もう誰にも奪わせない

白羽鳥(扇つくも)

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第一章 不遇の伯爵令嬢編

違う世界の物語③

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 この世界…と言うかスティリアム王国で暮らし始めて五年、あたしが思い知ったのは「はが姫(※葉隠れの姫君)」の世界が決して乙女チックなふわふわした世界ではなかった事だ。治安が悪くて孤児院を一歩出れば犯罪が溢れている。スリに破落戸ごろつきに人買い…王侯貴族ならいいのかと言えば、それはそれで謀略が渦巻いていて大変なんだとか。まあこの辺、ゲーム中でもイベントとして見られたんだけどね。

 男爵に聞いたところ、この国は男尊女卑の傾向があり、それ以上に身分差が激しい。女の使用人なんて、男の雇い主に好き放題されてしまうと言うわけだ。男爵の娘さんもその件で苦労したのだと嘆いていた。
 そんな境遇のためか、この国の女性の多くは、若ければ男に媚びてあざとく、おばちゃんはやたら声がでかい。襲われた時には誰かに助けてもらうしか手がないのだから、自然とそうなるのだとか。いやまあ、自分でぶっ倒すと言う選択肢もあるけど……強い女性は敬遠されるんだよね。

「うちの女房も昔は嬢ちゃんみてぇにおしとやかだったんだが、今じゃすっかり……こんな世の中だし俺が情けない分しっかりしなきゃならんのも分かるけどな。男としては、立つ瀬がなあ」

 買い出しに行った時に、お店の主人がそうぼやいた次の瞬間、おかみさんに算盤で殴られていた。強い……そしてやっぱり声がでかい。

 あたしはゲームで攻略対象たちに言われた事を思い出す。

『お前は他の女とは違う……興味深いな』
『君のような女性は初めてだ』

 あれってヒロインただ一人が攻略対象たちの悩みに気付いた、ぐらいにしか捉えてなかったけど……そう言う意味もあったのかな。…逆に言えば危なっかしくて目が離せないのもあるかもしれないけど。

 女一人でいる事の危険性を改めて感じたあたしは、自衛のためにもカークを落とそうと心に誓ったのだった。たはー、動機が世知辛い。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 スティリアム王立学園に入学してから、数ヶ月が過ぎようとしていた。
 日本の学校と同じく四月始まりなのは、対象プレイヤーである女子に難しく考えずに恋愛にだけ注目しとけって事なんだろう。名称こそ違うがクリスマスもバレンタインも七夕もちゃんとある…イチャラブイベントとして。

 それはさておき。

「どうして何も起こらないのよ、もう夏休み入っちゃうわよ!?」

 現在の各攻略キャラへの対処。
 シュイは徹底的に避け、ジョセフはクラスメートだったのでそこそこ仲良くなった。ハロルド先生にも協力してもらい、「実験クラブ」も設立した。チャールズはカークルートでも絡んでくるので、後はカーク攻略に集中していたのだが……

 このゲームには友好度と好感度があり、通常会話やステータスによって友好度が、イベント選択肢やパートナー選択により好感度が上がる。接触してきたキャラクターは各ルートに入らない程度に友情を深めたのはいいものの、問題はカークの好感度だ。上がった様子はない……その原因は、恋愛イベントがまったく発生しない事だった。

「どうして!? 怖い思いして木登りや夜歩きまでして友好度上げたのに、この時期ならとっくに終わってるはずの差し入れや水泳、七夕イベントもなしなんて……下手したらチャールズルートに入っちゃうわよ……あっ」

 ここであたしはイベント発生条件を思い出す。ゲームほど、悪役令嬢からの嫌がらせが起きていないのだ。彼女だけでなく、嫉妬しているはずの女子生徒たちも。確かに彼女から一言二言嫌味は貰ったし、刺すような視線は浴びている。だけどその程度でカークは動かないのだ。
 ベアトリスは女子生徒の中心にいるキャラ。いくら嫌がらせしたくとも、ベアトリスが抑えている限り、勝手な真似は出来ないのだろう。

