勇者たちの最期の日記

いと

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騎士団長マーラック・ホラインド

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 ☆

 ここへ来る実力者は十人十色。黒龍に挑む挑戦者は名のある武士や魔術師ばかりだが、今回はその中でも随一と呼ばれる剣豪だった。
「失礼、ここは安全地帯か?」
 巨大な鎧に巨大な剣。それらの重さをもろともしない動きに、店主の少女は驚いた。
「もしや騎士団長マーラック・ホラインド様ですね。貴方も黒龍の討伐に挑むんですか?」
「そうだ。近場に龍がいるとなれば安心できぬからな」
 冷静に返答する騎士団長マーラック・ホラインドだが、何か違和感を感じ取った店主は一つの提案を出した。

「カレーを食べませんか?」
「む?」

 唐突の提案に何故か剣を構える騎士団長マーラック・ホラインド。それを見た店主は両手を挙げた。
「あ、いえ、お腹が空いているように見えたので、昨日から仕込みをした究極のカレーはいかがかなと思いました」
「う、うむ、そうだな。ここでは他に誰もいない。久しぶりにマナーや視線を忘れて食事を楽しむとしよう」
 そして店主は笑顔になり、カレーとライス。そしてサラダを用意するとマーラックは驚いていた。ここへ来るまでに数ある試練と強力な魔獣との戦闘で疲弊し、黒龍と戦う際には最大の力を発揮できないと覚悟していたのだ。
 休む場所があっただけでもマシと思える状況で、温かい食事にたどり着けるとは思っておらず、料理を前に一礼をした後駆け込んだ。

「う、うまい!」

 他社からは鬼や悪魔とまで言われた剣豪の騎士団長マーラック・ホラインド。その裏は孫にだけは優しく、そして食事には人一倍こだわりを持っていた。
「これほどうまい料理は初めてだ。稀に口にできる王族の料理も、ここまでは美味くない」
「それはほめ過ぎです。その場の環境や空気によって味は変わります。過酷な旅の後は蒸かした芋ですら高級料理に勝ります」
「それもそうだな。孫と一緒に食べたパンは、他の料理よりも美味しいと感じた。空気を食す。なかなか良い言葉だ」
「光栄です。もしも印象に残ったのでしたら、こちらに思い出を書いてみませんか?」
 そう言って店主はここへ来た冒険者が思い思いのメッセージなどを書き記す本を渡した。マーラックはそれを開くと、まだ数ページしか書かれていないことに少々物足りなさを感じた。
 だが、最初のページには伝説とも言われた『剣聖のグランハイツ』の名が記されており、その大物と名を並べられることに少々愉悦を感じた。
「他にも見知った名前もあるが、まあ見なかったことにする。ここにいる者は全員帰ってこなかったのだろう?」
「残念ながらそうですね。当然遺体はどこにあるかわかりません。ワタチでは黒龍に近づくことすらできませんから」
「いや、ここで宿を営んでいるだけでも凄いと思う。そしてこのカレー。そうだな……剣聖グランハイツはご立派なことを書いているし、他にも家族へのメッセージを残しているな。であれば私はこの言葉を残そう」
 少女はてっきり『空気を食す』という言葉を残すとばかり思っていたが、予想の斜め上の内容だった。

『私の子孫がもしも来たのであれば、是非ともここの店のカレーを食べてほしい』

 少女は驚き、何度もマーラックの顔と本を交互に見た。
「えっと、大切なメッセージなどでは無いんですか?」
「何を言っているのだ。これも立派な大切なメッセージだ。同時に、印象に残る。名を遺す剣豪も、名だけ残っても意味が無い。実際、この一番最初に書かれている剣聖グランハイツは伝説の剣士と言われているが、何をしたかはよく知られていない」
 歴史上の人物で、名を遺す者は何か偉業を成したからであるが、その分野に興味が無ければ知ろうとするものはいない。そう語ると、少女は少しだけ考え込んだ。
「だからと言ってカレーが美味しいというのは、適切なのでしょうか?」
「私にとっては重要であり、そして私の子孫に対しても大事なことだ。そうだな、何年、何十年となるが分からぬが、もしも私の子孫が来たら、この椅子に座らせてくれ」
 すると、マーラックは立ち上がり、そして隣の椅子に座った。
「時を超えて私は子孫とカレーを一緒に食べたことになる。時間と言う概念は時に残酷であり、ひ孫やその先の子供たちと過ごすことは無理でも、そう思うことはできる。この本はそのためにあると私は解釈するよ」
「そう思って書いた人は初めてですね。ですが、堅苦しい言葉よりもよほど良いかもしれません」
 そう言って、二人は笑い、そして数か月ぶりにマーラックは安心して眠りについた。

 ☆

 翌朝、マーラックは朝食もカレーを食べ、そして外に出て深呼吸をし、洞窟の入口をじっと見た。その様子を店主が見て、何をしているのかと質問をした。
「これから強敵と戦うんだ。覚悟を決めているのだよ」
「口元にカレーをつけていると、覚悟を決めているとは思えませんね」
「おっと、格好がつかないな」
 そしてまた笑う。鬼と呼ばれたマーラックも、普段から厳しいわけでは無く、大切な家族や時間の中では人間だった。
「店主に問う。勝てると思うか?」
「無理ですね」
 店主が答えると、マーラックは笑った。
「帰るなら今だと思います。ここで体力を回復された貴方であれば、厳しかった帰路も無事に歩めると思います」
「そうだな。それも考えた。ここでのカレーを教えに戻りたいとも思った。が、本に書いたから、その役目は貴女に託す。私は誇り高き騎士団長であり、背中を向けるつもりは無い」
 そして巨大な剣を軽々と持ち、店主に一礼をして洞窟へ入っていった。

 やがて、いつも通りの轟音が鳴り響き、熱風が洞窟からあふれ出てくる。それは戦いの始まりの合図であり、同時に終わりの合図でもあった。
「どうしてこうも愚かなのでしょうか。そもそも黒龍はここから出ることは無いのに、何に怯えて退治しようと企むのでしょうか。王族のプライドも関係していそうですね」
 そうつぶやいた後、店主はジャラっと鳴る袋を持ち上げ、中の金貨の重さを体感で確認した。

「まあ、ここが最後の休憩所だと悟って、全財産を置いていくから、構いませんけどね」
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