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第三章 港町の新米作家編
新人メイド
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「それじゃ、さっそく面接を始めるわね。
えーっと……シャロット=パガトリーさん?」
私は紹介状に同封されていた、履歴書に目を通す。
ベアトリス様から寄越されたメイド志望の超絶美人の名はシャロット=パガトリー。年齢は二十一歳で平民との事だった。この国における平民の姓は、親の代から引き継いだものでなければ役職や企業ブランド、それ以外は出身地で役所に登録される。『パガトリー』というのは険しい峡谷の名前だったと記憶しているが。
「はい、私はパガトリー峡にある村に所縁のある者です」
「あんなところに村があるの? とても人の行き来ができるとは思えないんだけど」
「少ないですけど、なくはないですよ」
地理の本をざっと読んだ時に得た知識だから、絶対人は住んでいないとは言い切れない。恐らく隠れ里のようなものなのだろうか。それならいざと言う時の拠点として考えてもいいかなと思っていたけれど。
「ご家族は、いらっしゃらないの?」
「父は馬車の転落事故で。母も、私を産んで間もなく……」
「そう……」
やはり危険な場所なのだと認識せざるを得なかった。特に馬車の転落は、私としても他人事じゃない。あの時の恐怖を思い出し、身震いしていると怪訝な顔をされた。
「あの……やはり孤児だった者は雇うのに支障があるでしょうか」
「ううん、違うの。私も母親を亡くしていて……残された家族とも上手くいってないから。じゃあシャロットさんは、村の人に育てられたって事?」
慌てて何でもない風を装い、仕切り直す。
「いいえ、私を育ててくれたのは神職の方で……それと、シャロットと呼び捨てで構いませんよ」
シャロットさんはそう言うけれど、平民とは言えこれだけの美人を呼び捨てするのには抵抗がある。とは言え、一応主人となる私がメイドにさん付けなのもおかしいだろう。仕方なく、咳払いして改める。
「では、シャロット……は、どう言った経緯でベアトリス様に推薦されたのかしら?」
「元々ローズ侯爵令嬢とは旧知の仲でして。それで今回、アイ……K・ホイール先生の護衛を務められる使用人をお探しでしたので、腕に多少覚えのある私が選ばれたのです。力仕事もできますし、クララさんの負担も減らせると思いますよ」
腕に覚えがあるって……物騒ではあるものの、可能性としてあり得なくはないので、いざと言う時は頼もしいのかもしれない。全然そういう風には見えないんだけど……特にサングラス。
「ねぇ、それ市場にあまり出回っていないし、かけていると目立つんじゃない?
ちょっと外してもらっていいかしら」
「えっと、どうしても……ですか」
「履歴書にも目が弱くて、日光を避けるためにサングラス必須とあるわね。でもここ、室内だし。それでもダメ?」
別に何が何でも取って欲しい訳でもなく、何となく好奇心から聞いてみただけだった。
シャロットはしばらく迷う様子を見せていたけれど、やがてサングラスに手をかけた。ちょっとでいいのに、そこまで覚悟が要る事なの?
「……」
素顔の彼女は、やはりとても美しかった。伏せられた長い睫毛が影を落とす様は、同じ女であってもドキドキしてしまう。ふと、その容貌に既視感を覚えたけれど、どこで見たのかまでは思い出せない。
「すみません、直接この状態で目を開けるのは怖くて」
「え、ううん。こちらこそ、無理言ってごめんなさい。もうかけていいから」
目を閉じたまま、サングラスをかけ直すシャロット。これだけ頑なに晒したがらないのは、直接見たら石になるから……とかじゃないわよね?
(まさか、御伽噺の読み過ぎよ。……だけど、きっと美し過ぎて腰を抜かしてしまいそうだから、これくらいがちょうどいいのかもしれないわ)
ベアトリス様が何故彼女を選んだのかは分からないが、余程その腕が頼りにされているんだろうなと結論付け、面接を終えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
チイさんが預かっていた彼女の荷物を引き取り、私はシャロットを連れて自宅に戻った。持ち物はバッグの他、布でぐるぐる巻きにされた棒状の武器? と、随分寂しい。
「シャロットはこの辺に住んでいるの? 遠いなら、住み込みにした方が」
「いいえ、私はガラン様の馬車で送り迎えをしてもらう事になっていますから」
どうやらベアトリス様だけでなく、ガラン叔父様とも見知った仲のようだ。私の申し出にも、毎日通うからと断られる。大変じゃないかしら……とは思うけれど、ベアトリス様への連絡もあるからこの方が都合がいいのかもしれない。
ボロアパートの扉の向こうにファンシーな部屋が現れても、話に聞いていたのかシャロットに驚いた様子はなく、ただ感慨深げに眺め回している。少し紅潮した頬から好意的な雰囲気が感じられ、私は得意になって案内した。
「どう? 素敵な家でしょ」
「はい……貴女に相応しい住まいかと」
私にと言うか、テッドのための部屋なんだけどね? あと私が子供っぽいって言いたいのかしら? まあ否定はしませんけど。
シャロットは私の物言いたげな視線に気付くと、焦って弁解する。
「申し訳ありません! 変な意味ではなく……きっとこの可愛らしい空間がお好きなのだろうなと」
「畏まらないで。その通りだから」
可愛いと褒めてもらえて悪い気はしない。少なくとも、似合わないと言われるよりは。
「それより、職場としてシャロットにも気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
「もちろんです。ここで働けるのを至上の幸福として、全力で尽くさせていただきます!」
……そこまで力入れなくていいんだけど。サングラスがぶつかりそうなくらい迫られての主張に、私は苦笑いを零した。
えーっと……シャロット=パガトリーさん?」
私は紹介状に同封されていた、履歴書に目を通す。
ベアトリス様から寄越されたメイド志望の超絶美人の名はシャロット=パガトリー。年齢は二十一歳で平民との事だった。この国における平民の姓は、親の代から引き継いだものでなければ役職や企業ブランド、それ以外は出身地で役所に登録される。『パガトリー』というのは険しい峡谷の名前だったと記憶しているが。
「はい、私はパガトリー峡にある村に所縁のある者です」
「あんなところに村があるの? とても人の行き来ができるとは思えないんだけど」
「少ないですけど、なくはないですよ」
地理の本をざっと読んだ時に得た知識だから、絶対人は住んでいないとは言い切れない。恐らく隠れ里のようなものなのだろうか。それならいざと言う時の拠点として考えてもいいかなと思っていたけれど。
「ご家族は、いらっしゃらないの?」
「父は馬車の転落事故で。母も、私を産んで間もなく……」
「そう……」
やはり危険な場所なのだと認識せざるを得なかった。特に馬車の転落は、私としても他人事じゃない。あの時の恐怖を思い出し、身震いしていると怪訝な顔をされた。
「あの……やはり孤児だった者は雇うのに支障があるでしょうか」
「ううん、違うの。私も母親を亡くしていて……残された家族とも上手くいってないから。じゃあシャロットさんは、村の人に育てられたって事?」
慌てて何でもない風を装い、仕切り直す。
「いいえ、私を育ててくれたのは神職の方で……それと、シャロットと呼び捨てで構いませんよ」
シャロットさんはそう言うけれど、平民とは言えこれだけの美人を呼び捨てするのには抵抗がある。とは言え、一応主人となる私がメイドにさん付けなのもおかしいだろう。仕方なく、咳払いして改める。
「では、シャロット……は、どう言った経緯でベアトリス様に推薦されたのかしら?」
「元々ローズ侯爵令嬢とは旧知の仲でして。それで今回、アイ……K・ホイール先生の護衛を務められる使用人をお探しでしたので、腕に多少覚えのある私が選ばれたのです。力仕事もできますし、クララさんの負担も減らせると思いますよ」
腕に覚えがあるって……物騒ではあるものの、可能性としてあり得なくはないので、いざと言う時は頼もしいのかもしれない。全然そういう風には見えないんだけど……特にサングラス。
「ねぇ、それ市場にあまり出回っていないし、かけていると目立つんじゃない?
ちょっと外してもらっていいかしら」
「えっと、どうしても……ですか」
「履歴書にも目が弱くて、日光を避けるためにサングラス必須とあるわね。でもここ、室内だし。それでもダメ?」
別に何が何でも取って欲しい訳でもなく、何となく好奇心から聞いてみただけだった。
シャロットはしばらく迷う様子を見せていたけれど、やがてサングラスに手をかけた。ちょっとでいいのに、そこまで覚悟が要る事なの?
「……」
素顔の彼女は、やはりとても美しかった。伏せられた長い睫毛が影を落とす様は、同じ女であってもドキドキしてしまう。ふと、その容貌に既視感を覚えたけれど、どこで見たのかまでは思い出せない。
「すみません、直接この状態で目を開けるのは怖くて」
「え、ううん。こちらこそ、無理言ってごめんなさい。もうかけていいから」
目を閉じたまま、サングラスをかけ直すシャロット。これだけ頑なに晒したがらないのは、直接見たら石になるから……とかじゃないわよね?
(まさか、御伽噺の読み過ぎよ。……だけど、きっと美し過ぎて腰を抜かしてしまいそうだから、これくらいがちょうどいいのかもしれないわ)
ベアトリス様が何故彼女を選んだのかは分からないが、余程その腕が頼りにされているんだろうなと結論付け、面接を終えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
チイさんが預かっていた彼女の荷物を引き取り、私はシャロットを連れて自宅に戻った。持ち物はバッグの他、布でぐるぐる巻きにされた棒状の武器? と、随分寂しい。
「シャロットはこの辺に住んでいるの? 遠いなら、住み込みにした方が」
「いいえ、私はガラン様の馬車で送り迎えをしてもらう事になっていますから」
どうやらベアトリス様だけでなく、ガラン叔父様とも見知った仲のようだ。私の申し出にも、毎日通うからと断られる。大変じゃないかしら……とは思うけれど、ベアトリス様への連絡もあるからこの方が都合がいいのかもしれない。
ボロアパートの扉の向こうにファンシーな部屋が現れても、話に聞いていたのかシャロットに驚いた様子はなく、ただ感慨深げに眺め回している。少し紅潮した頬から好意的な雰囲気が感じられ、私は得意になって案内した。
「どう? 素敵な家でしょ」
「はい……貴女に相応しい住まいかと」
私にと言うか、テッドのための部屋なんだけどね? あと私が子供っぽいって言いたいのかしら? まあ否定はしませんけど。
シャロットは私の物言いたげな視線に気付くと、焦って弁解する。
「申し訳ありません! 変な意味ではなく……きっとこの可愛らしい空間がお好きなのだろうなと」
「畏まらないで。その通りだから」
可愛いと褒めてもらえて悪い気はしない。少なくとも、似合わないと言われるよりは。
「それより、職場としてシャロットにも気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
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