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8:拙者、主と誓いを立てるでござる

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 侍の魂とも言うべき刀を手渡され、受け取ったもののマヤ様は戸惑いを隠せない。

「あの、これ……」
「主従の誓いを立てるのでござる。マヤ様は刀……剣をこちらに向けて」

 カタナと言っても文化圏の違う相手には通じにくいだろう。鞘から抜いた刃を俺に突き付ける形になり、マヤ様が息を飲んだ。

「主従の誓いって……アタシ、どうすれば」
「今から拙者がキスをするので、肩に剣を置いて手を」
「キス!!」

 素っ頓狂な声で絶句される。まあこの儀式はヴォー王国のものなので、本場東方のやり方とも違うが。途端に動きがぎこちなくなりつつも肩に刀は載せてくれたので、跪いて手にキスをするためにかがもうと――

「っ!!?」
「……えっと、これでいい?」

 顔の距離が近付いたと思ったら、いきなりキスされていた。手じゃなくて、唇に。
 頬を染めつつも不安げに瞳を揺らす様から、そうじゃないなんてとても言えなくなってしまった。と言うか可愛い。主従どころか夫婦の誓いになってしまっているが、もうそれでいいだろという気がしてきた。

(いやいやいや、マヤ様はあくまで主だ! お手を煩わせないよう、しっかり尽くさなくては!)

 発火しそうなほど熱い顔をぶんぶんと振り、気を取り直して跪きその手の甲に唇を押し付けた。

「これよりあなたは我が主……この異ヱ門、粉骨砕身で御身をお守りいたす」
「う、うん。よろしくね、イェモン……さん」

 マヤ様の口調は若干砕けたものになったが、まだ呼び捨てには抵抗があるようだ。自分の事もマヤと呼んでほしいと言われたが、主だからと全力でお断りした。耳をペタンと垂れさせてしょんぼりしていたが、いくら二人きりでも……いや、だからこそ線引きはしておきたい。

「さて、このドラゴンも放置するわけには参りません。血の臭いが他の獣を呼び寄せますし、疫病の原因になるでござる」
「そうだね……でも大き過ぎてとても運べないし」

 さっきまでは崖まで誘導して落とそうと思っていたが、その前に倒してしまった。せめて腐る前に何とかしておきたい。

「よし、焼こう」
「ええっ!?」

 思い立ったら即実行。俺はぎょっとするマヤ様をその場に残し、まずドラゴンの死体周辺の木を切り倒した。これで燃え広がるのを防ぐ。次に切った木を薪にしてドラゴンを囲うように積み上げ、火打石で火を点けた。あらかじめドラゴンの脂肪を切り取って燃料にしたのでよく燃える。

「なんだかいい匂い……供物になってから何も食べてないからお腹空いちゃった」
「猫はドラゴンの肉でも平気でござるか?」
「確かに猫の亜人だけど、ハーフだし。食べられるのは人と変わらないよ」

 って事は、イカやタコもいけるのか? ……などと考えていると、さっそく匂いを嗅ぎ付けてきたのか狼が数匹襲ってきたので、剣の錆にしてやった。どうも肉が焼けていたからと言うより、俺が浴びていた返り血のせいっぽかったが。
 ドラゴンの巣の辺りで煙が上がっているのを見られては、村人が不審に思うかもしれない。俺たちはその場から立ち去る事にした。

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