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学園サバイバル編
幕間③監視報告(王太子side)
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新年度が始まり、半月が経過した。新入生はそろそろ学園生活にも慣れてきた頃だろうか。
牽制をしていたおかげか、去年とは違いラクをいじめてくる輩もないようで、彼女も周囲の力を借りながら、この国に馴染んできているようだった。まあ、標的がエリザベスに集中している事も大きいが。それについては、感謝してやらない事もない。
クラス委員会では、各クラスへの通達を行った後、委員たちにエリザベスの動向を報告させている。二学年のクラス委員によれば、エリザベスは他の生徒たちから集中して迫害を受ける事のないよう、日によって通うクラスを変えている。担当の日になれば皆、迷惑そうな態度をするが、直接的な暴力沙汰は起きていない。無視したりこれ見よがしな文句はあるようだが、それは去年にラクも味わわされてきた事だからな。
授業が終わればエリザベスはすぐに教師のもとへ行き、教室を移動する。クラス委員にも仕事があるので、一日中貼り付いている訳にはいかないが、今の所問題行動は起こしていないとの事だ。まあラクに何かしようにも、いつでも私がそばで守ってやっているからできもしないのだが。
気になる点は、昼食休憩を挟み、彼女の足取りがぱったりと掴めなくなる事だ。
誰もが彼女の姿を見失い、どこで何をしているのかも分からない。教師に聞いたところ、「自習室にいた」「体育の補習を受けている」「つい先ほどまで課題提出のため、職員室にいた」と、ニアミス自体は多いようなのだが。
女子寮では、彼女の部屋のドアは最初、落書きだらけにされたり、鍵を抉じ開けようとした形跡があったが、全体責任として賠償させると学校側から通達が出てから嫌がらせがピタリと止んだとの事。本人が部屋に戻るところを見た者はいないので、こっそり戻ってきているか、別の場所で夜を明かしているのだろう。
この回避率、まるで魔……いや、散々殺人未遂容疑がかかっている事を言い含めておいたのだ。今の自分が執行猶予中なのはあいつだって分かっている。人目を避けるのは当然だろう。
「あのっ!」
思考を打ち破るよく通る声に、はっと現実に戻ってくる。目の前に、焦げ茶色の髪に瓶底眼鏡の地味な女子生徒が立っていた。確か一学年の……ボーデン男爵令嬢だったか。
「冊子を参考にっ、『エリザベス』様の行動範囲を時間のある時に回ってみたんですけどっ」
「ああ……『様』は付けなくていい。気になるなら『先輩』でどうだ?」
「はいっ! 実はあたし、方向音痴でして! 気が付けば全然違う場所に出てしまうので、今まで一度もエリザベス先輩と顔を合わせる事ができなかったんです。すみませんでしたっ!」
地味な見た目に反して、きびきびとした言動のボーデン男爵令嬢。緊張しているのか、唇を引き結び、必死な形相で沙汰を待っている。少々落ち着きのなさが目立つが、何を考えているか分からなかったエリザベスなどよりよっぽど好ましい。
「無理に探し出す必要はない。ラクに嫌がらせをする動きさえなければ、それでいいのだからな。それに、新入生はまだ校舎には慣れていないだろう。見かけた時だけ気に留めておいてくれ」
「承知、いたしましたっ!」
何故かビシッと兵士がするような敬礼をし、クスクス笑われながら彼女は席に戻る。隣のジュリアンから「おい、何だ今の礼の仕方は」と呆れたように話しかけられている。
そのジュリアンはエリザベスの義弟な訳だが、入学してから一度も義姉と会っていないらしい。彼は自宅からの通学でエリザベスは寮生活でもあるので、下手をすれば顔も忘れているかもしれない。
それは冗談にしても、ラクを襲撃した騎士鎧事件の裏には、公爵家が関係している疑惑は、私の中ではまだ晴れていない。デミコ ロナル公爵は野心のためならば手段を選ばない男だ。神託が下されてからすぐに同年の令嬢の存在を公表して私の婚約者に捩じ込み、容疑をかけられれば手の平を返して娘を切り捨てる。
言うに事欠いて病死した娘になりすましていた偽物だった、などとふざけた言い訳が通ると思っているあたり舐められたものだが、ここは乗ったふりをしておくか。
そんな訳で、嫡男のジュリアンが義姉を悪し様に言いつつ擦り寄ってくるのを、敢えて放置する事にした。デミコ ロナル公爵家にとってエリザベスは使い捨ての駒でしかなかったようだが、こっちはお前たちをまとめて利用してやる。
委員会が終わった後、我々は生徒会室に戻り書類を整理する。そろそろ新入生たちも希望するクラブへの入部が決まった頃だろう。私の机には、演劇部から今年の演目内容と許可申請が書かれた書類が置かれていた。
【秋の学園祭行う劇は『血塗られたエリザベス』に決まりました。つきましては作者への報告、学内での演技の練習、衣装の予算追加などの許可をお願いします】
牽制をしていたおかげか、去年とは違いラクをいじめてくる輩もないようで、彼女も周囲の力を借りながら、この国に馴染んできているようだった。まあ、標的がエリザベスに集中している事も大きいが。それについては、感謝してやらない事もない。
クラス委員会では、各クラスへの通達を行った後、委員たちにエリザベスの動向を報告させている。二学年のクラス委員によれば、エリザベスは他の生徒たちから集中して迫害を受ける事のないよう、日によって通うクラスを変えている。担当の日になれば皆、迷惑そうな態度をするが、直接的な暴力沙汰は起きていない。無視したりこれ見よがしな文句はあるようだが、それは去年にラクも味わわされてきた事だからな。
授業が終わればエリザベスはすぐに教師のもとへ行き、教室を移動する。クラス委員にも仕事があるので、一日中貼り付いている訳にはいかないが、今の所問題行動は起こしていないとの事だ。まあラクに何かしようにも、いつでも私がそばで守ってやっているからできもしないのだが。
気になる点は、昼食休憩を挟み、彼女の足取りがぱったりと掴めなくなる事だ。
誰もが彼女の姿を見失い、どこで何をしているのかも分からない。教師に聞いたところ、「自習室にいた」「体育の補習を受けている」「つい先ほどまで課題提出のため、職員室にいた」と、ニアミス自体は多いようなのだが。
女子寮では、彼女の部屋のドアは最初、落書きだらけにされたり、鍵を抉じ開けようとした形跡があったが、全体責任として賠償させると学校側から通達が出てから嫌がらせがピタリと止んだとの事。本人が部屋に戻るところを見た者はいないので、こっそり戻ってきているか、別の場所で夜を明かしているのだろう。
この回避率、まるで魔……いや、散々殺人未遂容疑がかかっている事を言い含めておいたのだ。今の自分が執行猶予中なのはあいつだって分かっている。人目を避けるのは当然だろう。
「あのっ!」
思考を打ち破るよく通る声に、はっと現実に戻ってくる。目の前に、焦げ茶色の髪に瓶底眼鏡の地味な女子生徒が立っていた。確か一学年の……ボーデン男爵令嬢だったか。
「冊子を参考にっ、『エリザベス』様の行動範囲を時間のある時に回ってみたんですけどっ」
「ああ……『様』は付けなくていい。気になるなら『先輩』でどうだ?」
「はいっ! 実はあたし、方向音痴でして! 気が付けば全然違う場所に出てしまうので、今まで一度もエリザベス先輩と顔を合わせる事ができなかったんです。すみませんでしたっ!」
地味な見た目に反して、きびきびとした言動のボーデン男爵令嬢。緊張しているのか、唇を引き結び、必死な形相で沙汰を待っている。少々落ち着きのなさが目立つが、何を考えているか分からなかったエリザベスなどよりよっぽど好ましい。
「無理に探し出す必要はない。ラクに嫌がらせをする動きさえなければ、それでいいのだからな。それに、新入生はまだ校舎には慣れていないだろう。見かけた時だけ気に留めておいてくれ」
「承知、いたしましたっ!」
何故かビシッと兵士がするような敬礼をし、クスクス笑われながら彼女は席に戻る。隣のジュリアンから「おい、何だ今の礼の仕方は」と呆れたように話しかけられている。
そのジュリアンはエリザベスの義弟な訳だが、入学してから一度も義姉と会っていないらしい。彼は自宅からの通学でエリザベスは寮生活でもあるので、下手をすれば顔も忘れているかもしれない。
それは冗談にしても、ラクを襲撃した騎士鎧事件の裏には、公爵家が関係している疑惑は、私の中ではまだ晴れていない。デミコ ロナル公爵は野心のためならば手段を選ばない男だ。神託が下されてからすぐに同年の令嬢の存在を公表して私の婚約者に捩じ込み、容疑をかけられれば手の平を返して娘を切り捨てる。
言うに事欠いて病死した娘になりすましていた偽物だった、などとふざけた言い訳が通ると思っているあたり舐められたものだが、ここは乗ったふりをしておくか。
そんな訳で、嫡男のジュリアンが義姉を悪し様に言いつつ擦り寄ってくるのを、敢えて放置する事にした。デミコ ロナル公爵家にとってエリザベスは使い捨ての駒でしかなかったようだが、こっちはお前たちをまとめて利用してやる。
委員会が終わった後、我々は生徒会室に戻り書類を整理する。そろそろ新入生たちも希望するクラブへの入部が決まった頃だろう。私の机には、演劇部から今年の演目内容と許可申請が書かれた書類が置かれていた。
【秋の学園祭行う劇は『血塗られたエリザベス』に決まりました。つきましては作者への報告、学内での演技の練習、衣装の予算追加などの許可をお願いします】
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