勇者たちの最期の日記

いと

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剣聖のグランハイツ

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 ☆

 世界の脅威になっている黒龍は、洞窟の先にある『楽園』と呼ばれる地で身を潜めている。鱗からは病原菌となる粒子が出てきて、口からはあらゆる物質を燃やす黒い炎を出す。
 楽園で身を潜めている理由は、そこから湧き出る大地の魔力を吸収するためであり、その魔力を集まったら最後、世界は炎の海になり果ててしまう。

 各国の共同政策として作られた冒険者ギルド。その中でも実力トップと呼ばれる者には称号が与えられ、各国の王がその者に黒龍の討伐依頼が言い渡された。
 そして、黒龍が身を潜めていると言われている楽園の手前の洞窟のさらに手前に、小さな宿がぽつんと建てられていた。看板には『最後の宿』と書かれてあり、男は扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
 水色髪の少女。背丈は十歳くらいの子供がエプロンを付けて立っていた。
「お待ちしておりました。剣聖グランハイツ様ですね」
「あ、ああ」
 男が驚きつつも返事をすると、椅子に案内された。そして剣聖は少女に質問をした。
「ここはなんだ?」
「ここは最後の宿です。黒龍を倒そうとする者がここを通るため、最後の休憩所としてここに建てました」
「そうか。野宿の手間が省けたのは大きいな」
 剣聖はここまで長い道のりを二本の脚だけで歩んできた。馬車や魔術を使わず、単純な体力と鍛えた足だけで大陸全土を歩んできた。
「冒険者の中でも最高位に立つ方が、魔術を使わずに技術や身体能力だけで君臨するとは、ある意味で人の領域を超えていますね」
「そういう君は人の気配を感じられないのだが、何者だ?」
「気配だけでわかる物なのですか?」
「心音が聞こえなかった。それだけで十分だろう」
 水色髪の少女は驚き、そしてため息をついた。両手を挙げて降参を示しているようにも見えるが、敵意は無いという意思の表明にも見える。
「ワタチはこの店のただの店主です。確かに人間とは異なりますが、この洞窟の先の黒龍はワタチにとっても不都合な存在です」
「同じ敵を持つ者同士、手を組むということか?」
「そういうことです。怪しければ去ってもらっても構いませんが、残るのでしたら料理と寝床を提供します」
 そう言うと、しばらく沈黙が続き、やがて「わかった」と小さく呟き、続けて料理を要求した。

 ☆

 魔術のあるこの世界で、単純な力と技術だけで数ある実力者を打ち破った剣聖グランハイツ。その名は大陸全土に渡って有名であり、一部では英雄や勇者とも言われていた。
 すでにとある王国の姫との婚約をしており、黒龍を討伐したら王族になる予定になっている。
「お仲間はいないのですか?」
「できることなら欲しかった。何度か一緒に仕事をした人もいたが、結果的にその人を守りながら戦うことになり、一人の方が良いと思ったんだ」
 警戒が解かれた剣聖の口調は柔らかくなり、青年のような声色にもなっていた。水色髪の少女は剣聖の冒険譚に興味津々で、台所から次々と話を聞いていた。
 黒龍を討伐したら王族になることや、姫についてどう思っているとか、そんな他愛もない会話は剣聖にとって久しぶりだった。
「王族になるということは、これからも英雄として目立つことになりますよ?」
「まだ黒龍を倒していないからね。とは言え、病気で死んだ弟と約束もしたんだ。あの世で自慢できる兄になるってね」
「お姫様との結婚は二の次ですか?」
「ヒルダとは……その……そうだな」
 急に顔を赤くする剣聖に、少女はほほ笑んだ。そして料理が完成し、それを持って行くと剣聖は目を輝かせた。
「これほど大きな肉の塊の料理は久しぶりだ」
「多ければ残してください。食べ過ぎて明日の討伐に支障が出たら元も子もないです」
「すまない。そうさせてもらう」
 そして剣聖は祈りを捧げ、無言で食べ始めた。その間少女は話しかけず、調理器具を洗い始めた。

 しばらくすると料理を食べ終え、剣聖は話し始めた。
「とても美味しかった。冒険の最後にごちそうが食べれるとは思わなかったよ」
「それは良かったです。こちらとしても命をかけてここで宿を営んでいるので、そう言ってもらえると嬉しいです」
「そうだな。ここは黒龍から一番近い宿と言っても過言ではない。特殊な結界でもあるのかい?」
「企業秘密です。とはいえ、ここ一帯は安全です」
「そうか」
 そう言って剣聖は鞄から一冊の本を取り出した。表紙は立派だが、中には何も書かれていない。
「これを貴女に託したい」
「何ですか?」
「ここは黒龍に挑む最後の場所だろう。そして安全な地であれば、ここでここまでの冒険の話や、言い残した言葉を書き記し、それを貴女が守ってほしい」
「まるで遺書ですね」
 まるで遺書。少女のその言葉に剣聖はほほ笑んだ。

「実際の所、僕は黒龍に負けるだろう」

 その言葉に少女は驚いた。そしてしばらく沈黙が続いた。ようやく「なぜ?」と質問をすると、剣聖は言葉を選びながら答えた。
「僕は魔術が使えない。空も飛べない。あらゆる技術を使っても一矢報いる程度だろう。戻ってくる頃には五体満足どころか跡形も残らないだろう。だが、僕がここに来たという証を同じ心材を持った同法に見てほしいんだ」
 そして剣聖は深々と頭を下げた。少女はしっかりと本を受け取り、そして、再度剣聖に差し出した。
「わかりました。お預かりします。では、最初のページに貴方の思いを書き記してください。ワタチはこの本を命を懸けて守ります」
「ありがとう」

 そして剣聖のグランハイツは最初のページに、片思いの幼馴染についてや、婚約している姫へのメッセージ、そしてその後に来る者たちへのメッセージを書いた。

 後日、剣聖のグランハイツは宿を出る時、宿に向かって深々と頭を下げて洞窟へと入った。しばらくすると地面が揺れるほどの爆音が洞窟を通り抜け、そして草木が枯れるほどの熱風が洞窟を通った。
 その一連の流れを水色髪の少女は見て、託された本を抱きしめるのだった。

 了
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