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44話 シュガー
しおりを挟むこの国ではあまり見る事がない遥か東方にあると言う異国の金糸と銀糸の刺繍が装飾された白い長い丈の衣装を長身で細目の身体に纏い、腰には見るからに珍しい形の剣を帯剣していた。
肩までの長さの銀髪に金色の瞳、整い過ぎる顔立ちは中性的な美しさがあり、アルカイックスマイルを浮かべている。
「お久しぶりですね。マルグリット嬢」
右手を胸に当て恭しくお辞儀する様は、貴族の持つ優雅な雰囲気を醸し出す。
最初は驚きの表情をしていたマルグリットだが、あからさまに嫌そうに顔を歪めて男の名を呟く。
「シュガー…」
呟かれた名を耳にしたチャドは、「あっ」と思わず声を上げた。
「あんたが…【毒蛇】シュガーか!?」
10年前にザックと共に名を馳せていたSランクの冒険者。ザックが姿を消すと同時にシュガーの姿も消えた。風の噂では何処の国の姫君と結婚して引退したと言われていた。
美形で貴族の様に優雅で優男な外見は到底冒険者には見えないとチャドは噂で聞いていた。まさしく噂通りだとまじまじと目の前男を見つめてしまう。
チャドの不躾な視線に気を悪くする訳でもなく、チャドへにっこりと笑みを返す。
「いつまでも怪我人をそのままにしてはいけませんよ。そこの坊や…そう貴方です。ギルド内なら救護室ぐらいはあるでしょ?そこに案内をお願いします」
穏やかな声はジェフに向けられると、「坊や」呼ばわりされて言い返そうとするが、視界にいるチャドが止めろとばかりに首を小刻みに左右振ったのが見え、グッと言葉を飲み込んだ。
「はい、こっちの奥ですが…」
案内しようと待合室の奥の方へと身体を向けると、後ろからいきなりマルグリットの叫び声が響く。
「やめろーーーっ!!この馬鹿シュガーっ!おろーせーっ!!下ろしやがれっ!!」
「はい、暴れない。怪我人は大人しくしましょうね。そんなに暴れると落ちますよ。落ちたら間違いなく肋骨が肺に刺さって大変な事になりますよ。さぁ、大人しくなさい。マルグリット嬢」
チャドとジェフは、2人してぽかんと口を開けて呆然とし、シュガーに姫抱きにされジタバタともがくマルグリットの姿を見た。
毎日厳つい冒険者たちを相手に姐御肌で仕切っているあのマルグリットを軽々と抱き上げ、まるで聞きわけの悪い子供に対するように宥め諭している。
「本当に貴女は変わりませんね。10年も経てば少しはしおらしくなったかと思ったのですが…後で飴でもあげますから大人しくない。さぁ、救護室に行きますよ。案内お願いします」
ジェフに案内するようにとアルカイックスマイルが促す。呆けていたジェフは慌てて、「こちらです」と抵抗するのを止めて大人しくなったマルグリットを抱いて優雅な足取りで救護室へ向かう。
救護室に置かれてある簡素なベッドに、マルグリットを下ろすと、素直に横たわり傍に立つシュガーを忌ま忌ましそうに睨んだ後深い溜息を吐く。
「取り敢えず…手をかけさせて悪かったね、ありがとよ。ジェフ、チャドに言ってイスズの様子を見に行くように伝えおくれ」
「はい、わかりました」
マルグリットがちらりと見せた目配せから、人払いの意図を読んだジェフはそそくさと待合室へと戻って行く。
「うん、中々賢明な判断ですね。悪くないです。私に聞きたい事があるのでしょ?お伺いはしますが、全部は無理ですのでご了承下さい」
近くにあった椅子を引き寄せて、座ると優雅に長い脚を組む。表情は穏やかな笑顔を浮かべたままで、ある程度何を聞かれるのかは検討がついているようであった。
「じゃ、単刀直入に聞かせて貰うけど、何故今日の今、姿を現した目的は?」
「呼ばれましたので…んー…正確には私が呼ばれたのではないですけどね」
「呼ばれた?誰に?」
「ザックさんですよ」
「ザック?じゃ、今日のオルトロス討伐にかい?」
「違います。私如きではザックさんのお邪魔にしかならないですからね」
「では、呼ばれた理由は?」
「んー…それはまだ聞いてません。ザックさんが呼んでるって聞いたものですから、無理矢理代わって貰って急いで来ましたからねぇ」
穏やかながらもどこかのほほんと答え続けるシュガーに、苛立ちを感じつつも得られる答えから頭の中で情報の分析をする。
「本当は誰が呼ばれたんだい?あたしが知ってるヤツかい?」
「勿論、知ってらっしゃる方ですよ。レクターさんです」
「えっ?レクターって…あの人、まだ生きてんの!?」
「レクターさんをあの人呼ばわりするのは、どうかと思いますけど…レクターさんはちゃんとご存命ですよ」
【切り裂き】レクター。
ザックやシュガー同様に数少ないSランク冒険者。
思いがけない人物の名が出て、驚きが隠せないまま3人の関連性が今ひとつ掴めない。
それぞれソロで名を馳せていて、3人がパーティーを組んだり共闘をした等、マルグリットが知る限りなかった。
思い起こせば、不思議な事にこの3人が顔を合わせる事が1度もなかったのだった。
意図的にそうしたのかもしれない。でも何故なのか理由がわからない。
「あんたら3人はどういう繋がりがあるんだい?」
「内緒です」
自分の唇に人差し指を当てのアルカイックスマイル。
シュガーは暗に、自分に聞いても答える気はない。無駄な事は聞くなと示している。
真上の天井に視線を向けて、全くタイプの違う3人の共通点を探す。
1つだけの共通点が頭に浮かんだ。
「じゃ、最後に…あんたら3人、10年前同時期に突然姿を消した理由は?」
「そちらも内緒です」
先程と同様に、シュガーは唇に人差し指を当てているが、そこには笑みは浮かんではいなかった。
それははっきりとした質問に対する拒絶の表れ。
「質問はもう終わりですよね?でしたら、貴女は怪我人らしくそこで寝ておいて下さいね。そろそろザックさんにお会いしたいので…」
「あぁ、取り敢えず終わりにしとくよ。しかし…シュガー、あんた全然変わってないのはどういうこったい?10年前と何ら変わりがないって…ったく、ザックといい…あんたといい……非常識過ぎんだよ」
「世間の方々からすれば、貴女の言う非常識になるんでしょうね。貴女は聡明な方ですから、薄々と気づいてらっしゃるんじゃないですか?それを非常識で済ませているあたりが、貴女らしいというか…んー…お優しいですよね。嫌いじゃないですよ」
穏やかな笑みを再び浮かべながら立ち上がって、ベッドに身体を横たえるマルグリットへ毛布を掛けてやり、その整い過ぎる顔をマルグリットの顔に近づけ、穏やかな声が囁く。
「でもね…マルグリット嬢、余計な詮索は貴女の為にはならないですよ。……あまり調子乗ってんじゃねぇよ、息の根止めんぞ」
柔らかく穏やかな声と口調が一転し、凍てつく様に冷たい声と荒い口調に変化し、その右手でマルグリットの喉を鷲掴みにしてじわじわと締め上げていく。
息が出来ず声も出せず苦悶の表情で歪みながら、両方の口角を釣り上げて残忍な笑みを湛えたシュガーを睨みつける。しかしそれは精一杯の強がりで、恐怖で全身から冷たい汗が滲んでいる。
「…って事になりますから、十分お気を付け下さいね」
意識を失いかけた寸前で、喉から手が離され激しく咳き込み、生理的な涙で視界が歪む。
先程までの豹変が嘘であったかと思わせるいつもの優雅で穏やかなシュガーに戻っていた。
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