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第三章 港町の新米作家編
大きなお世話
「ただいま~」
「お帰りなさいませ、御主人様」
くたくたになって帰宅すると、シャロットがテッドに離乳食をあげていた。ようやく乳離れが進んだと思ったら、私より彼女に懐いてくれちゃって……でもまあ、シャロットは美人だから気持ちは分からないでもない。
「クララは?」
「アパートの集会で遅くなると言っていました。夕食は作り置きがありますので、用意いたしますね」
いそいそと準備をするシャロットを手伝おうとするが、ソファで待っているようにと押し留められてしまった。柔らかいソファに身を委ねると、沈んでしまいそうになる。
「随分、お疲れのようですね。何かありましたか?」
「色々あり過ぎて、これから事態が大きく動くかもしれないの。上手く対処できるのか心配で……」
「その割には、少し楽しそうですよ。出来る事が増えて自信がついてきた証拠です」
「なら、いいんだけどね」
テッドを抱き上げ、頬を指でつついていると、小さな手が首にかけられたネックレスに伸びる。悪戯で誤飲しては大変とベビーベッドに入れてあげると、シャロットがこちらをじっと見つめていた。
「そのアクセサリーは……?」
「ああ、これ? ガッツ先輩がくれた珊瑚のネックレスよ。可愛いデザインの割に値段もお手頃なの」
「あの男が? どういうつもりなんでしょう」
あの男って……シャロットはガッツ先輩に対する当たりがいつもきつい。いくらいい人だと説明しても、「下心のない男などいません」と頑ななのだ。
私は今日の出来事をシャロットに語った。帝国の目論見に注視する事、並行してリリオルザ嬢に対処しなくてはならない事も。チャールズ様から聞いていたのか、リリオルザ嬢の話題が出ると一瞬眉をピクリと動かした。
「リリー様が花祭りに……?」
「あの方、以前から物語――とりわけ悪役令嬢をメインにした恋愛ものがお好きなようだから、どうも気に入られてしまったようなの。私の事情に彼女を巻き込んでしまうとなれば、公爵様も心配でしょうしね」
「彼女とは、以前もそういった話を?」
「あー、まあね……」
実の姉に、弟を犬猿の仲と絡ませるような彼女の性癖は暴露できない。苦笑いして誤魔化すと、シャロットはしばらく考え込んでから言った。
「大してお役には立てませんが、私にも協力させてもらえませんか? 元々は御主人様の護衛を任されているのですから」
「えっ? それってシャロットを連れて回るって事!?」
確かにサングラスをかけている間は彼女の美貌に注目される事はないが、それでもメイドの存在そのものを消し去る魔道具ではないのだ。気心知れた町の人や同僚はともかく、ジョセフ様は何と思うか。
「花祭りの時は頼ると思うけど、四六時中は必要ないわ。ガッツ先輩もいるし」
「それが一番厄介なんですよ。御主人様に悪い虫がつかないか見張っていないと」
「悪い虫って……」
ガッツ先輩とは、そんなんじゃない。
否定しようとするが、興奮しているのかシャロットの言葉は止まらなかった。
「気付いていらっしゃらないのですか? 奴の事を語る時の御主人様の御顔は、とても楽しそうで幸福感に満ちています。実際、気が合って安らげる相手なのでしょうね」
思ってもみなかった指摘に、そんな風に見られていたのかと恥ずかしくなる。でも、ガッツ先輩といると楽しいし気楽なのも本当だ。
(私が、先輩に恋……?)
幼馴染みと婚約したり、成り行きで妊娠して再婚約したりと落ち着かない身の上ではあるが、そういうしがらみなしでの恋愛など考えた事もなかった。何より、そんな呑気な状況でもない。
「私は一児の母なのよ? テッドを守らなきゃいけないのに、そんな浮ついた感情で先輩を見てるわけないでしょ」
「ですが、テッドの父親であるチャールズからは、逃げたいと思っている」
「……!!」
「御主人様が弟と離縁したいのは分かります。ですが、しっかり話し合った後だとも聞いていますので、それまでは御主人様側に後ろ暗い事がないよう、余計な接触は避けなければなりません。
新しい恋をするのは、その後でも良いではないですか!」
無意識に、唇を噛む力が強くなる。
シャロットの言っている事は、一見正論だ。私がテッドもチャールズ様の事も放り出して、他の男に夢中になっているのならそう言いたい気持ちも分かる。
だけど……
(私のやっている事って、ガッツ先輩と親しくするのって、そこまでの事なの!?)
