32 / 112
呪われた伯爵編
ディアンジュール伯爵
しおりを挟む
あたしが今の今まで次の婚約者にと指定されていた相手を気にしてこなかったのは、ひとえにそんな場合ではなかったからだ。殿下から婚約を破棄され、公爵家を勘当……『悪』の汚名を着せられたこの状況を打破するまで、学園内を逃げ隠れるという生活に慣れるのに精一杯で、それ以上は考える余裕はなかった。
けれど、あたしの今すべき事は、情報収集である。今後の生き方を考える上で、将来の旦那様に関しては事前に知っておくべきだ。それに、彼を推薦したのは殿下ではなく王妃なのだ……ジュリアンは嫌がらせのように言ってきたけれど、この婚約には伯爵を味方につけるべき理由があっての事なのかもしれない。
あたしがディアンジュール伯爵について知っている事は少ない。王族の一人である事と、辺境の地を治めてきた貴族である事。そして……代々その容貌の醜さが有名になってきた事だ。
伯爵領に関する情報は、完全に遮断されている。領民はどの程度なのか、何が特産品なのか、税収はいくらなのか……これは図書館で調べても出てこなかった。地図帳や地理に関する書物によれば、険しい山々に囲まれた地域で人の行き来もほぼなく、気候は夏は蒸し暑く冬は寒風が吹き荒れる。猛毒植物や獰猛な肉食獣が多く、人が住むには適さない……生きていけるの、これ? うちより酷い環境なんだけど。
「あら、世襲ではないのね」
続いて貴族名鑑を開いてみると、ディアンジュール伯爵家は代々、王家の親族から貰い受けた養子が跡を継いでいた。先代は、陛下の伯父にあたる御方だ。
全てがそうという訳ではなく、稀に結婚している場合もあったが、配偶者の実家の方で調べてみると、名前が消されている……どうやら訳ありで嫁がされたらしい。
(言われてみれば、あたしもそうよね。普通の令嬢にとっては、いくら王族であっても厳しい環境の中で醜い当主に嫁がされるのは、追放同然なのかもしれないわ)
だけどそれは、お互い様なのではないかと思う。醜いからと王家を追い出され、こんな辺境の土地に閉じ込められて、罪人を結婚相手として宛がわれる……伯爵家とは、それほどの仕打ちを受けなければならない何かがあるのだろうか?
(それでも、今のあたしにとっては貴重な、味方になるかもしれない人! 機会を見つけて話を聞いてもらって……力を借りなきゃ!)
棚に戻すために持ってきた本の山を抱え上げ、振り返ろうとしたその時。
「きゃっ!」
誰かとぶつかり、本ごと倒れてしまった。バサバサ…と本が散らばる中、眼鏡が相手の足元まで転がってしまったのに気付く。
(やばっ、素顔が……)
慌てて手を伸ばすより先に、向こうに拾ってもらい手渡される。お礼を言って相手の顔を見たあたしは、思わず息を飲んだ。
けれど、あたしの今すべき事は、情報収集である。今後の生き方を考える上で、将来の旦那様に関しては事前に知っておくべきだ。それに、彼を推薦したのは殿下ではなく王妃なのだ……ジュリアンは嫌がらせのように言ってきたけれど、この婚約には伯爵を味方につけるべき理由があっての事なのかもしれない。
あたしがディアンジュール伯爵について知っている事は少ない。王族の一人である事と、辺境の地を治めてきた貴族である事。そして……代々その容貌の醜さが有名になってきた事だ。
伯爵領に関する情報は、完全に遮断されている。領民はどの程度なのか、何が特産品なのか、税収はいくらなのか……これは図書館で調べても出てこなかった。地図帳や地理に関する書物によれば、険しい山々に囲まれた地域で人の行き来もほぼなく、気候は夏は蒸し暑く冬は寒風が吹き荒れる。猛毒植物や獰猛な肉食獣が多く、人が住むには適さない……生きていけるの、これ? うちより酷い環境なんだけど。
「あら、世襲ではないのね」
続いて貴族名鑑を開いてみると、ディアンジュール伯爵家は代々、王家の親族から貰い受けた養子が跡を継いでいた。先代は、陛下の伯父にあたる御方だ。
全てがそうという訳ではなく、稀に結婚している場合もあったが、配偶者の実家の方で調べてみると、名前が消されている……どうやら訳ありで嫁がされたらしい。
(言われてみれば、あたしもそうよね。普通の令嬢にとっては、いくら王族であっても厳しい環境の中で醜い当主に嫁がされるのは、追放同然なのかもしれないわ)
だけどそれは、お互い様なのではないかと思う。醜いからと王家を追い出され、こんな辺境の土地に閉じ込められて、罪人を結婚相手として宛がわれる……伯爵家とは、それほどの仕打ちを受けなければならない何かがあるのだろうか?
(それでも、今のあたしにとっては貴重な、味方になるかもしれない人! 機会を見つけて話を聞いてもらって……力を借りなきゃ!)
棚に戻すために持ってきた本の山を抱え上げ、振り返ろうとしたその時。
「きゃっ!」
誰かとぶつかり、本ごと倒れてしまった。バサバサ…と本が散らばる中、眼鏡が相手の足元まで転がってしまったのに気付く。
(やばっ、素顔が……)
慌てて手を伸ばすより先に、向こうに拾ってもらい手渡される。お礼を言って相手の顔を見たあたしは、思わず息を飲んだ。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる