31 / 38
#14:Memories.
②
しおりを挟む
自宅に向かって車を走らせている最中も、そのことばかり考えてしまって、表情が硬くなっていた。
「笑顔か…」ふと、あの子の顔が頭に浮かぶ。
「最近よく笑ってるよな…」
彼氏でも出来たのだろうか。身嗜みも以前より気にしているようだし。
(ワタシにも、そんな時期があったっけ…)
東京都現代美術館を右手に、車を走らせる。
(このままだと右折入場になって駐車場に入れないな…)
考え事をしていると、つい道を誤ってしまう。
『白河三丁目』交差点を右折して、扇橋を越えて大門通りに出て猿江橋を越えて…やっぱり運転はワタシには向いてないと実感して悲しくなった。
「あ、おかえんなさーい」
「ただいま…まだ起きてたのね」
「うーん、ちょっといまノッてきてるから」
何かの絵を描いているようだ。この子は昔から絵を描くのが好きで、着せ替え人形にもあまり興味を示さなかった。
(それにしても最近、よくリビングに居るようになったな)
「あ、お風呂沸いてるからねー、ママ先に入っていいよー、白くなるヤツも入れてあるから」
「ありがとう」
あの子が沸かしてくれた、乳白色をした『スキンケア入浴液入り』のお湯に浸かりながら、台本の流れを反芻していた。
灯と澪にも娘ができていて、その娘たちが高校生になり、入学式で再会を果たすところから物語が始まる。
「ワタシ、あの子の入学式に行ったこと無いな…」
幼稚園の卒園式以降は、あの子が二歳になってから活動を再開した『女優:海』としてのキャリアを順調に積んでいたことで、外で目立ってしまうことが出来なくなっていた。何より公表していなかったことが大きかったので、小学校も中学校も入学式だけではなく、行事という行事には何も参加することが出来ていなかった。三者面談は流石に行くつもりでいたけれど、美咲さんからNGが出てしまい、美咲さんが『叔母というフリ』をして代理を務めてくれた。
(あの時のあの子はどんな気持ちだったんだろう…)
頭にタオルを巻いて、顔全体に化粧水を叩き込み、乳液で潤いをつなぎとめる。
「やっぱり入学式には行こうかな…」
最近は会話することも増えたし、あの子も喜んでくれるだろう。それに『今回の芝居の糧』になるかもしれない。
「あの…入学式なんだけれど」
「んー?来れないんでしょー?大丈夫だよー」
「いや、あの…」
「ママが来たら大変なことになるから無理しなくて良いよー」
「そ、そう…ごめんね」
(大変なことになる、か…)
「それにママ…その丸眼鏡じゃ…バレるよ?」
「………そうね。ありがとう」
クランクイン前日、久しぶりに娘と一緒に食卓を囲んでいた。この日はワタシの誕生日の前日でもあり、明日はお祝いできそうにないと『無事に高校の入学式を終えた』彼女が、手料理を振舞ってくれるそうだ。
包丁で指を怪我したり、火傷したりしないか心配だったけれど、初めての経験にワタシは胸が躍っていた。
(こんなにも嬉しい気持ちになるのは何年振りだろう…)
「ねぇママ、明日からの映画ってどんな内容なの?」
「あまり詳しくは言えないけれど『memories』っていう作品の続編なの」
「えー!ママ女子高生やるの?!」
「さすがに女子高生ではないけれど、また同じ役を演じることになったの」
「そうなんだー、じゃあまた椅子を蹴ったりするんだ?」
(一緒に観た記憶は無い…この子は、あの作品を観たことがあるのだろうか)
「その…あの時とは性格も変わっていて、ちょっと大変かもしれない…」
「そっかー、無理しないようにしなよー」
「ありがとう…」
(無理しないように…)
最近やたらと言われるその言葉は、昔彼からもよく言われた言葉だった。そんなことを思っていると、目の前に娘の手料理が提供された。どこか見覚えのあるそれは、キラキラした半熟卵の布団が綺麗に乗せられた『オムライス』だった。
「私の卵はこれから作るから、冷めないうちに食べてねー」
「ありがとう。いただきます」
初めての手料理を写真に残したかったけれど、気持ちを抑え、手を合わせて、ワタシに料理を作ってくれたことへの感謝を伝える。
「え、美味しい…ひま、このオムライスとっても美味しい」
「でしょー!実は、たまに一人で料理してるんだよねー。まぁ、コレは私のレシピじゃないけどね」
「ごめんなさい。ワタシがあまり家に居ないものだから…」
娘の成長は手放しで嬉しかったけれど、自分の至らなさを痛感して恐縮してしまう。
このオムライスはレシピサイトを見ながら作ったものなのだろうか。そうだとしても、作るのは簡単では無いし、卵の半熟具合の美しさといい、味が少し濃い目のチキンライスも最高に美味しい。
箸ならぬ、スプーンが止まらなかった。
でも、三口目を口に運んだあたりから、何か違和感を覚え始めていた。
ワタシ好みの味付けだけれど、あの子はワタシの好みをここまで熟知しているのだろうか。
いや、違和感は『そこ』だけじゃない。
懐かしくて心が温かくなるような、これと同じ物を食べたことがある気がしていた。
どうしても気になってしまい、不躾だったけれど、チキンライスを採掘した。ケチャップで染められたお米に囲まれて、鶏肉、人参、グリンピース、コーン…。
(あった…)
「どうですか?愛する娘の手料理は?」
得意気に言いながら、自分のオムライスを作り終えて来た娘に、聞きたいことがあった。
このチキンライスの中には、ダイスカットされたプロセスチーズが埋まっていた。
「ひまわり…これって、どこで…誰に作り方を教わったの?」
見つめた先にある娘の顔は、ワタシがそう言うと予期していたかのように、真剣な表情に変わっていた。
