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呪われた伯爵編

仮面の男

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 彼は、何の変哲もない男子生徒だった。ネクタイの色からして、一年先輩 (同い年)のようだが……こんな人、いたかしら? どうにも印象に残りにくい顔立ちだった。
 普段なら気にも留めない……そのはずなのに驚いたのは、真正面からじっくり見ると、何とも言えない不自然さに不安になってくるからだ。どう言えばいいのか分からないけど……

「ボーデン男爵令嬢?」
「……はっ?」
「君は、リジー=ボーデンだろう? 同じクラス委員会の」

 そう言われて、彼が自分の事を知っているのはクラス委員だからだと分かる。けれど、やはり記憶にないのだ。

「あの、すみません……一ヶ月も経つのにあなたのお名前が思い出せなくて。あ、このノートはそちらのですね。拾いま……えっ?」

 眼鏡を受け取ってすぐにかけ直しながら、本の下敷きになっているノートを引っ張り出すと、そこに書かれていた名前に目を丸くする。思わずノートと男子生徒の顔を見比べるが、彼は気にした風もなく受け取った。

「それでいいんだ。僕の名前なんて、またすぐ忘れる」
「でも……えっ??」

 そんなはずはない。確かに薄気味悪さを覚えたけれど、それは義弟から聞いた風評からはずれている。目の前の彼は、決してのだから。

「全部持ち運ぶのは重いだろう。後は片付けておくから、君はもう戻りなさい。いいね?」
「ま……待って下さい! あたし、あなたを探していたんですっ!!」

 背中を向けた彼を引き留めようとして、思わず襟首を掴んでしまった。その指に絡まったのだろう。慌てて手を引っ込めた拍子に、ズルリと彼の髪がずれた。

(え……カツラ??)

 あたしの地毛とそう変わらない、暗い色の髪の塊を持ち上げようとして……二重の意味で悲鳴を上げた。彼が止める暇もなかった。当然、周囲からも注目を浴び、その場は騒然となる。

「うわっ、化け物だ!!」
「きゃあああああっ!」
「警備員を呼べ! 仮面を被った不審者が図書館で女子生徒を襲っているぞ!!」

「くそっ、こっちだ!」

(あ、あ……皮膚が……剥がれ……中から、中に……)

 呆然とするあたしの手を引き、彼がその場を走って逃げ出す。そろりと手の中にあるものを確認すると、引っ張って剥がれたのは、髪だけではなかった。顔の皮膚も、目も耳も口も、中の歯までもくっついてきているのだ。まだ温もりが残っているのが生々しいと言うか、気持ち悪い。

「ひいいぃぃぃ……もごっ」
「静かにしろ! 気持ちは分かるが、捨てるなよそれ。……まさか、僕に興味を持つ奴が他にいるなんて」

 あたしの混乱をよそに、彼は人目を避けて滑り込んだ一角で、本棚から何冊か抜き出し、入れ替えて戻していく。すると、ガコンと音がして、本棚がスライドした。中もまた本棚に囲まれていたが、この仕掛けがなければ入れない場所のようだ。

「いたか?」
「こっちだ!」

 バタバタと足音が聞こえ、彼はあたしを抱えたまま本棚の奥に逃げ込み、仕掛けを元に戻す。冷たい手で口を塞がれ、後ろから抱きしめられた格好になり、心臓がバクバク跳ねている。

 男の人に、初めて抱きしめられたから? それとも……

 噂のディアンジュール伯爵が、普段仮面を被り、人間離れした素顔をしていたから?

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