「じゃあ、ベアトリスが事態を収拾しているって言うの? 何のために……あたしって殿下に近付く卑しい泥棒猫なんでしょ? 身の程を弁えさせなきゃ……って、もしかして!」

 あたしは前世で、悪役令嬢ものなるジャンルがあるのを思い出した。現代人があたしのようにゲームの世界に転生するんだけど、悪役令嬢になってしまったので破滅を回避する話だ。
 もちろん「はが姫」の二次にもこの波は来ていて、ヒロインを出し抜いてカークと結婚、国外逃亡して隣国の貴族と結婚、貴族を辞めて冒険者になるなど、あらゆる救済パターンを見てきた。残念ながら断罪を受け入れてチャールズと愛を育むのはなかったけど…何でだよ!

「要するに、ベアトリスも転生者だから悪役令嬢を辞めたって事? そしたらチャールズとのカップリングはどうなるのよ!? あ、いやそんな場合じゃなくて!」

 あたしは考えた。もしもベアトリスが転生者なら、断罪イベントでざまぁされるのは、あたしの方かもしれない。何せ平民が、婚約者のいる王太子候補にべたべた擦り寄ってきたのだ。実際、ゲームで好感度が低いままではカークにあっさり見捨てられ、チャールズも大事な主君に纏わり付く小娘が目障りなのもあって、バッドエンドになってしまうのだ。

「冗談じゃないわ……ガヴたそもステータス画面なんて出してくれないし、一刻も早く情報収集しておかないと!」

 
 あたしは早速行動を開始した。ベアトリスの前で前世のキーワードをそれとなく口にしたけれど、まったく反応なし。転生者じゃなかったのかしら。
 一応、他の面子にも試してみたけど、結果は同じだった。

「転生者? それなら、リリーがそうなんじゃないの?」
「えっ」

 カフェテリアで雑談している時にジョセフに言い当てられて、ぎくりと体が強張る。そりゃ、こんなギリギリな質問繰り返してたら怪しまれて当然か! どうしよう、どう誤魔化したら……

「ほら、『光の乙女』の再来!」
「あ……そっちかぁ」
?」

 スティリアム王国の国教「聖マリエール教」。その経典に寄れば、創造主から祝福を受けた聖女が「光の乙女」で、彼女は何度か転生を繰り返し、この地に降りてきた事があるらしい。
 光の聖獣を懐かせたあたしも、そうなんじゃないかって話で、教会と繋がりのある孤児院が支援を勝ち取れたのも、学園に特待生として入れたのもそのおかげ。
 ちなみに、ガヴたそことガヴリロも聖マリエール教の経典に登場する天使だ。

「ところでリリー、またベアトリス様に虐められてるとかない? 俺、新聞部だし将来は宮廷記者目指してるから、情報収集なら得意だよ」
「あー、うん……虐めは最近そんなにはない……かな」

 近頃の悩みどころが話題に出て苦笑いするが、問題はまったく逆で、虐められないから困るのだ。曖昧に答えるあたしに、ジョセフは同い年とは思えない庇護欲をそそる容貌で、しゅんと落ち込む。

「もしかして……この間みたいに変な人紹介しちゃったから、信用ない?」
「そんな事ないよ。助けに来てくれた時のジョセフ、すっごくかっこよかったもん。あ、でも暴力はダメだよ。子爵様にちゃんと謝ったの?」
「も、もちろん! 師匠もあれはやり過ぎだったって反省してたし、リリーを守った事にも感動したらしいよ。真実の……ゴホンッ」

 顔を赤らめて咳払いするジョセフ。友好度高めの時に起こるイベントで、紹介した撮影マニアのロリコン子爵に危ない写真撮られそうになって助けに来てくれたんだよね。誤魔化したセリフは「真実の愛」だろうな……。そろそろカークルートに集中するためにも、彼とのお付き合いは考えないと。

「とにかくわたしは平気だから、心配しなくてもいいよ。ジョセフも余計な気を回して、ベアトリス様を変な撮影会の餌食にしようなんて考えないでね」
「うえぇっ!? そんな事しないって俺、殺されるよ」

