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第三章 港町の新米作家編
不可解
ベッドに入ってしばらくしても、私の目は冴えたままだった。
あれは、どういう意味だったのかしら……
私の脳裏には、帰り際に見せたシャロットの行為が何度も浮かび上がっている。双子の姉だけに、今は会えない婚約者の代わりにって事? いや、さすがにないでしょ。
なら……恋愛的な意味で、かしら。いくら家族だからって唇はやり過ぎだし、世の中にはそういう趣味の人もいると聞く。
(まあ……だとしても、私としてはごめんなさいするしかないけど)
テッドが夜泣きしたのを機に起き上がり、おむつ替えの準備をする。お乳以外はクララが引き受けると言ってくれていたのだけど、眠れないしついでだ。
「……申し訳ありません、お嬢様」
「いいから、寝てて。今日は朝市の間テッドを見ててくれたんだから、眠いでしょう?」
寝ぼけ眼でもぞもぞベッドから出ようとするクララを押し留める。ダメだ、気になったら完全に眠気が吹っ飛んでしまった。こうなったら明日、本人に直接問い質すしかないわね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おはようございます、御主人様!」
「……おはよう、シャロット」
次の日、何事もなかったかのように顔を出したシャロットに、昨夜のあれは私の気のせいだったんじゃないかと思い始めた。だとしたら確かめるのは相当恥ずかしい。こんな美人に、私の事好きなのかとか……
「今朝の朝食がまだでしたら、私が作ってもいいでしょうか?」
「シャロットは何の料理が得意なの?」
「そうですね……昨日買った豆乳を使わせてもらえるのでしたら、パンケーキはどうです?」
豆乳のパンケーキと聞いて、公爵家にやってきた日の事が思い起こされる。ひと悶着あった後、空腹で倒れそうな私にジャックが作ってくれた夜食。あれから気に入ってよく作ってもらったものだ。コツがあるのか、クララには再現できなかったけれど、叶うならもう一度食べたいと思っていた。
「いいわね、お願い」
「任せてください」
材料を混ぜ、フライパンを温め出したシャロットに、私はわざとらしくならないよう心掛けながら切り出す。
「ところで、その……シャロットってどういうタイプの異性が好きなの?」
「タイプですか? 可愛らしくて心が安らぐ人でしょうか……どうしたんです藪から棒に」
可愛らしいというのは男に対する形容として正しいのだろうか、などと考えていると、当然ながら訝しげに聞き返される。これは、変に誤魔化すよりも直球で聞くべきか。
「だってこんなに美人なのに結婚は無理だって言うし。それに昨日あ、あんな事するから……てっきり、同性が恋愛対象なのかなって思うじゃない? ……違うの?」
「ふっ」
言いにくい質問をしてただでさえ気まずいのに、小さく笑われてカーッと赤くなった。バカな事聞いてる自覚はあるわよ!
シャロットは焼けたパンケーキを引っ繰り返しながら、背中で答える。
「別にそういう性癖がある訳じゃないですが……」
「性癖って。でもまあ、ただの冗談だったのね?」
一安心と胸を撫で下ろしていると、焼き立てのパンケーキが皿に移されシロップがかけられる。いい匂い……一年ぶりくらいなのにもう懐かしい感じがする。向かい側の席に着いたシャロットは、いそいそとナイフとフォークを手にする私を愛おしそうに見つめていた。
「ごめんなさい、御主人様を悩ませてしまいましたか? チャールズとは子供まで作っていたのだから、キス程度気にもならないだろうと思ったのですが」
「んぐっ!」
危うく喉を詰まらせるところだった。変な事言わないでよ!
子作りと言われても行為の最中、チャールズ様には私を私と認識されていなかった。(未遂も含めれば二度もだ)キスも周りにアピールするためのもので、完全なプライベートともなれば私の恋愛経験値は低いままだと思う。
差し出された水を飲み干して一息吐くと、私は恨めしげな視線を向けた。
「いくら女同士だからって、普通は口付けなんてしないと思うわ」
「そうでしたか。いえ私も同性愛者ではないのですが……御主人様は可愛いので特別です」
え? やっぱりそういう意味なの? 私、貞操狙われてるの??
