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裏世界編
気まずい帰還
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「おはよう、リジー。昨日はよく眠れた?」
「は、はい……おかげさまで」
朝食の席でアステル様から心配そうに声をかけられたけれど、あたしは曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。この屋敷内のどこかにテセウス殿下がいて、いつそこのドアを開けて入って来られるかと思うと、ビクビクして気が許せないのだ。
アステル様に聞こうにも、何か言えない事情があるのかもしれないし、昨日はどうにもはぐらかされた気がしてならない。それに、あたしだってこれ以上は追及したくはなかった――何せ、アステル様の部屋で起きていた状況が状況なのだ。できれば見間違いであって欲しい。
そもそも、いくら同じ王族だからと言って、王子が伯爵領に押しかけて領主の部屋で女の人と抱き合うなど、常識的に考えてあり得ない。しかもそこには、アステル様もいたのだ。どういう状況だったのか意味が分からない。
それより何よりも……
(あたしは未だに、テセウス殿下の影に怯えている)
誕生パーティーでアステル様に支えてもらい、勘違いしていたのかもしれない。自分はもう平気なのだと。だけど彼らの繋がりを認識しただけで、アステル様の事すら信じられなくなるようではダメだ。あたしはもう、言いなりになっていたエリザベスとは違う……立ち向かうと決めたんだから。
「アステル様、とりあえずあたしはこれから一旦男爵領に戻り、改めて今後について話し合っていきたいと思っています」
「え……もう?」
少し残念そうなアステル様。あたしももう少しバカンスを楽しんでいたかったけど、まずは休暇中にできるだけ決めておきたい事があった。
「あたし一人ではなく、魔法を活かした事業を多くの領民に知ってもらい、男爵領を豊かにしていきたいんです。一刻も早く……だから」
「ああ、そうだね……君には時間がないんだった」
心なしか固くなった声色に罪悪感を覚える。自惚れかもしれないけど、アステル様もあたしとの休暇を楽しみたかったのかもしれない。裏世界では多くの領民に親しまれていたけれど、こちらでは信頼し合える相手が限られているのだから。
「ごめんなさい、せっかくお誘いいただいたのに」
「そんな顔をしないで。君のためなら何でも協力するつもりだったんだから。玄関まで送ろう」
それから簡単な打ち合わせを終えたあたしたちは部屋に戻り、帰り支度をした。手伝ってくれたエミィから物言いたげな視線を感じる。
「なぁに?」
「……お嬢様は今回の婚約に関して、決められた事だからお受けしたのかと思っていました」
「その通りだけど?」
アステル様との婚約は、王妃の意向によるものだ。周囲にはラク様の殺害未遂容疑に対する罰か何かのように扱われているけれど、アステル様からすれば失礼な話である。
「ですが私から見てお嬢様は、それ以上の想いを伯爵さまに」
「エミィ……それっていけない事?」
彼女の言葉を遮ると、差し出がましい事を、と頭を下げられ、それ以降は口を噤んでいた。確かに今までのあたしからすれば、新しい婚約も生き残るための手段でしかなかっただろう。ほどほどの距離で最低限の交流だけで済ませたとしても、アステル様はきっと受け入れてくれていたはずだ……こんな自分だから仕方ないと言って。
だけど、それはあたしが嫌なのだ。助けられた恩返しや義務感だけで動いてるんじゃない。アステル様にとって心許せる、頼りになる存在だと認めて欲しかったのだ。
(今はまだ無理でも……いつか、話してくれますよね?)
あたしは将来、ディアンジュール伯爵夫人となる。現在アステル様が抱える問題も、いずれは明らかになる日も来るだろう。その時に彼を支えられる自分になれたら……
「は、はい……おかげさまで」
朝食の席でアステル様から心配そうに声をかけられたけれど、あたしは曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。この屋敷内のどこかにテセウス殿下がいて、いつそこのドアを開けて入って来られるかと思うと、ビクビクして気が許せないのだ。
アステル様に聞こうにも、何か言えない事情があるのかもしれないし、昨日はどうにもはぐらかされた気がしてならない。それに、あたしだってこれ以上は追及したくはなかった――何せ、アステル様の部屋で起きていた状況が状況なのだ。できれば見間違いであって欲しい。
そもそも、いくら同じ王族だからと言って、王子が伯爵領に押しかけて領主の部屋で女の人と抱き合うなど、常識的に考えてあり得ない。しかもそこには、アステル様もいたのだ。どういう状況だったのか意味が分からない。
それより何よりも……
(あたしは未だに、テセウス殿下の影に怯えている)
誕生パーティーでアステル様に支えてもらい、勘違いしていたのかもしれない。自分はもう平気なのだと。だけど彼らの繋がりを認識しただけで、アステル様の事すら信じられなくなるようではダメだ。あたしはもう、言いなりになっていたエリザベスとは違う……立ち向かうと決めたんだから。
「アステル様、とりあえずあたしはこれから一旦男爵領に戻り、改めて今後について話し合っていきたいと思っています」
「え……もう?」
少し残念そうなアステル様。あたしももう少しバカンスを楽しんでいたかったけど、まずは休暇中にできるだけ決めておきたい事があった。
「あたし一人ではなく、魔法を活かした事業を多くの領民に知ってもらい、男爵領を豊かにしていきたいんです。一刻も早く……だから」
「ああ、そうだね……君には時間がないんだった」
心なしか固くなった声色に罪悪感を覚える。自惚れかもしれないけど、アステル様もあたしとの休暇を楽しみたかったのかもしれない。裏世界では多くの領民に親しまれていたけれど、こちらでは信頼し合える相手が限られているのだから。
「ごめんなさい、せっかくお誘いいただいたのに」
「そんな顔をしないで。君のためなら何でも協力するつもりだったんだから。玄関まで送ろう」
それから簡単な打ち合わせを終えたあたしたちは部屋に戻り、帰り支度をした。手伝ってくれたエミィから物言いたげな視線を感じる。
「なぁに?」
「……お嬢様は今回の婚約に関して、決められた事だからお受けしたのかと思っていました」
「その通りだけど?」
アステル様との婚約は、王妃の意向によるものだ。周囲にはラク様の殺害未遂容疑に対する罰か何かのように扱われているけれど、アステル様からすれば失礼な話である。
「ですが私から見てお嬢様は、それ以上の想いを伯爵さまに」
「エミィ……それっていけない事?」
彼女の言葉を遮ると、差し出がましい事を、と頭を下げられ、それ以降は口を噤んでいた。確かに今までのあたしからすれば、新しい婚約も生き残るための手段でしかなかっただろう。ほどほどの距離で最低限の交流だけで済ませたとしても、アステル様はきっと受け入れてくれていたはずだ……こんな自分だから仕方ないと言って。
だけど、それはあたしが嫌なのだ。助けられた恩返しや義務感だけで動いてるんじゃない。アステル様にとって心許せる、頼りになる存在だと認めて欲しかったのだ。
(今はまだ無理でも……いつか、話してくれますよね?)
あたしは将来、ディアンジュール伯爵夫人となる。現在アステル様が抱える問題も、いずれは明らかになる日も来るだろう。その時に彼を支えられる自分になれたら……
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