 慌てるジョセフを一通りからかうと、あたしは教室に戻った。さようならジョセフ、これからもいいお友達でいましょうね☆


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 さて、転生者の線が消えたところでバッドエンド対策をしなくてはならない。ここに来て共通ルートに戻れるとも思えない。既に何人かとは付き合いを深めているのだ。気を抜けば謀略やら暗殺やら戦争やらが牙を剥いてくるだろう。…乙女ゲーなんだから大人しく恋愛させてよ。

「やっぱりここは、ベアトリス様に虐めてもらわないと進まないんだよなぁ……制服や教科書を切り刻まれてもカークが弁償してくれるし、階段から突き落とされてもガヴたそに助けてもらえるからね」

 そうだ、虐めなんか怖くない。怖いのは、バッドエンドだ。悪役令嬢が破滅する作品のあまりの多さに食傷気味になっていたところで出会ったゲームなので、物珍しさで好きになったものの、選択を誤ればこっちが破滅なんて、早まったかもな……

 いいや、まだ諦めるのは早い。こうなったらでっち上げてでもカークに虐めがあると思わせるのだ。何せリリーあたしは本当に女子から嫌われている。例え酷い事はしなくとも、誰かに虐めを受けている事に関しては、おかしいとは思わないだろう。
 そして女子間のいざこざは、すべてベアトリスの監督不行き届きとなる。彼女自身に、何の罪がなくとも。

「う…っ、悪役令嬢ものの定番、ヒロインによる冤罪をまさかあたしがやるなんて……どうか許してね、もう悪役令嬢の事まで気遣ってたら、終わるのはあたしなの。でも婚約破棄されても破滅はないから! カークに負けない超絶美形との結婚だから! 萌え萌え喧嘩ップル万歳!!」
「ピュ~! ピュ~!」

 ベアトリスを陥れる事に心を痛めながらも、鳩狐くっつかないかなぁ……などと妄想しながら、予備の制服にハサミをジャキジャキ入れる。
 ガヴたそが鳴きながら周りをパタパタ飛び回る。天使の目の前で、こんな不正は許さないって? じゃあどうすりゃいいのよ。文句があるなら助けてよ!


 コン、コン。


 その時、何かが窓を叩く音に目をやった私は――時が止まった。

 窓の外に、カークがいる。ちょ……ここ三階!!
 慌てて開けると、彼は土足のまま部屋に侵入してきた。ベッドが汚れてしまったが、気にする暇もない。

「殿下!? どうなさったんですか。ここは女子寮ですよ」
「ああ、寮長に頼んだが入れてくれなかったんでな。そこの木を登ってきた」

 女子寮と言うのもそうだけど、もう夜も更けてるしね……って、そうじゃない!

「王族の方がされる事じゃありませんよ」
「何を言ってる、お前だって木に登ってたじゃないか」
「うっ」

 あれは、イベントスチル回収のため……私だって前世からのインドア派なんだから、あんな危険な真似したくなかったわよ。

 それにしても、好感度が高くない状態のカークが部屋に来るなんて……こんな展開、ゲームにないんだけど。

「ところで今日は、何のご用件で?」
「何って、夜這いに決まってるだろう」

 段階すっ飛ばし過ぎです!

「ご自分の立場をお考え下さい。チャーリーじゃあるまいし」
「あっはは! お前にも知れ渡っているのか、しょうがないヤツだ……
なに、近頃様子がおかしいから、様子を見にな」
「殿下…?」

 カークがじっとこちらを見ている。そんなイケメンに真剣に見つめられたら、勘違いしちゃいますよ?

「リリー、お前とはもう友人だ。カークと呼べと言っただろう」
「あっ、すみません慣れなくて。でん……カーク様」
「まあいい、それで……」

 ちら、とカークの目線が床に移る。

「気になっていたんだが、何故制服を切り刻んでいたんだ?」

 げっ! やっぱり見られてた……
 だらだらと冷や汗をかいている私に構わず、カークは無残な布切れと化したスカートを拾い上げる。

「この制服は庶民が買い直すには、決して懐が痛まない価格じゃない。お前が何を持って自らそんな奇行に及んだのか……そう言えば」

 カークの目が鷹のように鋭くなる。

「お前、少し前にトリスに虐められていると言っていたな。あいつは否定していたからその場は保留にしていたが」
「…………」
「もしかして、今までの一連の流れも、自作自演だと…?」
「違います、今回だけです。ちょっと魔が差しただけです本当です!!」

 責めるような視線に堪えられず、私は白状する。おおぉ、俺様王子の人を殺せそうな眼光が恐い……彼に逆らえる人間なんているんだろうか?

