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第二章 針の筵の婚約者編
引き籠りましょう
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しばらく母との思い出に浸っていると、入り口の方でドンドン叩く音がする。
「お嬢様? こちらにいらっしゃるのですか……ゲホッ、何ここ。確かにお嬢様がこの部屋に入ったと…」
クララだ。心配して見に来たようだ。私は涙を拭うとドアを開けに行った。
「クララ、腰は大丈夫なの?」
「えっ、お嬢様? 何がどうなって……何なんですか、この部屋!?」
中に招き入れると、クララは先程の私のように呆然と部屋を見回していた。私はこの鍵が母の遺産である事、鍵穴さえあればどこからでも入れる事などを説明する。
「私、魔法なんて初めて見ました。さっき普通にドアを開けた時には埃だらけの物置だったのに、中から開けてもらうとこうなるんですね」
クララは私と同じようにいくつかのドアを開けては一喜一憂している。用途が不明だった無機質な部屋については、分娩室じゃないかと教えてもらった。
「最初に診てもらった病院にもありましたよ。赤ちゃんを産むための部屋です」
「えっ、ここで産むの!?」
至れり尽くせりにも程があるんじゃないの、ここ……
「お嬢様、せっかくですからずっとここで引き籠っていましょうよ。こっち側から招かない限り入れませんし、二階の客室より安全ですよ」
魅力的な提案だが、ずっと部屋から出なくていいんだろうか……一応、牽制のためにチャールズ様との茶番…仲のいいふりをする必要はあるんだけど。まあとにかく、新しい部屋の問題はこれで解決したわね。
その時、またもコンコンとドアをノックする音。入り口からじゃない、ダイニングキッチンから聞こえてくる。あそこには裏口があったので、外から誰かが叩いているのだろう。
(――って、ちょっと待って。外は魔界…)
「誰でしょう? ちょっと見て来ますね」
「あっ、クララ…」
止める間もなくキッチンへ向かうクララを追いかけて行くと、彼女の手は裏口のドアにかかっていた。
ガチャリ
「ちわーっ、ミカワ屋ですーっ」
「「ひぇええええっ!」」
そこから顔を覗かせた人物を見て、私たちは悲鳴を上げて抱き合った。その者は首から上が犬になっていた。御伽噺でしか存在を知らない魔物――所謂コボルトだ。何故か腰巻エプロンを着け、軽快に帽子を取ってとぼけた声で挨拶してくる。
「すみません、脅かしちゃいました? ここのお家、うちとは贔屓にさせて頂いてまして。つい先程、十数年ぶりに魔力を感知致しましたので、ご挨拶にと」
「しゃ、しゃ喋…っ」
「あれ、社長は何も説明してないのかぁ…まあいいや。確かに我々魔族は、高位でないと人語を解しませんでしたが、社長は人間との交流のために社員に言語教育を徹底させたんですよ。僕はコボルトでサブローと言う名前を貰いましたが、他にもゴブリンやオーク、スライムの社員もいますよ」
サブローの説明に、一瞬ゴブリンやオークやスライムが彼と同様、帽子とエプロンを着けて接客しているところを想像してみたが、違和感しかない。何せ、コボルトが人間の言葉で喋っている時点で理解の範疇を超えている。
「本日はパンフレットを持って来ましたので、ご入用の商品があれば注文して下さい」
「あ、あの……魔界でも通貨は同じですか?」
未だに腰は抜けているが、つい好奇心に負けてどうでもいい事を聞いてしまう。同じだったところで私もクララも持ち合わせがないんだけれど。
「通貨ですか? 魔界で使われるのは大体『妖精貨幣』です。
これも流通に社長が一枚噛んでるんですがね」
「その社長、魔王か何かですか?」
「信じられないでしょうが人間です。貴女もご存じの人ですよ」
……何か、一人物凄く心当たりあるんですけど。確かにあの人が語る冒険譚の中に、雑魚敵を部下にして魔界で企業立ち上げたって話はあったけど、いつもの与太話だと思っていた。本当にあの人、何者なの?
「それじゃ、今日はこれで失礼します。注文を受けましたらお届けしますね」
「あ、はい……ありがとうございますサブロー様」
「よろしければ『サブちゃん』と呼んで下さい。社長からもそう呼ばれてるんで」
そう言うとサブロー…サブちゃんは荷台を馬に引かせ、行ってしまった。見た目から何から度肝を抜かれたけど、一周回って普通に受け答えしてしまった。魔界と繋がる部屋で生活する内、あの犬頭にも慣れてしまいそうなのが怖い。
「それにしても、フォルクねえ……どの道、持ってないわ」
「お嬢様、寝室に置いてあった金庫はご覧になられました?」
ショックから立ち直ったクララに言われて、寝室に向かう。金庫はダイヤル式で番号が分からなかったが、机に置きっぱなしにしていた日記帳に新たに書き加えられていた。
【暗証番号は誕生日】
きっとこの金庫の番号だろうと思い、自分の誕生日の数字に合わせて回してみると、カチッと音がして開いた。中には見た事もない貨幣がぎっしり詰まっている。当然、普段は使えるはずもないが、さっきのサブちゃんに注文すれば、このお金で買い物ができる。ますますこの部屋だけで生きていけそうだ。
「お嬢様、このパンフレットすごいですよ。持つとこんなに薄いのに、捲ると何ページもあるんです。これも魔法ですか?」
「ちょっとクララ、何を見ているの。勝手に注文しちゃダメよ」
クララが貰ったパンフレットを夢中で捲るので、窘めながらも興味を惹かれた私は横から覗き込んだ。
二人であれやこれやと商品について語っていると、ウォルト公爵家一階の廊下から、こちらにまで響く声で呼び出された。
「アイシャ様、どちらにいらっしゃるのですか。お客様がいらっしゃいましたよ」
この高圧的な声は、マーゴットだ。仕方なくパンフレットを読み耽るクララを置いて部屋を出る。
「私はここにいます。お客様はどちらの方ですか?」
「まあ、そんな汚い所から! 埃を被ったらお客様に失礼ですわよ。お出でになったのは、第二王子殿下です」
速攻で回れ右をして、部屋に戻りたくなった。
「お嬢様? こちらにいらっしゃるのですか……ゲホッ、何ここ。確かにお嬢様がこの部屋に入ったと…」
クララだ。心配して見に来たようだ。私は涙を拭うとドアを開けに行った。
「クララ、腰は大丈夫なの?」
「えっ、お嬢様? 何がどうなって……何なんですか、この部屋!?」
中に招き入れると、クララは先程の私のように呆然と部屋を見回していた。私はこの鍵が母の遺産である事、鍵穴さえあればどこからでも入れる事などを説明する。
「私、魔法なんて初めて見ました。さっき普通にドアを開けた時には埃だらけの物置だったのに、中から開けてもらうとこうなるんですね」
クララは私と同じようにいくつかのドアを開けては一喜一憂している。用途が不明だった無機質な部屋については、分娩室じゃないかと教えてもらった。
「最初に診てもらった病院にもありましたよ。赤ちゃんを産むための部屋です」
「えっ、ここで産むの!?」
至れり尽くせりにも程があるんじゃないの、ここ……
「お嬢様、せっかくですからずっとここで引き籠っていましょうよ。こっち側から招かない限り入れませんし、二階の客室より安全ですよ」
魅力的な提案だが、ずっと部屋から出なくていいんだろうか……一応、牽制のためにチャールズ様との茶番…仲のいいふりをする必要はあるんだけど。まあとにかく、新しい部屋の問題はこれで解決したわね。
その時、またもコンコンとドアをノックする音。入り口からじゃない、ダイニングキッチンから聞こえてくる。あそこには裏口があったので、外から誰かが叩いているのだろう。
(――って、ちょっと待って。外は魔界…)
「誰でしょう? ちょっと見て来ますね」
「あっ、クララ…」
止める間もなくキッチンへ向かうクララを追いかけて行くと、彼女の手は裏口のドアにかかっていた。
ガチャリ
「ちわーっ、ミカワ屋ですーっ」
「「ひぇええええっ!」」
