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呪われた伯爵編
あたしの婚約者
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輝くような銀色の髪に、血のように赤い瞳。青白い肌の大半を占拠する大きな鼻の下から突き出た口。耳は頭に近い位置にあり、さらにはその上に、二本の角が生えている。
色々突っ込みたい事はあるけれど……敢えて似たものがあるとすれば。
(牛、よね……)
あたしの婚約者、ディアンジュール伯爵家当主アステル様は、牛そっくりの容貌をしていた。これも、仮面なのだろうか……じっと見つめていると、丸くて赤い眼は時折まばたきをし、位置はともかく形だけは人間の耳はピクピク動いていた。あ、本物だこれ。
「……あまりジロジロ見ないでくれ」
「あ、すみません。不躾でしたよね……」
凝視するのは失礼だったと目を逸らした先には、剥がしてしまった仮面があった。何の材質で出来ているのか知らないが、やけにリアルだ。どうりで不自然な訳よね、目も鼻も口も、何もかも作り物だったんだから。しかし被っただけで、あの牛みたいな顔がすっぽり収まるって、どうなってるのかしら?
(それだけじゃない、今まで仮面を被ってる人がすぐ近くにいて、全く気にならなかったなんておかしいわ。自己紹介だってしてるはずなのに)
「怖がらせてしまってすまない。僕の噂は聞いているだろう? こういう訳だから、素顔を隠さないと日常を送れないんだ。返してくれないか?」
彼が仮面に手を伸ばしてきたので、サッと後ろ手に隠すと、広い眉間のど真ん中に皺が寄った。眉が薄いので分かりにくいが、ムッとしているのだろう。
「その前に、あたしの話を聞いてください。あなたは……アステル=ディアンジュール伯爵、ですよね?」
落ちていたノートに、彼の名前があった。何の変哲もない顔の彼がそうだと知った時は戸惑ったけれど、その謎はすぐに解けた。彼――アステル様は大きな鼻からフシューッと勢いよく空気を噴き出す。溜息一つも動作が大きい。
「そうだよ……僕はこの通り醜い容貌だから、なるべく注目されないよう対処しているんだ。その仮面だって学園長の許可はちゃんと取っている」
「この仮面は何なんですか? 言っちゃなんですけど、これだけで目立たなくなるなんて不自然です。まばたきを一度もしていませんでしたし、よく見たら作り物だって分かりますよね?
だけど実際、仮面が脱げるまで、誰もあなたを気にしなかった……あたしもです。一体これは、いえ……あなたは何者なんですか?」
悪役令嬢『エリザベス』だって、誰の目にも映らないようにする事はできる。だけどそれは、変装や協力があっての事だ。この仮面は、そうした演技や錯覚の類とは違う。もっと明確に、何らかの力で心に干渉されているような――
「好奇心は猫をも殺す、と聞いた事はない?」
一瞬の隙を突き、アステル様の手があたしの額に触れた。その氷のような冷たさに、ぞくりとする。顔の両端についたルビーのような瞳からは、何の感情も読み取れないが、警戒されているのは明らかだった。
「今見た事は、忘れた方が君のためだ」
ぐにゃり、と周りの景色が歪む。頭の中を掻き回されているようで気持ちが悪い。何をされているのかは分からなかったけど、このままでは次に目を覚ました時に、起こった出来事を忘れている事は想像がついた。
「忘れなさい……君と僕は無関係だ」
その恐ろしい容貌には似つかわしくない、優しく低い声が頭の中に響く。近く、遠く……誰かに似た、どこかで聞いた……
刹那、理由は分からないけれど、脳裏にテセウス殿下の姿が過ぎった。ガシッと、気付けば額に当てられた腕を両手で掴んでいた。
「無関係……じゃない! あたしはあなたに会いに来たって、言ってるでしょう!?」
「なに、を……」
驚くアステル様を見据え、逃がすかとばかりに手をぎゅうっと握りしめる。
「わたくしはエリザベス=デミコ ロナル……あなたの婚約者です!」
色々突っ込みたい事はあるけれど……敢えて似たものがあるとすれば。
(牛、よね……)
あたしの婚約者、ディアンジュール伯爵家当主アステル様は、牛そっくりの容貌をしていた。これも、仮面なのだろうか……じっと見つめていると、丸くて赤い眼は時折まばたきをし、位置はともかく形だけは人間の耳はピクピク動いていた。あ、本物だこれ。
「……あまりジロジロ見ないでくれ」
「あ、すみません。不躾でしたよね……」
凝視するのは失礼だったと目を逸らした先には、剥がしてしまった仮面があった。何の材質で出来ているのか知らないが、やけにリアルだ。どうりで不自然な訳よね、目も鼻も口も、何もかも作り物だったんだから。しかし被っただけで、あの牛みたいな顔がすっぽり収まるって、どうなってるのかしら?
