多重世界の旅人/多重世界の旅人シリーズII

りゅう

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24 多重世界のメッセンジャー

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 週末には俺の人生最大の危機が訪れようとしていたが、その前にレジン研究チームで開発を進めていた多重世界通信機が完成した。

 まぁ、完成と言っても別世界との通信に成功したわけではない。
 あくまでも、この世界内で転移発光セルを使った通信が出来たという話だ。つまりプロトタイプだ。

「これは素晴らしい成果だ。例え別世界に届かなくても、この宇宙で十分使える!」とホワンも絶賛している。

「転移発光セルを切り替えれば混信しないのがいいよね。バンドが一杯になったら、セルを切り替えれば済むんだから凄いよ」

 マナブも良く分かってる。切り替える転移発光セルがあればだけど。

「いや、宇宙全体で共通になってしまうから、それほど余裕があるとも思えなんだけどね」

 今のところ、他の星系とコンタクトしてないので何とも言えないが。

「そう言えば、これを使えば別の星系の会話が聞こえるんじゃないの?」

 トウカが面白いことを言い出した。

「ああ、そう言えば電波で宇宙人探すプロジェクトあったなぁ。あれは微弱な信号で苦労したみたいだけど。これだと減衰しないから、見付けるのは簡単かもな。ああ、でも」

「でも?」とトウカ。
「でも、生物を転移発光セルに入れて使ってるから、同じものが生息している世界でしか使えないのがネックかも」

「ああ、なるほど。その意味では、クローズな通信になるわけね」

 共通の希少生物セルを持つ者同士の通信ということだ。

「うんそう。でも、どこまで行っても通信可能だから、自分たちで使う分にはいいんだけど」

「そうか。自分たちが宇宙に進出する時には使えるけど、見知らぬ宇宙人を見つけるには不向きなのか」トウカは残念そうに言う。

「たぶんね」
「共通の生命が必要だからね。そんな生命ってあるのかな?」
「どうだろうね。途中で変異しない胞子とかならいいけど」
「えっ? 同じものを持ってたら発光しないから通信できないんじゃないの?」

 メリスが横から突っ込んできた。

「いやいや、そうじゃない。『存在しない世界』と『通信したい世界』は別だよ。同じ希少生物が存在している世界間で通信出来るって話だ」
「あ~、そうだった。」とメリス。

 ここはちょっと勘違いしやすいところだ。
 恐らく、実際に通信できるのは近隣の世界だけだろう。言い換えると最近別れた世界同士だけだ。

「じゃぁ、ヒカリゴケはこれからは発光する苔になるんだ」

 意外な方向からユリが突っ込みを入れて来た。確かに通信で使ったら発光するよな。

「あ~っ。確かに、そういうことは弊害としてあるなぁ。けど、巨大な転送装置じゃなくて、通信機のパワーは小さいから微弱な光だけど」
「そうなの?」

「いや、確かに要注意かも。っていうか、そうなると傍受される危険性もあるな」ちょっと使い方を考えないとダメかも。

「ふうん。夜光虫とかホタルイカとか発光生物は、実は通信に使われているんだったりして。クラゲは宇宙のメッセンジャーとか」
「ありゃ。そういう可能性もあったりするかな? 誰か研究してくれないかな?」

「そこ、黙って聞いてれば、アホなこと言ってるし。通信機のデモは終わりなの?」

 やっとメリスが突っ込んでくれた。遅いよ。

  *  *  *

 完成した多重世界通信機は非常にクリアーな音質だった。
 今はまだ音声だけだが、もちろん映像も乗せられるだろう。というか、これがあれば多重世界を結ぶネットワークも作れるかも知れない。まぁ、まだまだ先の話だが。

 貴重な多重世界通信機だが、まず防護スーツに組み込んで使うことになった。
 この通信の存在が知られれば彼方此方で使いたがるだろうが、それまでに改良もしておきたいところだ。
 とりあえず地球圏での利用には苔を使えばいい。遠い世界に同じ種は存在しないだろうから気兼ねなく使えるだろう。

「これは理想通信機と言えるんじゃないですか?」

 試作機を使ってみて、マナブが興奮して言った。

「確率波というものが何なのか分かりませんが、電波と違って遮蔽するものがないから何処へ行っても周りを気にしなくて済みますね。全部サービスエリアだし」

 確かに、電波の届く領域とかサービスエリアという概念がないからな。
 っていうか、むしろ届きすぎるのが問題だ。宇宙の隅々まで届いてしまう。まさか、宇宙の外には届かない……と思うが。あれ? 隣に別の宇宙ないよな? 確率は宇宙から、はみ出さない……か?

