に留まり、巣を作って卵を産んだそう。気をつけながらも学校に行くために歩き出すと、うっかり卵を落としてしまったらしく、それに鳩が激怒して、体中を食いちぎられる、という内容だったらしい。
それはトラウマになるのも無理はない。
高羅はこれまで他人にそれをできるだけ隠してきたらしく、恥ずかしそうにしていたが、完璧そうな人でも、必ず苦手なものがあると知り、どこか安心した。人間らしさを、ようやく感じることができたからかもしれない。
「苦手なものは苦手で良いじゃん。だってそれが高羅でしょ?」
そう伝えた日から、少しずつ高羅自ら、苦手なことや、好きではないものなど、マイナス面と思われることも話してくれるようになった。
完璧を生きてきた高羅は、どこかで他者の評価通りに生きなければならないと、無意識のうちに思い込んできたらしい。
それが少しずつ、負の面を隠す自分となり、異性に恋愛感情を持たれたとしても「自分のどこがそんなに良いのだろう」とか「きっと、良い部分しか知らないんだろうな」とか「負の面を見ても好いてくれるのだろうか」と思ってしまっていたのだそう。
とは言え、苦手なものなんて可愛いもので、鳩や風船、注射などだが。
風船は過去に一度、ふとした時に割れてしまったことがきっかけで、いつ割れるかと怖くなってしまったらしく、できるだけ避けているそう。
注射に関しては、昔は酷く泣いて暴れて拒否したそうで、両親が押さえつけながら予防注射をしに打ってもらうこともあったのだとか。今でこそ、拒否はしないものの、打つことがあればかなり緊張して力が入ってしまうらしい。
私は終始可愛いとしか思えなくて、寧ろ好きが増していったが、本人からすると、女々しいような気がして、コンプレックスに感じてきたらしい。
それが過剰に反応して、好きなことすらも、あまり積極的には言えなくなってしまったのだそう。
そのため、なかなか自分の好きなところや、行きたいところに誘うこともできず、何でも私の意見に賛成して合わせてきたそう。
だが、高羅の苦手なものを私が受け止めてからは「この人なら大丈夫かも」と思えたそうで、少しずつ行きたいところも主張して誘ってくれることも増えた。
得意なこともたくさん見せてくれるようになった。
ルービックキューブが好きで何種類も持っていること。
ゲームが好きなこと。
英語が楽しくて、たまにオンライン上でネイティブな人と話したり、ゲームをしていること。
陶芸が好きで、簡易的なキットを持っていること。
まさに多趣味であり多才と言えるだろう。
私はなかなか、これといったものはなかったが、憧れだったデートスポットにひたすら誘った。
遊園地、水族館、動物園、映画館、カラオケ、図書室での勉強デート。
どれも高羅と過ごす時間は楽しくて、本当に幸せだった。
高羅も私も、自分の趣味や一方的にやりたいことに対し、他人を付き合わせるのは、あまり良くないと考えていたのに、いつの間にか、そう思うことはなくなっていた。
いや、違う。高羅と私の二人の時だけ、今までとは異なる思考を持てるようになったのだ。
自分に付き合わせる罪悪感よりも、もっと相手を知りたくなり、同時に自分のことも共有したくなったのだ。
何よりそう感じたのは、寂しい夜かもしれない。
ある日、一人でいるのが寂しくて、高羅に連絡した。すると、「電話する?」と言ってくれたのだ。
普段話す時はなんてことないのに、初めて通話を時は、あまりにも緊張して、自らかけることができなかった。高羅にかけてもらい、応答ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?」と聞こえてきた高羅の声は、耳に触れられるような距離感で、いつもより少しだけ低めに響き、胸がドキドキしてくすぐったかったのを覚えている。
その日から、互いが無理をしない範囲で寝落ち通話をすることが増えた。
職員たちに見つからないように、布団の中に潜って、小声で話すこの時間が、心底好きだった。
高羅が疲れて先に眠ってしまった後に聞こえてくる寝息が、春の風のようで愛おしかった。
どちらかが寝たら、通話を切って終了、という約束にしているが、高羅が先に寝た場合、私はその後少しだけ繋げたまま、高羅を側に感じることが好きだった。もちろんこれは、私だけの秘密にしている。
以前までの私は、通話をしたい気持ちはあるものの、それをすることで高羅の時間を奪ってしまうことになる、と思い控えていた。だが、勇気を出して「寂しい」と連絡したことで、高羅の方から声をかけてくれたのだ。その真意を聞くと、高羅自身も話したい気持ちがあったのだそう。
互いのことを考えて抑えることも愛かもしれないが、自分のことをオープンにすることも愛なのだと気がついた。
そんな日々が続いたことにより、私たちの仲は少しずつ深まってきたような気がする。
やり直しをして良かったと、ようやく思えるようにもなった。
やり直して生きている一日一日を終えていく度、欠けた月はどんどん満ちていく。
もう少しで手が届くくらい、印象的だったあの日の大きさへと近づいていた。
気にしないようにしていても、どうしても見上げてしまう夜空に、蓋をしたくて堪らない。
「絵美さん、どうしたの? ぼうっとしてるけど」
高羅の教室で空を眺めていた私に、彼が覗き込むように話しかけてくれたことで、現実に引き戻されたような心地だった。
「なんか、綺麗だなって思ったら見つめちゃった。明日は満月かな? 帰る時、一緒に見れたらいいね」
私がそう言うと、高羅も安心したように微笑んだ。
「そうだね。明日も楽しみにしてる」
明日を境に、私の運命が変わる。
どうか無事、明日を終えることができますように。
そう月に願いながら、私たちは別れ、帰路へついた。
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