「……勝手な事、言わないでよ」
「たかがメイドが、差し出がましい事を申しました。ですがきっと……弟も自分のいないところで話が進むのは不安だろうと」
内心沸き上がる怒りを必死に押し留めるのに気付いたか、シャロットはあくまで姉心を強調し弁解するが、彼女が私に懸想していると告白したのは何だったのかと笑いたくなる。
「まるで公爵様が私を愛しているかのように言うけれど、シャロット……」
「弟の女性遍歴の事ですか? 確かに今までまともな恋愛は出来ませんでしたけど」
「そうではなくて……」
ちらりと、視界の端に壁に立てかけられた剣が映る。念のため、私はシャロットに近付き、ボソボソと耳打ちした。
「公爵様が愛しているのは、リリオルザ嬢なのよ」
「はぁ!!?」
これに関しては共有されていなかったのか、シャロットからは有り得ないといった表情を向けられた。
「お帰りなさいませ、御主人様」
くたくたになって帰宅すると、シャロットがテッドに離乳食をあげていた。ようやく乳離れが進んだと思ったら、私より彼女に懐いてくれちゃって……でもまあ、シャロットは美人だから気持ちは分からないでもない。
「クララは?」
「アパートの集会で遅くなると言っていました。夕食は作り置きがありますので、用意いたしますね」
いそいそと準備をするシャロットを手伝おうとするが、ソファで待っているようにと押し留められてしまった。柔らかいソファに身を委ねると、沈んでしまいそうになる。
「随分、お疲れのようですね。何かありましたか?」
「色々あり過ぎて、これから事態が大きく動くかもしれないの。上手く対処できるのか心配で……」
「その割には、少し楽しそうですよ。出来る事が増えて自信がついてきた証拠です」
「なら、いいんだけどね」
テッドを抱き上げ、頬を指でつついていると、小さな手が首にかけられたネックレスに伸びる。悪戯で誤飲しては大変とベビーベッドに入れてあげると、シャロットがこちらをじっと見つめていた。
「そのアクセサリーは……?」
「ああ、これ? ガッツ先輩がくれた珊瑚のネックレスよ。可愛いデザインの割に値段もお手頃なの」
「あの男が? どういうつもりなんでしょう」
あの男って……シャロットはガッツ先輩に対する当たりがいつもきつい。いくらいい人だと説明しても、「下心のない男などいません」と頑ななのだ。
私は今日の出来事をシャロットに語った。帝国の目論見に注視する事、並行してリリオルザ嬢に対処しなくてはならない事も。チャールズ様から聞いていたのか、リリオルザ嬢の話題が出ると一瞬眉をピクリと動かした。
「リリー様が花祭りに……?」
「あの方、以前から物語――とりわけ悪役令嬢をメインにした恋愛ものがお好きなようだから、どうも気に入られてしまったようなの。私の事情に彼女を巻き込んでしまうとなれば、公爵様も心配でしょうしね」
「彼女とは、以前もそういった話を?」
「あー、まあね……」
実の姉に、弟を犬猿の仲と絡ませるような彼女の性癖は暴露できない。苦笑いして誤魔化すと、シャロットはしばらく考え込んでから言った。
「大してお役には立てませんが、私にも協力させてもらえませんか? 元々は御主人様の護衛を任されているのですから」
「えっ? それってシャロットを連れて回るって事!?」
確かにサングラスをかけている間は彼女の美貌に注目される事はないが、それでもメイドの存在そのものを消し去る魔道具ではないのだ。気心知れた町の人や同僚はともかく、ジョセフ様は何と思うか。
「花祭りの時は頼ると思うけど、四六時中は必要ないわ。ガッツ先輩もいるし」
「それが一番厄介なんですよ。御主人様に悪い虫がつかないか見張っていないと」
「悪い虫って……」
ガッツ先輩とは、そんなんじゃない。
否定しようとするが、興奮しているのかシャロットの言葉は止まらなかった。
「気付いていらっしゃらないのですか? 奴の事を語る時の御主人様の御顔は、とても楽しそうで幸福感に満ちています。実際、気が合って安らげる相手なのでしょうね」
思ってもみなかった指摘に、そんな風に見られていたのかと恥ずかしくなる。でも、ガッツ先輩といると楽しいし気楽なのも本当だ。
(私が、先輩に恋……?)
幼馴染みと婚約したり、成り行きで妊娠して再婚約したりと落ち着かない身の上ではあるが、そういうしがらみなしでの恋愛など考えた事もなかった。何より、そんな呑気な状況でもない。
「私は一児の母なのよ? テッドを守らなきゃいけないのに、そんな浮ついた感情で先輩を見てるわけないでしょ」
「ですが、テッドの父親であるチャールズからは、逃げたいと思っている」
「……!!」
「御主人様が弟と離縁したいのは分かります。ですが、しっかり話し合った後だとも聞いていますので、それまでは御主人様側に後ろ暗い事がないよう、余計な接触は避けなければなりません。
新しい恋をするのは、その後でも良いではないですか!」
無意識に、唇を噛む力が強くなる。
シャロットの言っている事は、一見正論だ。私がテッドもチャールズ様の事も放り出して、他の男に夢中になっているのならそう言いたい気持ちも分かる。
だけど……
(私のやっている事って、ガッツ先輩と親しくするのって、そこまでの事なの!?)
「……勝手な事、言わないでよ」
「たかがメイドが、差し出がましい事を申しました。ですがきっと……弟も自分のいないところで話が進むのは不安だろうと」
内心沸き上がる怒りを必死に押し留めるのに気付いたか、シャロットはあくまで姉心を強調し弁解するが、彼女が私に懸想していると告白したのは何だったのかと笑いたくなる。
「まるで公爵様が私を愛しているかのように言うけれど、シャロット……」
「弟の女性遍歴の事ですか? 確かに今までまともな恋愛は出来ませんでしたけど」
「そうではなくて……」
ちらりと、視界の端に壁に立てかけられた剣が映る。念のため、私はシャロットに近付き、ボソボソと耳打ちした。
「公爵様が愛しているのは、リリオルザ嬢なのよ」
「はぁ!!?」
これに関しては共有されていなかったのか、シャロットからは有り得ないといった表情を向けられた。
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一気読みしました🎵
面白いです^_^
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ご感想ありがとうございます。