そこから顔を覗かせた人物を見て、私たちは悲鳴を上げて抱き合った。その者は首から上が犬になっていた。御伽噺でしか存在を知らない魔物――所謂コボルトだ。何故か腰巻エプロンを着け、軽快に帽子を取ってとぼけた声で挨拶してくる。
「すみません、脅かしちゃいました? ここのお家、うちとは贔屓にさせて頂いてまして。つい先程、十数年ぶりに魔力を感知致しましたので、ご挨拶にと」
「しゃ、しゃ喋…っ」
「あれ、社長は何も説明してないのかぁ…まあいいや。確かに我々魔族は、高位でないと人語を解しませんでしたが、社長は人間との交流のために社員に言語教育を徹底させたんですよ。僕はコボルトでサブローと言う名前を貰いましたが、他にもゴブリンやオーク、スライムの社員もいますよ」
サブローの説明に、一瞬ゴブリンやオークやスライムが彼と同様、帽子とエプロンを着けて接客しているところを想像してみたが、違和感しかない。何せ、コボルトが人間の言葉で喋っている時点で理解の範疇を超えている。
「本日はパンフレットを持って来ましたので、ご入用の商品があれば注文して下さい」
「あ、あの……魔界でも通貨は同じですか?」
未だに腰は抜けているが、つい好奇心に負けてどうでもいい事を聞いてしまう。同じだったところで私もクララも持ち合わせがないんだけれど。
「通貨ですか? 魔界で使われるのは大体『妖精貨幣』です。
これも流通に社長が一枚噛んでるんですがね」
「その社長、魔王か何かですか?」
「信じられないでしょうが人間です。貴女もご存じの人ですよ」
……何か、一人物凄く心当たりあるんですけど。確かにあの人が語る冒険譚の中に、雑魚敵を部下にして魔界で企業立ち上げたって話はあったけど、いつもの与太話だと思っていた。本当にあの人、何者なの?
「それじゃ、今日はこれで失礼します。注文を受けましたらお届けしますね」
「あ、はい……ありがとうございますサブロー様」
「よろしければ『サブちゃん』と呼んで下さい。社長からもそう呼ばれてるんで」
そう言うとサブロー…サブちゃんは荷台を馬に引かせ、行ってしまった。見た目から何から度肝を抜かれたけど、一周回って普通に受け答えしてしまった。魔界と繋がる部屋で生活する内、あの犬頭にも慣れてしまいそうなのが怖い。
「それにしても、フォルクねえ……どの道、持ってないわ」
「お嬢様、寝室に置いてあった金庫はご覧になられました?」
ショックから立ち直ったクララに言われて、寝室に向かう。金庫はダイヤル式で番号が分からなかったが、机に置きっぱなしにしていた日記帳に新たに書き加えられていた。
【暗証番号は誕生日】
きっとこの金庫の番号だろうと思い、自分の誕生日の数字に合わせて回してみると、カチッと音がして開いた。中には見た事もない貨幣がぎっしり詰まっている。当然、普段は使えるはずもないが、さっきのサブちゃんに注文すれば、このお金で買い物ができる。ますますこの部屋だけで生きていけそうだ。
「お嬢様、このパンフレットすごいですよ。持つとこんなに薄いのに、捲ると何ページもあるんです。これも魔法ですか?」
「ちょっとクララ、何を見ているの。勝手に注文しちゃダメよ」
クララが貰ったパンフレットを夢中で捲るので、窘めながらも興味を惹かれた私は横から覗き込んだ。
二人であれやこれやと商品について語っていると、ウォルト公爵家一階の廊下から、こちらにまで響く声で呼び出された。
「アイシャ様、どちらにいらっしゃるのですか。お客様がいらっしゃいましたよ」
この高圧的な声は、マーゴットだ。仕方なくパンフレットを読み耽るクララを置いて部屋を出る。
「私はここにいます。お客様はどちらの方ですか?」
「まあ、そんな汚い所から! 埃を被ったらお客様に失礼ですわよ。お出でになったのは、第二王子殿下です」
速攻で回れ右をして、部屋に戻りたくなった。
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