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裏世界編
ジュリアンとのダンス
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一曲目が終わると、引き続きパートナーと二曲目を踊るか、あるいは別の相手にするか分かれるが、あたしたちは婚約者なのでもう一曲……と思っていると、義弟のジュリアンが近付いてきた。
「義姉上、お久しぶり。どうです? 僕と一曲」
「ジュリアン……後ろでグラス侯爵令嬢が睨んでいるわよ」
おどけて手を差し出すジュリアンの後ろで、彼の婚約者のオペラ様がこちらを射殺さんばかりに睨み付けている。
彼女はあたしが公爵家にいた頃からあんな感じだった。ジュリアンの影響もあるだろうけど、神託があるまではオペラ様もテセウス殿下の婚約者候補の一人だったと聞く。まあ、要するに……妬まれていたのだ。
「知ってるけど、構わないでしょう? オペラ嬢が憎いのは義姉上であって僕じゃないし」
「貴方が殿下から睨まれる可能性はあるわよ。わたくしと踊っては」
そう言って断ろうとするあたしの返事を待たず、ジュリアンはぐいと乱暴にアステル様からあたしを引き剥がすと、二曲目に合わせて強引にダンスを開始させた。あたしは手を伸ばしかけたアステル様に、目配せを送る。
「こんな時に他人の心配なんて、余裕だね。僕は平民にまで堕とされた挙句、化け物と結婚させられるかわいそうな義姉上を気遣ってあげてるだけだよ? 意地を張ってないで、そろそろ認めたらどうなの」
「お気遣いは嬉しいけれど、わたくしは別にかわいそうではないわ。アステル様はとてもお優しいし、公爵家を出てから、のびのびできて幸せなの。殿下や貴方がわたくしを悪者にしたいなら、どこへでも消えてあげるわよ」
ダンスの最中、いかにあたしが惨めに這い蹲っているのかを思い知らせようとするジュリアンだが、いつまでもあの頃のあたしじゃない。それが気に食わなかったのか、ジュリアンのあたしの手を握る力が強まり、思わず顔を顰めた。
「そういう、私悪くありませんって態度が、昔から嫌いだったんだよね。知ってる? あれから母上は人形を『エリザベス』と呼んでいるんだ。ラク様の話をしようものなら、発狂して自分の世界に閉じこもってしまってる。一体誰のせいだろうね」
「お義母様はかわいそうな人だと思うわ。だけどわたくしがいたって何もしてあげられない。お義母様にとって、人形もわたくしも同じだもの。……わたくしはもう、お人形でも公爵家の傀儡でもない。もちろん、貴方の玩具でも」
あたしたちは、踊りながら互いに睨み合っていた。何度か足を踏まれそうになったけど、アステル様と踊った時のステップを思い出して何とか躱す。曲も終わりに近付いた頃、ジュリアンの息は上がっていた。
「っこのまま平穏無事に、学園生活を送れると思ってる?」
「殿下がクラス委員を使ってわたくしを監視させている事なら、知っているわよ。貴方も学生なんだから、遊んでいないで真面目に勉学に励む事をお勧めしますわ、デミコ ロナル公爵子息」
ギリッ、と歯を食い縛る音が聞こえると同時にサッと繋がれた手を引き、恭しくお辞儀をする。曲が終わった事に気付いたジュリアンが反応する前に、即座にあたしは壁に寄り掛かっているアステル様のもとへ向かった。周りには彼を恐れてか、誰も近付いてこない。
「見ていてハラハラしたよ。二人共すごく怖い顔で睨み合ってるんだから。三曲目はどうする?」
「さすがに少し疲れましたわ……喉も渇きましたし」
「それじゃ、休憩しようか」
心なしか腰が引けている給仕からドリンクを受け取ると、あたしたちは乾杯した。一息ついたところに、ダンスを終えて近付いてくるカップルがいた。
「義姉上、お久しぶり。どうです? 僕と一曲」
「ジュリアン……後ろでグラス侯爵令嬢が睨んでいるわよ」
おどけて手を差し出すジュリアンの後ろで、彼の婚約者のオペラ様がこちらを射殺さんばかりに睨み付けている。
彼女はあたしが公爵家にいた頃からあんな感じだった。ジュリアンの影響もあるだろうけど、神託があるまではオペラ様もテセウス殿下の婚約者候補の一人だったと聞く。まあ、要するに……妬まれていたのだ。
「知ってるけど、構わないでしょう? オペラ嬢が憎いのは義姉上であって僕じゃないし」
「貴方が殿下から睨まれる可能性はあるわよ。わたくしと踊っては」
そう言って断ろうとするあたしの返事を待たず、ジュリアンはぐいと乱暴にアステル様からあたしを引き剥がすと、二曲目に合わせて強引にダンスを開始させた。あたしは手を伸ばしかけたアステル様に、目配せを送る。
「こんな時に他人の心配なんて、余裕だね。僕は平民にまで堕とされた挙句、化け物と結婚させられるかわいそうな義姉上を気遣ってあげてるだけだよ? 意地を張ってないで、そろそろ認めたらどうなの」
「お気遣いは嬉しいけれど、わたくしは別にかわいそうではないわ。アステル様はとてもお優しいし、公爵家を出てから、のびのびできて幸せなの。殿下や貴方がわたくしを悪者にしたいなら、どこへでも消えてあげるわよ」
ダンスの最中、いかにあたしが惨めに這い蹲っているのかを思い知らせようとするジュリアンだが、いつまでもあの頃のあたしじゃない。それが気に食わなかったのか、ジュリアンのあたしの手を握る力が強まり、思わず顔を顰めた。
「そういう、私悪くありませんって態度が、昔から嫌いだったんだよね。知ってる? あれから母上は人形を『エリザベス』と呼んでいるんだ。ラク様の話をしようものなら、発狂して自分の世界に閉じこもってしまってる。一体誰のせいだろうね」
「お義母様はかわいそうな人だと思うわ。だけどわたくしがいたって何もしてあげられない。お義母様にとって、人形もわたくしも同じだもの。……わたくしはもう、お人形でも公爵家の傀儡でもない。もちろん、貴方の玩具でも」
あたしたちは、踊りながら互いに睨み合っていた。何度か足を踏まれそうになったけど、アステル様と踊った時のステップを思い出して何とか躱す。曲も終わりに近付いた頃、ジュリアンの息は上がっていた。
「っこのまま平穏無事に、学園生活を送れると思ってる?」
「殿下がクラス委員を使ってわたくしを監視させている事なら、知っているわよ。貴方も学生なんだから、遊んでいないで真面目に勉学に励む事をお勧めしますわ、デミコ ロナル公爵子息」
ギリッ、と歯を食い縛る音が聞こえると同時にサッと繋がれた手を引き、恭しくお辞儀をする。曲が終わった事に気付いたジュリアンが反応する前に、即座にあたしは壁に寄り掛かっているアステル様のもとへ向かった。周りには彼を恐れてか、誰も近付いてこない。
「見ていてハラハラしたよ。二人共すごく怖い顔で睨み合ってるんだから。三曲目はどうする?」
「さすがに少し疲れましたわ……喉も渇きましたし」
「それじゃ、休憩しようか」
心なしか腰が引けている給仕からドリンクを受け取ると、あたしたちは乾杯した。一息ついたところに、ダンスを終えて近付いてくるカップルがいた。
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