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第三章 港町の新米作家編
朝市にて②
会話を聞かれていた事に、サッと顔を青くして後退りするが、それを制して頭を下げられる。
「以前も言いましたが、命令以外の事には我関せずですから。ただ、この国に入り込んでいるセンタフレア人は私一人でもないので、世間話と言えど人前で下手な事を言うのは避けた方がいい」
「命令?」
「万能薬ですよ」
そう言えば、探しているとか……首を横に振っていると、私を後ろに庇うようにしてシャロットが彼を睨み付ける。警戒心丸出しの様子に驚いたのは一瞬で、センタフレア人の目が面白いものを見たように細められた。
「これは……ただの新米記者かと思いきや、なかなか興味深い人脈をお持ちのようで」
「御主人様に近付かないでいただけますか?」
「なら、代わりに貴女にお聞きしたいんですが」
「万能薬なんて、ただの御伽噺……実在していたら苦労はしません」
ずっと空気だったシャロットに対して、今日初めて反応が見られた。火花を散らす二人に、目立つ真似はと彼女の服を引くと、センタフレア人の方が「なるほど、確かに」と笑って話題を打ち切った。
「あの、魔法に関して知りたいのであれば、王都の方が情報が入ってくるのでは?」
「いいえ、スティリアム王家のガードの高さを甘く見てはいけません。現に魔法が存在しているなんて、一部の者にしか知られていませんしね。ですが国全体に浸透はしている……ならば存在自体に気付かずとも、日常的に使用している層に接触した方が、手掛かりは得られるのではないかと」
王侯貴族に比べれば、平民の方が口が緩いというのはその通りかもしれない。彼は留学生だと言っていたから、学園の書物で調べつつも、こうして国中で聞き込みをしていたのだろうか。物凄く勤勉な人だなとは思うけれど、彼の祖国が何をしているのかを考えれば、手放しで称賛はできない。
「まあ何かしら報告はしておかないと、後が怖いですから。ポーチェ男爵領に来たのは、単なる息抜きですよ」
「へ……?」
「有力な情報が欲しければ、貿易港の方を当たればいい。こんな小さな漁港の町で、不老不死の力なんてそうそう転がっているはずないでしょう?」
鼻で笑う様子から、どうやら使命を帯びてはいるものの彼は本気で探す気はないようだった。と言うか不老不死って……そりゃあシャロットも御伽噺って言いたくもなるわ。センタフレア帝国の皇帝は、そんなものが欲しかったの?
「そんな訳で、適当にぶらぶらしていますから、そう警戒せずに気軽に声をかけてきてくださいよ。万能薬も大事ですけど、ここの市場で評判になっている『ホイールケーキ』にもありつきたいんですよね」
皇帝からの勅命より上になっちゃってるわよ、叔父様!
「ホイールケーキの屋台は昼頃ですよ。決まった時間はないですけど。えっと……」
「失礼、私はフーという者です。教えていただいたお礼に、さっきの話は聞かなかった事にします。では、また」
そう言うと、フーさんは店主に代金を払って人込みの中へ消えていった。
ポカーンとしているとシャロットに手を引かれ、その場から逃げるように連れて行かれる。
「ちょ、ちょっと!?」
「あのフーとかいう者は、何も買っていないのに店主に金を渡していました。恐らく……屋台の者もセンタフレア人です」
「ええっ!?」
この国に入り込んでいるのは自分一人ではない、とフーさんは言っていた。そして話は聞かなかった事にすると……あれは彼だけの事じゃなくて、口止め料だった?
「ど、どどどうしよう? 迂闊な事言ってないわよね?」
「それは、彼の言う通り世間話だからと流されたんでしょう。そもそもあの人の発言の方が、よっぽど皇帝の耳に入れるには後ろ暗いです」
それもそうか……私は海を隔てた国の一般人で、彼は部下だものね。でも本人たちの前で迂闊だったのには違いない。衣装を縫ったのはセンタフレア人だと自分で言っておいて……私もまだまだ観察力が足りないわ。
「それより、センタフレア帝国が各地で侵略の準備を進めているのは確かなのですか?」
「ガッツ……新聞記者の先輩が言うにはそうよ。でもまだ国境が面した国での話じゃない?」
声を潜めて聞かれたので、首を振って否定しておく。他国だから自分たちは安全と楽観視するのは無責任だけど、今のところこの国での動きは万能薬探しのみだ。少なくとも領土に関しては、向こうの大陸を制圧するのが先だと思っているが。
「仮に万能薬が見つかったとして。皇帝はただそれを手に入れただけで終わるでしょうか? 原材料や薬の製法、薬師などを放置したままだと?」
「え、でも……さっきシャロットは御伽噺だって」
「今の時点では、です。実現できれば必要とされるでしょうし、それに応えられるだけの環境は整いつつある」
それって……
頭に思い浮かんだのは、リリオルザ嬢の事。彼女が開発しているのが万能薬なのかは分からないし、不老不死なんてそう簡単に実現できるとは思えない。だけどチャールズ様からは、彼女が画期的な発想で新しい魔法薬を開発してきた事を聞かされている。
そして王立学園の留学生であるフーさんは、カーク殿下の覚えめでたい彼女の噂を知っている可能性が高い。果たして単に学生のクラブ活動と一笑に付すだろうか?