 ビッグバンした時の映像を宇宙の外周付近で撮って送ってくれる……なんてことが起こるかもしれない。転移出来れば可能だ。「今夜の特番はビッグバンの実況です」なんてことが起こるかも? 夢が膨らみまくりだな。視聴者がいるかどうか微妙だが。

  *  *  *

 ビッグバンの実況はともかく、この研究所内のことで気になることがあった。
 多重世界通信機の発表会でもそうだったんだが、シナノとセリーが妙によそよそしい。俺、なんか変なことしてないよな? 転移を起こさないように気を使ってるだけだよな?

 そんなことを考えていたら、多重世界通信機の発表のあと食堂でシナノに声を掛けられた。

「今夜、お部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」これって、あの話だよな。たぶん。

「え~っと、そうですねぇ」俺はどうしたものか迷った。
「いんじゃない?」横からメリスが返事してるし。
「いいよっ」ユリもいいらしい。
「分かりました。では、後ほど」とシナノ。

 あれ? 俺の意見は? セリーは、手をひらひらさせただけだった。
 俺、別世界でどろどろした人間関係に突入したくないんだけど?

  *  *  *

「私たちも、そろそろ行動を起こすころかと思いまして」

 夕食後しばらくして俺の部屋に訪ねて来たシナノがそんなことを言った。

「特に、必要はないと思いますけど?」

「そうでしょうか? いろいろと成果を出されていますが、今だに転移していないのは何かキーが欠けているのでは?」
「いや、とくに転移したいと思っている訳ではないんですが」
「戻らなくてもよろしいのですか?」
「そういう訳ではありませんが」
「戻れるなら戻りたいよね」とメリス。
「さらに変な世界に行ってしまうかも」とユリ。

 シナノは『さらに変』と言われて、ちょっと眉毛を動かしたがなにも言わなかった。

「いづれにしても、俺達の微妙な関係について何かするつもりはありません」
「そうよね」とメリス。
「そうね」とユリ。

「そうですか。分かりました。では私たちからも特に行動は起こさないことにします」
「私も、それでいいと思う」とセリー。

 何かしようとしてたのか?

「なら、普通に研究員仲間でいいのよね?」メリスが言う。
「そうそう。変な気づかいはいらないと思う」ユリは余裕で言う。

「分かりました。ちょっと意識過剰だったようです」とシナノ。
「ほら」とセリー。

 セリーに言われて、シナノもにっこり笑った。初めて笑顔を見た気がする。

「じゃ、これからもよろしく」とメリス。
「よろしくね」とユリ。
「はい、こちらこそ」とシナノ。
「うん、よろしく~っ」とセリー。

「あ、そうそう。今度の週末、南の島へピクニックに行くんだけど、二人も来ませんか?」

 突然メリスが言いだした。

「えっ、誘って貰えるんですか?」とシナノ。
「うれしい!」とセリー。

「あ、それでしたら私、お弁当作っていきます!」とシナノ。
「シナノの料理、美味しいよ」とセリー。それは朗報だ!
「それはいいですね」

「あら、じゃぁ、私も作っちゃおうかな」おい待て。
「メリスの料理も旨いよ」とユリ。ホントか?

「南の島なんて、素敵ですね。」シナノが言う。
「うん、無人島なんだけどね。防護スーツで飛ぶ予定」
「まぁ、楽しそう」とシナノ。そ、そうか?
「いいね~!」とセリー。
「楽しみよね!」とメリス。
「楽しも~っ」とユリ。

 とりあえず、話はまとまった。
 でも、俺の人生最大の危機はそのままだ。もしかして、二人への対応次第で回避できたのか? もしかして、選んではいけない選択肢を選んでしまったのか?
 そうなのか?
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