sunflower.

和奏 澄

文字の大きさ
19 / 38
#10:Bloom.

しおりを挟む
CM撮影から二日後、ワタシは美咲さんと事務所で話し合いをしていた。

「スケジュールは何とかなりますし、私が何とかします」

真美さん…監督から受けたオファーについて、事務所として『どう』返答するのか、ワタシが『どうしたいのか』について議論を重ねていた。

「お芝居にも興味を持ちましたし、正直言って想像以上に大変でしたけど、何と言うか…その…楽しかった…ですし…」

多少浮かれている部分もあったけれど、『女優』としてのキャリアは、あの監督の元で積んで行きたいと思っていた。

「ワタシは『どんな役だとしても』挑戦したいと思っています!」

「そうですか…では、事務所としてもお受けすると返答してしまって良いですね?」

断るならこれが最後のチャンスです、という雰囲気を感じたけれど『良いですね?』という言葉は、事務所としてではなく、美咲さん自身の気持ちを伝えてくれている様に思えた。

「はい。よろしくお願いします、美咲さん」

「分かりました」と言うと、監督に連絡する為に美咲さんは席を外した。

一人きりになると、彼に言われた言葉が頭に浮かんできた。

『それって花ちゃんのやりたいことなの?』

「やりたいことか…」

この挑戦したいという気持ちが、『やりたいこと』とイコールなのか、ワタシには分からなかったけれど、結果はどうあれ、監督から直々に声を掛けてもらったことに、恩義と可能性を感じていることは、紛れもなくワタシ自身の意思だった。

電話を終えて戻ってきた美咲さんから、大まかなスケジュールを聞いたワタシは、来週からの撮影に備えて、監督がメガホンを取った作品を、出来るだけ多く観ようと心に決めた。



「監督、この度はお声掛け頂きありがとうございます。本日から海をよろしくお願い致します」

「キミは相変わらず堅いね~、マネージャーさん」

掴みどころが無いけれど、撮影中に見せる監督としての顔は、まるで別人のようで『鬼』という表現が一番しっくりくる人だった。

「まあ、今日は衣装合わせと見学だから、あんまり構えずヨロシクね~」

「はい!よろしくお願いします!」

新人…というよりも、素人同然のワタシは、最低限『挨拶だけでも』シッカリしようと決めていた。

ワタシに与えられたのは『あかり』という名前の高校生で、ストーリーの中盤から登場する、主人公を『いじめる』設定の女の子だった。

この時のワタシは、まだ台本すら渡されていなくて、監督からは「他の演者の芝居と、その雰囲気を観て何かを感じて欲しい」とだけ指示されていた。出番が来るまでの一週間は、共演者たちが作り出す『明るくて平和で楽しい空間』を眺めることに費やされた。

主人公の『みお』を演じる女優の未来みらいは、ワタシと同い年の十九歳で、明るい澪とは正反対で、普段は物静かで大人しく、声が小さい子だった。実生活でも『いじめ』を受けた経験があって、高校は中退したらしい。ワタシも高校生活では『浮いた存在』だったし、いじめと定義づけられるのか分からないけれど、似た境遇にあった彼女とは、自然と仲良くなることが出来た。

「そういえば未来って、どうして女優になろうと思ったの?」

女優としての先輩から、『主人公を演じることになるまで』のプロセスを聞くことは興味があったし、新人のワタシは、吸収できるものは何でも吸収したいと思っていた。

「私は…その…なんて言うか…あのっ…自分じゃない…人…別人になりたかったと言うか…それに…お芝居をしている時は…楽しいから…かな…」

「確かに!楽しそうだもんね!」

「あっ…ありがとう…嬉しいなぁ…」

こうやって『で』照れる未来を引き出せる事が嬉しくて、何とも言えない背徳感があった。

「う…海ちゃん…は、どうして…女優…やろうと思ったの…?」

「ん~、ワタシは監督から誘われて、この現場に来た感じ。ほら、前に話したCMを撮ってくれたのが監督で、その時に直接オファーされたんだよね」

「そっか…才能…あるんだね…」

少し驚いた顔を見せた気がしたけれど、主演女優であり、座長として『作品の中心』になっている未来からそう言われることは、不思議に思えたけれど照れくさかった。

「ないない、未来には敵わないって。ワタシなんて素人同然だよ?皆さんのお芝居を観て気後れしちゃってるし」

「そう…かな…?」

未来は納得してない様子だったけれど、どうせ端役だろうから、胸を借りる気持ちでやるだけだと思っていた。

「お~い、お二人ふたりさん、お話中に失礼するよ~」

「監督!お疲れ様です」

ワタシは立ち上がってお辞儀をしたけれど、未来は座ったままだった。

(これが大女優の所作かっ!カッコイイ!)

「海ちゃんコレ、君の出るシーンの台本ね~。撮影は来週からだから、しっかり読み込んでおいてね~」

「分かりました!頑張りますっ!」

例え一言ひとことしか台詞が無かったとしても、オファーしてくれた監督の為、背中を押してくれた美咲さんの為、主演の未来の足を引っ張らないように、全力で臨む覚悟だった。

「そういえば…現場の雰囲気はどう思う?」

「はい!皆さん優しくて、未来の…未来さんっの、澪が明るくて、雰囲気も同じくらい明るくて、素敵な現場だと思います!」

「そっか…それなら良い感じで撮れそうだ…」

ちょっとだけ含みを感じる言い方だったけれど、「頑張ります!」と伝えると、監督は未来と何やら打ち合わせを始めた。

「お疲れ様です、海さん」

美咲さんは、この現場では芸名に『さん付け』をしてワタシのことをそう呼んでいた。

「美咲さん、お疲れ様ですっ」

たったいま渡された台本を美咲さんにも見せると、嬉しそうに笑ってくれた。

「私も全力でサポートしますね」そう言ってくれる美咲さんの存在は、とても大きくて心強かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...