(それだけじゃない、今まで仮面を被ってる人がすぐ近くにいて、全く気にならなかったなんておかしいわ。自己紹介だってしてるはずなのに)
「怖がらせてしまってすまない。僕の噂は聞いているだろう? こういう訳だから、素顔を隠さないと日常を送れないんだ。返してくれないか?」
彼が仮面に手を伸ばしてきたので、サッと後ろ手に隠すと、広い眉間のど真ん中に皺が寄った。眉が薄いので分かりにくいが、ムッとしているのだろう。
「その前に、あたしの話を聞いてください。あなたは……アステル=ディアンジュール伯爵、ですよね?」
落ちていたノートに、彼の名前があった。何の変哲もない顔の彼がそうだと知った時は戸惑ったけれど、その謎はすぐに解けた。彼――アステル様は大きな鼻からフシューッと勢いよく空気を噴き出す。溜息一つも動作が大きい。
「そうだよ……僕はこの通り醜い容貌だから、なるべく注目されないよう対処しているんだ。その仮面だって学園長の許可はちゃんと取っている」
「この仮面は何なんですか? 言っちゃなんですけど、これだけで目立たなくなるなんて不自然です。まばたきを一度もしていませんでしたし、よく見たら作り物だって分かりますよね?
だけど実際、仮面が脱げるまで、誰もあなたを気にしなかった……あたしもです。一体これは、いえ……あなたは何者なんですか?」
悪役令嬢『エリザベス』だって、誰の目にも映らないようにする事はできる。だけどそれは、変装や協力があっての事だ。この仮面は、そうした演技や錯覚の類とは違う。もっと明確に、何らかの力で心に干渉されているような――
「好奇心は猫をも殺す、と聞いた事はない?」
一瞬の隙を突き、アステル様の手があたしの額に触れた。その氷のような冷たさに、ぞくりとする。顔の両端についたルビーのような瞳からは、何の感情も読み取れないが、警戒されているのは明らかだった。
「今見た事は、忘れた方が君のためだ」
ぐにゃり、と周りの景色が歪む。頭の中を掻き回されているようで気持ちが悪い。何をされているのかは分からなかったけど、このままでは次に目を覚ました時に、起こった出来事を忘れている事は想像がついた。
「忘れなさい……君と僕は無関係だ」
その恐ろしい容貌には似つかわしくない、優しく低い声が頭の中に響く。近く、遠く……誰かに似た、どこかで聞いた……
刹那、理由は分からないけれど、脳裏にテセウス殿下の姿が過ぎった。ガシッと、気付けば額に当てられた腕を両手で掴んでいた。
「無関係……じゃない! あたしはあなたに会いに来たって、言ってるでしょう!?」
「なに、を……」
驚くアステル様を見据え、逃がすかとばかりに手をぎゅうっと握りしめる。
「わたくしはエリザベス=デミコ ロナル……あなたの婚約者です!」
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