思わず立ち上がりかける私を押し留め、シャロットは苦笑いする。
「冗談ですから座ってください。弟の婚約者をどうこうする気はありませんよ」
「お、脅かさないでよもう……貴女みたいな超絶美人に言われたら、真に受けちゃうじゃない」
「可愛いのは本当ですよ。……ですが、嫌でしたら謝ります」
嫌じゃない、ただ照れ臭いのよね。もぐ、とパンケーキを改めて口に運ぶと、ふんわり甘い風味が口いっぱいに広がる。これ、本当にジャックの作ったのに似てる。シャロットは公爵家の情報は掴んでいるらしいし、案外レシピもその一つなのかもしれない。
「ジャック……会いたいな」
クララの事も心配しているだろうし、会わせてあげたい。彼の名前が出たところで、シャロットが目を丸くする。
「彼に会いたいんですか? チャールズの事は?」
「最初は誤解もあって顔も見たくないと思ってたけど……今は、会って話すべきだと思ってる。テッドの安全が保障されてからにはなるけれど」
「まずは、今ある問題が解決してから、ですか……その後は、どうされるつもりですか?」
若干固くなった声色に少し躊躇したけれど、私はずっと考えていた事を打ち明けた。
「最終的に、私たちの婚約を解消したい」
あれは、どういう意味だったのかしら……
私の脳裏には、帰り際に見せたシャロットの行為が何度も浮かび上がっている。双子の姉だけに、今は会えない婚約者の代わりにって事? いや、さすがにないでしょ。
なら……恋愛的な意味で、かしら。いくら家族だからって唇はやり過ぎだし、世の中にはそういう趣味の人もいると聞く。
(まあ……だとしても、私としてはごめんなさいするしかないけど)
テッドが夜泣きしたのを機に起き上がり、おむつ替えの準備をする。お乳以外はクララが引き受けると言ってくれていたのだけど、眠れないしついでだ。
「……申し訳ありません、お嬢様」
「いいから、寝てて。今日は朝市の間テッドを見ててくれたんだから、眠いでしょう?」
寝ぼけ眼でもぞもぞベッドから出ようとするクララを押し留める。ダメだ、気になったら完全に眠気が吹っ飛んでしまった。こうなったら明日、本人に直接問い質すしかないわね。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おはようございます、御主人様!」
「……おはよう、シャロット」
次の日、何事もなかったかのように顔を出したシャロットに、昨夜のあれは私の気のせいだったんじゃないかと思い始めた。だとしたら確かめるのは相当恥ずかしい。こんな美人に、私の事好きなのかとか……
「今朝の朝食がまだでしたら、私が作ってもいいでしょうか?」
「シャロットは何の料理が得意なの?」
「そうですね……昨日買った豆乳を使わせてもらえるのでしたら、パンケーキはどうです?」
豆乳のパンケーキと聞いて、公爵家にやってきた日の事が思い起こされる。ひと悶着あった後、空腹で倒れそうな私にジャックが作ってくれた夜食。あれから気に入ってよく作ってもらったものだ。コツがあるのか、クララには再現できなかったけれど、叶うならもう一度食べたいと思っていた。
「いいわね、お願い」
「任せてください」
材料を混ぜ、フライパンを温め出したシャロットに、私はわざとらしくならないよう心掛けながら切り出す。
「ところで、その……シャロットってどういうタイプの異性が好きなの?」
「タイプですか? 可愛らしくて心が安らぐ人でしょうか……どうしたんです藪から棒に」
可愛らしいというのは男に対する形容として正しいのだろうか、などと考えていると、当然ながら訝しげに聞き返される。これは、変に誤魔化すよりも直球で聞くべきか。
「だってこんなに美人なのに結婚は無理だって言うし。それに昨日あ、あんな事するから……てっきり、同性が恋愛対象なのかなって思うじゃない? ……違うの?」
「ふっ」
言いにくい質問をしてただでさえ気まずいのに、小さく笑われてカーッと赤くなった。バカな事聞いてる自覚はあるわよ!
シャロットは焼けたパンケーキを引っ繰り返しながら、背中で答える。
「別にそういう性癖がある訳じゃないですが……」
「性癖って。でもまあ、ただの冗談だったのね?」
一安心と胸を撫で下ろしていると、焼き立てのパンケーキが皿に移されシロップがかけられる。いい匂い……一年ぶりくらいなのにもう懐かしい感じがする。向かい側の席に着いたシャロットは、いそいそとナイフとフォークを手にする私を愛おしそうに見つめていた。
「ごめんなさい、御主人様を悩ませてしまいましたか? チャールズとは子供まで作っていたのだから、キス程度気にもならないだろうと思ったのですが」
「んぐっ!」
危うく喉を詰まらせるところだった。変な事言わないでよ!
子作りと言われても行為の最中、チャールズ様には私を私と認識されていなかった。(未遂も含めれば二度もだ)キスも周りにアピールするためのもので、完全なプライベートともなれば私の恋愛経験値は低いままだと思う。
差し出された水を飲み干して一息吐くと、私は恨めしげな視線を向けた。
「いくら女同士だからって、普通は口付けなんてしないと思うわ」
「そうでしたか。いえ私も同性愛者ではないのですが……御主人様は可愛いので特別です」
え? やっぱりそういう意味なの? 私、貞操狙われてるの??
思わず立ち上がりかける私を押し留め、シャロットは苦笑いする。
「冗談ですから座ってください。弟の婚約者をどうこうする気はありませんよ」
「お、脅かさないでよもう……貴女みたいな超絶美人に言われたら、真に受けちゃうじゃない」
「可愛いのは本当ですよ。……ですが、嫌でしたら謝ります」
嫌じゃない、ただ照れ臭いのよね。もぐ、とパンケーキを改めて口に運ぶと、ふんわり甘い風味が口いっぱいに広がる。これ、本当にジャックの作ったのに似てる。シャロットは公爵家の情報は掴んでいるらしいし、案外レシピもその一つなのかもしれない。
「ジャック……会いたいな」
クララの事も心配しているだろうし、会わせてあげたい。彼の名前が出たところで、シャロットが目を丸くする。
「彼に会いたいんですか? チャールズの事は?」
「最初は誤解もあって顔も見たくないと思ってたけど……今は、会って話すべきだと思ってる。テッドの安全が保障されてからにはなるけれど」
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若干固くなった声色に少し躊躇したけれど、私はずっと考えていた事を打ち明けた。
「最終的に、私たちの婚約を解消したい」
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