勇者たちの最期の日記

いと

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ヘイリンホラン商会

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 黒龍が住む楽園の手前の洞窟の小さな宿屋には入りきらないほどの人が集まり、水色髪の小さな店主はいつになく忙しそうに料理を運んでいた。
「宿屋があるという情報は聞いていないぞ。我がヘイリンホラン商会の情報網はどうなっている」
 小太りの男が顔を赤くして怒っていると、執事らしき初老の男性が頭を深々と下げた。
「誠に申し訳ございません。ですが、裏を返せばここへ来た者は帰ってきていないということではないかと」
「ふむ、そうかもしれぬが、ここで引き返す者もいるかもしれないだろう」
「いえ、ここに来るのに魔獣の群れに何度襲われたことでしょう。すでに半数はいない状態なので、ここから引き返すよりは黒龍を倒して成果を出した方が良いと思われます」
「どいつもこいつも黒龍黒龍と、それほどの脅威なのかね」
 そう言うと水色髪の店主が料理を持って近づき、黒龍について少し話をした。
「この宿の店主です。黒龍の情報を知りたいですか?」
「何か知っているのかね?」
「ほぼ知らないと言ってよいほど知りません。ここを通った者は全員焼き尽くされました」
「そうか、焼き尽くされたか。では、やはり防火装備は間違いでは無かったな」
「防火装備?」
 店主がそう言うと、小太りの男は大きく鼻息を鳴らして、荷馬車を見た。そこには特製の革で作られた鎧が大量にあり、手が空いた人からその装備を着こんでいた。
「龍とは言え大きなトカゲ。灼熱地帯のトカゲから剥いだ貴重な皮で作った特製の鎧だ。熱した鉄の棒を貼り付けても熱を通さないのだよ」
「それは素晴らしいですね。それで商売をすれば良いのでは?」
 店主の言葉に小太りの男はため息をついた。
「君は宿の店主と言う割には経験が浅い。熱した鉄を貼り付けても熱を通さないというよりも、黒龍の吐く炎に耐える鎧として売り出した方が売れるだろうし、値段も数倍高く付けられるだろう」
「ではその実験も兼ねているということですか?」
「そうだ。商売とは信用だ。仮にそれなりの魔術師の火球で熱を感じてしまったら、嘘になるからな」
 一見姑息な手や薄汚い手段を使いそうな見た目に反して、商売となると真面目になる小太りの男。それ故にヘイリンホラン商会は大陸全土に渡って名が通っている。
「しかし、黒龍が住む楽園の手前に宿があるなら、名のある冒険者は来ているのではないか?」
「はい。この本には来訪者に色々なことを書いてもらっています」
 そう言って店主は本を渡した。

「ほう……剣聖のグランハイツは舞台の主人公にもなっている有名な偉人だが、大怪盗カムラも来ていたのか」
「お知り合いでしたか?」
「ふん、知り合いもなにも、二度と会いたくないやつだ」
 小太りの男は大怪盗カムラについて話し始めた。
 その昔、まだ無名の商会として切磋琢磨していたころに、大怪盗カムラは現れた。その日に売るはずだった瑠璃色の宝玉を奪い、大きな負債を抱えることになった。
 後にその瑠璃色の宝玉が偽物だとわかり、あらゆる手段を用いて宝玉を買った業者を探し出し、支払った金額の数倍を奪い、その金を使って今の商会を作り上げた。
「まさかあの宝形を使って黒龍を倒そうと思ったのか?」
「『秘策はある』と言っていました。何とは言いませんでしたね」
「そうか。だったら因果応報だな」
 そう言って、小太りの男はサインだけを書いて本を閉じた。
「ちなみに秘策はあの防火装備だけですか?」
「他にも魔術や武器などにも工夫はあるが、それはここに戻ってきてからだな。商人というのは簡単に手の内を明かさないものだ」
「それもそうですね。このご飯の隠し味もおいそれと話せませんものね」
 店主はドヤっと言うと、小太りの男は「ほう」とつぶやき、料理に口を付けた。

「カカルラの実の種を使ったな。それに鳥の油も少し使っている」
「これは驚きました。大商会の方というのは伊達ではありませんね」
「出されたものを当てただけだ。ワシはそれ以上に、この種にこのような活用法があることに驚いている。無事に帰れたらこの料理をもう一度作って欲しい」
「承知しました」

 そして大量の料理は残すことなく全員がしっかり食べきり、翌朝は全員が万全の状態で進軍することになった。
「店主よ。世話になった。名前を聞いても?」
「名乗るほどではありません。ですが、無事に戻ってきたら自己紹介をします」
「理由は?」
「黒龍を倒した英雄へ最初に名乗るなんて、栄誉だとは思いませんか?」
「それは良い価値だ。待ってるが良い」

 そして洞窟の中へと進んでいった。見送った店主は寂しそうな表情でトカゲの皮の装備を眺めた。
 黒龍の吐く炎を知る人はいない。というのも、黒龍の炎を見た者は、その時点で焼かれているからだ。
 きっと彼らは黒龍の炎を人の頭くらいの大きさの球くらいの物が飛んでくるとでも思っているのだろうが、実際は違う。巨大な火炎放射に加え、周囲は数百度の熱。鎧を見る限りでは全身を覆っているわけでもないため、まず助からない。が、それを言うのは野暮だと店主は思った。
 そしていつも通り地響きが鳴り、そして収まる。いつも通り後片付けをしていると、洞窟から片腕を無くし、今にも命を落としかけている男が出てきた。
「……あ……う……」
「貴方は確か……ヘイリンホラン商会で馬車を動かしていた方ですね」
「ほ、本を……」
 店主は手当をしようと思ったが、男の意見を尊重し、ここを訪れてきた冒険者が書き記していた本を持って来た。利き腕では無いのか、手が震えてながら書いているが、しっかりと自身の経験を書いていた。
「他に欲しい物はありませんか?」
「ありま……せん。私は間違っていた……あんなのは……勝てるはずがない」
 そう言って、とうとう男はその場で息絶えた。店主は男を裏庭に担ぎ、そして丁寧に埋葬し、頭を下げた。
「あの剣聖でさえ戻って来ませんでした。例え格好悪い姿だったとしても、偉業を成し遂げたことに変わりありません。貴方の書き記した情報は、未来に生きるでしょう」
 偶然にも男が文字を書いたページは、ヘイリンホラン商会の小太りの男がサインを書いた場所だった。
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