「魔が差した……わざわざ自分から虐めがあったように演出するなど、何が目的だ? すぐに思い付くのは俺の婚約者の座を狙う事だが……トリスを引き摺り下ろせたとしても、お前は平民だろう」

 えっ、すぐに思い付くんだ……まあ好感度が低いと逆に断罪食らいますし、そりゃ今の時点ではそれほど信用ないのかも。たはー…

「分かってます。王太子妃になるだなんて、そこまで夢見てたわけじゃありません。これは、カーク様のためなのです」
「俺のため……? どう言う事だ」
「だってカーク様、王太子にはなりたくないのでしょう?」

 さっと、カークの顔色が変わった。王子恋しで勝手な判断で突っ走ってました、で誤魔化せたかと思いきや、次の瞬間、バフッと私はベッドに押し倒されていた。

 ――あれ??

「何故それを知っている」
「あ、当たっちゃいましたか。ほら、ベアトリス様の事を疎んじて……もし婚約が白紙になれば、第一王子派が有利になりますし……そ、それに実験クラブの設立に何かと協力してくれましたよね。カーク様が魔法薬学に興味あるのって、お兄様のご病気のためかなって……あっ、適当に予想しただけなんですが!」
「お前は適当な予想で、こんな危うい賭けに出るつもりだったのか? ベアトリスを陥れればローズ侯爵家に潰される。いくら平民でも、それが分からぬほど馬鹿ではあるまい」
「もっもちろん! だからこそ新たにウォルト公爵家との婚約もセットにするんですよね?」
「!! そんな事まで……貴様、何者だ」

 ぎえっ、藪蛇だった!?
 カークの手が私の首に伸びる。こここ、このままではドSに絞殺される!! ふと、彼の背の向こうに、窓から顔を覗かせるガヴたそが見えた。何サムズアップしてんだ、器用に耳で! ラブシーンじゃないよ助けろよ。

「わわ、わたしは光の乙女です……だから何でも分かるんです!」

 必死にガヴたそを指差して主張すると、振り返ったカークがようやく体を起こした。

「聖獣か……お前の故郷での逸話は聞いている。だが、果たして本物なのか? もしかしたら魔獣かもしれないし、お前だってどこかのスパイかもしれない」
「そんなぁ…聖獣まで偽物だって言われちゃ、もうお終いですよ。カーク様はどうやったら信じてくれるんですか?」

 このゲームに魔法はあれど、見た目派手なピカーッとかドッカーンってのはない。出来れば穏便な方法でお願いしたい。そう言うとカークは魔王のような笑みを浮かべると、再びあたしに覆い被さった。え……問答無用でバッドエンド?

「お前の知っている事をすべて吐け」
「え」
「もしまだ隠し事をして済むと思っているのなら、本物かどうかに関係なく、二度と聖女と名乗れない体にしてやる」

 だから、段階――!! あとこれ全年齢!!

「や…っ、やだやだ! おかーさあ――ん!!」
「何を言ってる、お前は孤児だろう」
「うう…ぐすっ、違うもん。あたしには、うぇ…、前世にお母さんが……あたしが先に、しんじゃった…けど」

 うるさいのから逃げ出したくて一人暮らしを始めて。ろくに実家に顔を出さないまま、もう二度と会えなくなった。
 お母さん……こんな時に思い出して、あたしは大泣きしてしまった。

 その時、涙でボロボロの瞼に唇が落とされた。

「泣くな、俺が聞いてやる……」
「カーク……」
「お前は俺の愚痴にも付き合ってくれたからな。話して……くれるな?」

 柔らかく目を細める表情が、なんて眩しい……
 あまりにもおいし過ぎるこの状況に、あたしはぽーっと酔い痴れていた。

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