「以前も言いましたが、命令以外の事には我関せずですから。ただ、この国に入り込んでいるセンタフレア人は私一人でもないので、世間話と言えど人前で下手な事を言うのは避けた方がいい」
「命令?」
「万能薬ですよ」
そう言えば、探しているとか……首を横に振っていると、私を後ろに庇うようにしてシャロットが彼を睨み付ける。警戒心丸出しの様子に驚いたのは一瞬で、センタフレア人の目が面白いものを見たように細められた。
「これは……ただの新米記者かと思いきや、なかなか興味深い人脈をお持ちのようで」
「御主人様に近付かないでいただけますか?」
「なら、代わりに貴女にお聞きしたいんですが」
「万能薬なんて、ただの御伽噺……実在していたら苦労はしません」
ずっと空気だったシャロットに対して、今日初めて反応が見られた。火花を散らす二人に、目立つ真似はと彼女の服を引くと、センタフレア人の方が「なるほど、確かに」と笑って話題を打ち切った。
「あの、魔法に関して知りたいのであれば、王都の方が情報が入ってくるのでは?」
「いいえ、スティリアム王家のガードの高さを甘く見てはいけません。現に魔法が存在しているなんて、一部の者にしか知られていませんしね。ですが国全体に浸透はしている……ならば存在自体に気付かずとも、日常的に使用している層に接触した方が、手掛かりは得られるのではないかと」
王侯貴族に比べれば、平民の方が口が緩いというのはその通りかもしれない。彼は留学生だと言っていたから、学園の書物で調べつつも、こうして国中で聞き込みをしていたのだろうか。物凄く勤勉な人だなとは思うけれど、彼の祖国が何をしているのかを考えれば、手放しで称賛はできない。
「まあ何かしら報告はしておかないと、後が怖いですから。ポーチェ男爵領に来たのは、単なる息抜きですよ」
「へ……?」
「有力な情報が欲しければ、貿易港の方を当たればいい。こんな小さな漁港の町で、不老不死の力なんてそうそう転がっているはずないでしょう?」
鼻で笑う様子から、どうやら使命を帯びてはいるものの彼は本気で探す気はないようだった。と言うか不老不死って……そりゃあシャロットも御伽噺って言いたくもなるわ。センタフレア帝国の皇帝は、そんなものが欲しかったの?
「そんな訳で、適当にぶらぶらしていますから、そう警戒せずに気軽に声をかけてきてくださいよ。万能薬も大事ですけど、ここの市場で評判になっている『ホイールケーキ』にもありつきたいんですよね」
皇帝からの勅命より上になっちゃってるわよ、叔父様!
「ホイールケーキの屋台は昼頃ですよ。決まった時間はないですけど。えっと……」
「失礼、私はフーという者です。教えていただいたお礼に、さっきの話は聞かなかった事にします。では、また」
そう言うと、フーさんは店主に代金を払って人込みの中へ消えていった。
ポカーンとしているとシャロットに手を引かれ、その場から逃げるように連れて行かれる。
「ちょ、ちょっと!?」
「あのフーとかいう者は、何も買っていないのに店主に金を渡していました。恐らく……屋台の者もセンタフレア人です」
「ええっ!?」
この国に入り込んでいるのは自分一人ではない、とフーさんは言っていた。そして話は聞かなかった事にすると……あれは彼だけの事じゃなくて、口止め料だった?
「ど、どどどうしよう? 迂闊な事言ってないわよね?」
「それは、彼の言う通り世間話だからと流されたんでしょう。そもそもあの人の発言の方が、よっぽど皇帝の耳に入れるには後ろ暗いです」
それもそうか……私は海を隔てた国の一般人で、彼は部下だものね。でも本人たちの前で迂闊だったのには違いない。衣装を縫ったのはセンタフレア人だと自分で言っておいて……私もまだまだ観察力が足りないわ。
「それより、センタフレア帝国が各地で侵略の準備を進めているのは確かなのですか?」
「ガッツ……新聞記者の先輩が言うにはそうよ。でもまだ国境が面した国での話じゃない?」
声を潜めて聞かれたので、首を振って否定しておく。他国だから自分たちは安全と楽観視するのは無責任だけど、今のところこの国での動きは万能薬探しのみだ。少なくとも領土に関しては、向こうの大陸を制圧するのが先だと思っているが。
「仮に万能薬が見つかったとして。皇帝はただそれを手に入れただけで終わるでしょうか? 原材料や薬の製法、薬師などを放置したままだと?」
「え、でも……さっきシャロットは御伽噺だって」
「今の時点では、です。実現できれば必要とされるでしょうし、それに応えられるだけの環境は整いつつある」
それって……
頭に思い浮かんだのは、リリオルザ嬢の事。彼女が開発しているのが万能薬なのかは分からないし、不老不死なんてそう簡単に実現できるとは思えない。だけどチャールズ様からは、彼女が画期的な発想で新しい魔法薬を開発してきた事を聞かされている。
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