「笑顔か…」ふと、あの子の顔が頭に浮かぶ。
「最近よく笑ってるよな…」
彼氏でも出来たのだろうか。身嗜みも以前より気にしているようだし。
(ワタシにも、そんな時期があったっけ…)
東京都現代美術館を右手に、車を走らせる。
(このままだと右折入場になって駐車場に入れないな…)
考え事をしていると、つい道を誤ってしまう。
『白河三丁目』交差点を右折して、扇橋を越えて大門通りに出て猿江橋を越えて…やっぱり運転はワタシには向いてないと実感して悲しくなった。
「あ、おかえんなさーい」
「ただいま…まだ起きてたのね」
「うーん、ちょっといまノッてきてるから」
何かの絵を描いているようだ。この子は昔から絵を描くのが好きで、着せ替え人形にもあまり興味を示さなかった。
(それにしても最近、よくリビングに居るようになったな)
「あ、お風呂沸いてるからねー、ママ先に入っていいよー、白くなるヤツも入れてあるから」
「ありがとう」
あの子が沸かしてくれた、乳白色をした『スキンケア入浴液入り』のお湯に浸かりながら、台本の流れを反芻していた。
灯と澪にも娘ができていて、その娘たちが高校生になり、入学式で再会を果たすところから物語が始まる。
「ワタシ、あの子の入学式に行ったこと無いな…」
幼稚園の卒園式以降は、あの子が二歳になってから活動を再開した『女優:海』としてのキャリアを順調に積んでいたことで、外で目立ってしまうことが出来なくなっていた。何より公表していなかったことが大きかったので、小学校も中学校も入学式だけではなく、行事という行事には何も参加することが出来ていなかった。三者面談は流石に行くつもりでいたけれど、美咲さんからNGが出てしまい、美咲さんが『叔母というフリ』をして代理を務めてくれた。
(あの時のあの子はどんな気持ちだったんだろう…)
頭にタオルを巻いて、顔全体に化粧水を叩き込み、乳液で潤いをつなぎとめる。
「やっぱり入学式には行こうかな…」
最近は会話することも増えたし、あの子も喜んでくれるだろう。それに『今回の芝居の糧』になるかもしれない。
「あの…入学式なんだけれど」
「んー?来れないんでしょー?大丈夫だよー」
「いや、あの…」
「ママが来たら大変なことになるから無理しなくて良いよー」
「そ、そう…ごめんね」
(大変なことになる、か…)
「それにママ…その丸眼鏡じゃ…バレるよ?」
「………そうね。ありがとう」
クランクイン前日、久しぶりに娘と一緒に食卓を囲んでいた。この日はワタシの誕生日の前日でもあり、明日はお祝いできそうにないと『無事に高校の入学式を終えた』彼女が、手料理を振舞ってくれるそうだ。
包丁で指を怪我したり、火傷したりしないか心配だったけれど、初めての経験にワタシは胸が躍っていた。
(こんなにも嬉しい気持ちになるのは何年振りだろう…)
「ねぇママ、明日からの映画ってどんな内容なの?」
「あまり詳しくは言えないけれど『memories』っていう作品の続編なの」
「えー!ママ女子高生やるの?!」
「さすがに女子高生ではないけれど、また同じ役を演じることになったの」
「そうなんだー、じゃあまた椅子を蹴ったりするんだ?」
(一緒に観た記憶は無い…この子は、あの作品を観たことがあるのだろうか)
「その…あの時とは性格も変わっていて、ちょっと大変かもしれない…」
「そっかー、無理しないようにしなよー」
「ありがとう…」
(無理しないように…)
最近やたらと言われるその言葉は、昔彼からもよく言われた言葉だった。そんなことを思っていると、目の前に娘の手料理が提供された。どこか見覚えのあるそれは、キラキラした半熟卵の布団が綺麗に乗せられた『オムライス』だった。
「私の卵はこれから作るから、冷めないうちに食べてねー」
「ありがとう。いただきます」
初めての手料理を写真に残したかったけれど、気持ちを抑え、手を合わせて、ワタシに料理を作ってくれたことへの感謝を伝える。
「え、美味しい…ひま、このオムライスとっても美味しい」
「でしょー!実は、たまに一人で料理してるんだよねー。まぁ、コレは私のレシピじゃないけどね」
「ごめんなさい。ワタシがあまり家に居ないものだから…」
娘の成長は手放しで嬉しかったけれど、自分の至らなさを痛感して恐縮してしまう。
このオムライスはレシピサイトを見ながら作ったものなのだろうか。そうだとしても、作るのは簡単では無いし、卵の半熟具合の美しさといい、味が少し濃い目のチキンライスも最高に美味しい。
箸ならぬ、スプーンが止まらなかった。
でも、三口目を口に運んだあたりから、何か違和感を覚え始めていた。
ワタシ好みの味付けだけれど、あの子はワタシの好みをここまで熟知しているのだろうか。
いや、違和感は『そこ』だけじゃない。
懐かしくて心が温かくなるような、これと同じ物を食べたことがある気がしていた。
どうしても気になってしまい、不躾だったけれど、チキンライスを採掘した。ケチャップで染められたお米に囲まれて、鶏肉、人参、グリンピース、コーン…。
(あった…)
「どうですか?愛する娘の手料理は?」
得意気に言いながら、自分のオムライスを作り終えて来た娘に、聞きたいことがあった。
このチキンライスの中には、ダイスカットされたプロセスチーズが埋まっていた。
「ひまわり…これって、どこで…誰に作り方を教わったの?」
見つめた先にある娘の顔は、ワタシがそう言うと予期していたかのように、真剣な表情に変わっていた。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる