90 / 112
異世界人編
幕間⑪燻る火種(王太子sideA)
しおりを挟む
誕生式典当日の夜、自室で着替え終えた私は人払いをした後、ドサリとその身をソファへ投げ出した。
脳裏には、数ヶ月ぶりに再会したかつての婚約者の姿が浮かび上がる。
婚約中はおどおどと、媚びるような眼差しでこちらを窺っていたエリザベス。罪人として貶め、化け物を宛がって晒し者にしてやったと言うのに、堂々とした立ち振る舞いで、主役の私を差し置いて婚約者共々パーティー参加者の注目を攫っていってしまった。
今まで見せた事のない、全てから解放されたような生き生きとした表情。そこには、以前の惨めな姿は欠片もなかった。
『アステル様の婚約者になれた事を感謝しております』
『アステル様はわたくしにとって、素晴らしい婚約者です』
「くそっ」
心底幸せそうな声を思い出し、思わず毒づく。未だ容疑も晴れていないくせして、何故そんな顔ができる? まさか、本気でアステル=ディアンジュールに惚れたとでも?
(あり得ない、あんな吐き気のする醜い化け物を……私への当てつけで強がっているに決まっている!)
苛立ちと共に溜息を吐き出した私はソファから身を起こし、離宮にある秘密の部屋へと赴いた。一年前、異世界からラクを召喚し、その後も同志たちと会合を重ねてきた場所だ。
部屋の隅には、神殿から回収してきた鎧一式が無造作に放り込まれた箱が数個置かれている。エリザベスがラクを襲撃した証拠品ではあるけれど、犯人の手がかりが見つからないとして未だ返却できずにいた。
ラクはあの日、これを着た数十名の不審者から襲われた際に逃げていくプラチナブロンドの髪の女を見たという。私とて、それがエリザベスだなんて本気で思っているわけじゃない。あいつには大人数の協力者など、用意できるはずもない。ろくに友人もおらず、使用人からもバカにされるほどだったと、ジュリアンも言っていた。
それに王家の婚約者は自由に出入りできるとは言え、神殿側はそれを記録し報告する義務がある。もしも神殿が共犯として事実を隠蔽しているのならば王家に罰せられるリスクがある……可能性は高いが。
とは言え、真実などこの際どうだっていいのだ。神託によって私を縛り付ける神殿も公爵家も、王家でさえも引っ繰り返してやるためには、誰かの思惑すら利用してやる。
エリザベスは、そのために実に都合のいい駒になってくれるだろう。父上は、息子の婚約者が罪人となる事に何の関心も示さず、ただ周囲に押し切られるままに淡々と裁きを下した。神託を妄信して己を捨てた女には未だ囚われているのに……いや、その女しか目に入らないからこそ、娘は他人としか見られないのか? あいつは髪はともかく、それ以外は父親似だからな。
(私は、父上のようにはならない)
エリザベス……この国に蔓延る悪魔の教えを一掃するために、新しい力をもって貴様を婚約者と実家ごと潰してやる。せいぜい化け物と共に束の間の平穏を夢見てるんだな。
脳裏には、数ヶ月ぶりに再会したかつての婚約者の姿が浮かび上がる。
婚約中はおどおどと、媚びるような眼差しでこちらを窺っていたエリザベス。罪人として貶め、化け物を宛がって晒し者にしてやったと言うのに、堂々とした立ち振る舞いで、主役の私を差し置いて婚約者共々パーティー参加者の注目を攫っていってしまった。
今まで見せた事のない、全てから解放されたような生き生きとした表情。そこには、以前の惨めな姿は欠片もなかった。
『アステル様の婚約者になれた事を感謝しております』
『アステル様はわたくしにとって、素晴らしい婚約者です』
「くそっ」
心底幸せそうな声を思い出し、思わず毒づく。未だ容疑も晴れていないくせして、何故そんな顔ができる? まさか、本気でアステル=ディアンジュールに惚れたとでも?
(あり得ない、あんな吐き気のする醜い化け物を……私への当てつけで強がっているに決まっている!)
苛立ちと共に溜息を吐き出した私はソファから身を起こし、離宮にある秘密の部屋へと赴いた。一年前、異世界からラクを召喚し、その後も同志たちと会合を重ねてきた場所だ。
部屋の隅には、神殿から回収してきた鎧一式が無造作に放り込まれた箱が数個置かれている。エリザベスがラクを襲撃した証拠品ではあるけれど、犯人の手がかりが見つからないとして未だ返却できずにいた。
ラクはあの日、これを着た数十名の不審者から襲われた際に逃げていくプラチナブロンドの髪の女を見たという。私とて、それがエリザベスだなんて本気で思っているわけじゃない。あいつには大人数の協力者など、用意できるはずもない。ろくに友人もおらず、使用人からもバカにされるほどだったと、ジュリアンも言っていた。
それに王家の婚約者は自由に出入りできるとは言え、神殿側はそれを記録し報告する義務がある。もしも神殿が共犯として事実を隠蔽しているのならば王家に罰せられるリスクがある……可能性は高いが。
とは言え、真実などこの際どうだっていいのだ。神託によって私を縛り付ける神殿も公爵家も、王家でさえも引っ繰り返してやるためには、誰かの思惑すら利用してやる。
エリザベスは、そのために実に都合のいい駒になってくれるだろう。父上は、息子の婚約者が罪人となる事に何の関心も示さず、ただ周囲に押し切られるままに淡々と裁きを下した。神託を妄信して己を捨てた女には未だ囚われているのに……いや、その女しか目に入らないからこそ、娘は他人としか見られないのか? あいつは髪はともかく、それ以外は父親似だからな。
(私は、父上のようにはならない)
エリザベス……この国に蔓延る悪魔の教えを一掃するために、新しい力をもって貴様を婚約者と実家ごと潰してやる。せいぜい化け物と共に束の間の平穏を夢見てるんだな。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる