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48話 移動
しおりを挟むチャドは草の生えた地面に座り込み、額を地に着け突っ伏していた。その身体はブルブルと震えている。
「ホント…勘弁して下さいよ…旦那ぁ」
呆れるぐらい情けない声で、真っ青な顔を上げてチャドは素知らぬ顔のザッカスに訴えかけた。
「早く準備しろ」
「旦那ぁ…」
バッサリとチャドの言葉を斬り捨てると、さっさと洞窟の入り口の方に行ってしまう。
恨みがましくその後ろ姿を見て項垂れた。
街の門を出るまで、ザッカス・チャド・ジェフの3人は徒歩だった。
馬車か馬の手配はマルグリットがしているものだろうとチャドもジェフもそう思っていた。
が、門を出ててもその気配は無く、2人は顔を見合わせながらザッカスの後を歩いた。
下見の時は街道まで馬車を使っていたから、当然馬車で移動するのだろうと思っていたのだが…。
暫く歩いていると、不意にザッカスの足が止まった。それに釣られて足を止める。
後ろを振り返れば、小さく街の門が見える。
まだ本格的に街道には入っていない距離ではあるが、周りを見回すが特に何も無い。
「ザックさん、ここで馬車か馬待ちですか?」
「小僧、お前に馬の蹄の音が聴こえるのか?」
反対に問われて、耳を澄ましてみるが、当然聴こえる筈もなく「聴こえません」と頭を振って否定した。
チャドも耳を澄ましてみるが、馬のいななき一つ聴こえない。いきなり嫌な予感がして口を開いた。
「まさかの歩きですかい?」
移動手段が徒歩となれば、いくら早朝に出発したと言えど正午までには時間が厳しい。
やはり時間的な余裕は欲しいのだが、チャドにはそれを言うだけのザッカスに意見する強い気持ちは無かった。
「馬よりも速い」
チャドとジェフは互いの顔を見合わせて、ザッカスの言っている意味が理解出来ずに首を傾げた。
ジャリッとザッカスのブーツの底が砂利を踏む音がした途端、2人の身体はザッカスの肩に担がれた。
「ひえっ!」「うひゃ!」
大の男2人は軽々と両肩に担ぎ上げられ、素っ頓狂な声を上げてジタバタともがく。
「うるさい。落とされたくなくば舌を噛まぬように口を閉じて大人しくしていろ」
ザッカスの顔など見えないのに、2人はうんうんと頷いて、口を閉じて歯をくいしばる。
大人しくなったと同時にザッカスの足が地を蹴った。
明らかに尋常ではない異常なスピードでの疾走に、叫び声を上げたくなるのを只管堪え、目を瞑る力も強くなる。
強い揺れは然程感じられないが、初めて体感する揺れに身体がついて行かず乗り物酔いに近い感覚がし始めた。
何度かの打ち合わせの折に、討伐の前日の夜と当日は飲食をするなとザッカスに言われていたのを思い出す。勿論言われた通りに従ったが、理由がこれかと理解する。
吐瀉物を背中に撒き散らされるのは、やはり担ぐ方は嫌なものだ。
恐る恐るチャドは片方の目を薄眼で、ものすごい勢いで景色が流れていくのが目に映ると、見なければ良かったと再び固く目を閉ざした。
どの位時間が経ったかわからないぐらいに感覚が麻痺していた。
疾走のスピードが次第に緩やかになり漸く止まる。
止まるとザッカスはジェフを草むらに放り投げた。
鬱蒼とした草むらをクッションにして、身体が数回転がりうつ伏せになったジェフは「うげっ」と嘔吐し胃液を吐き出す。
「小僧、わかっているな?手筈通りやれ」
「は、はい…」
涙と鼻水と胃液に塗れた口をシャツの袖口で拭いながら、息絶え絶えにか細く返事をする。
それを聞くとザッカスはチャドを担いだまま、再び疾走を始めた。
木々の間を抜け藪を掻き分ける疾走の揺れは激しく、チャドは何度も胃液が逆流し吐きそうになるが必死に堪え耐えた。
そしてオルトロスの巣である洞窟の前に到着すると、ジェフと同様に草むらの中に放り投げられた。
当然溜まりに溜まった胃液を全部吐き出したのは、言うまでもない。
青い顔をしたままのチャドは、のろのろと動いて洞窟の前に胡座をかいて、腰に携帯している雑嚢の中から必要となる薬品が入った小瓶や紙で巾着状に包んだ物を取り出して、地面に置いていく。
「あぁ…まだお天道さんは真上じゃねぇんだ…」
空を見上げてポツリと呟く。
正午までにはかなり時間がある事に漸く気づいた。
洞窟の中の様子を入り口から覗いて伺っていたザッカスは、その呟きに反応して振り向いた。
「馬より速かろう?」
「へぇ…あの帰りは…」
「担がれたいなら、担いでやらんでもない」
「いやいやいやいやっ!……もう懲り懲りでさぁな。勘弁してやって下せぇよ…」
ぶんぶんと頭を横に振りながら両手も振ってみせる。最後は両手を合わせて頭を下げる始末だった。
チャドの慌てぶりが余程おかしかったのか、微かにザッカスの口角が上がる。
ザッカスはチャドに薬品の説明を確認の為再度受けながら、冒険者ギルドに残し、まだ眠り続けているであろう五十鈴を思い浮かべる。
身体を丸めて子供の様に眠る五十鈴の姿が目に浮かぶ。
眠りから目覚めるまでに、討伐や五十鈴を狙う輩もケリがつく。
戻ったら五十鈴を嫌だと言うまで愛でてやるのも悪くないと、内心ほくそ笑んだ。
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