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学園祭準備編
神官長とのお茶会②
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己の胸に手を当てて考える。この下には、神託に縛り付けられた証と、殿下に与えられた罪人の刻印がある。神官長は大抵の事を見通してはいるだろうけれど、神託の疑わしさについてはあたしも同意見だった。
「神官長は……今でもわたくしを殿下の婚約者になるべきとお考えでしょうか? わたくしからはもう、神託で告げられた薔薇の刻印を失っております。
そもそも神託はどのような形で伝えられるのでしょうか?」
矢継ぎ早に質問してしまったけれど、詳しく聞けるチャンスは今しかない。神官長はお茶を一口飲み、神妙な様子で答えてくれた。
「そもそも神託とは、特殊な配合による煎じ薬で精神を解放させ、下りてきた女神と心を通わせる。夢という形ではあるが、代々受け継がれてきた神聖な儀式なのだよ。薬の原料は――」
「トドキ草、ですか?」
「……ご存じか。あれには心を通じ合わせる際の幸福感と依存性がある。好奇心で多用しないように」
実験で二回服用してしまったんだけど……もしかして、あの夢を見たのはそのせい? だとしたら誰の夢と繋がったのかしら……殿下だったら嫌だな。
「話を戻そう。私は神官長に任命されてほどなく、幼い殿下の行く末に関する神託を聞くよう王命を賜った。そして儀式の最中、脳裏に浮かび上がったのが、ある結婚式で行われたパレードだった。
私は現実では目が見えないから、はっきりとは説明できないが……殿下は大層お美しい顔立ちで、髪も艶やかに光り輝いていた。恐らく、話に聞いていたように金髪だったのだろう。そして王子妃は、顔はヴェールで隠されていたが、特徴的なのは薔薇の形をした痣だ。胸元が大きく開いたウェディングドレスだったので、その刻印も一際目立っていたよ」
神官長の話は、あたしも既に知っている内容だった。ちなみに何故薔薇の形が分かるのかと言えば、点字本だ。目が不自由な大人だけでなく、子供用に触って読めるイラスト付きも作られている。それに、花嫁のドレスやブーケ、馬車にまで花が飾られていたとの事。
「それは本当に、わたくしだったのですか? 夢で見ただけなら、魔力も感じられないのですよね」
「直接あなたのお顔を拝見はできませんが……花嫁はエリザベス様だった、と私は確信している」
神官長はフォローしてくれるけれど、正直ありがた迷惑だ。今のあたしは殿下の婚約者ではないのだし、アステル様に嫁ぐ事も神官長は知っているはず。ラク様は元の世界に帰してあげたいけど、それはそれとして、テセウス様と元の鞘になんて、絶対に嫌。
(そもそも)
「神官長は、女神アモレアの正体を」
「神とは」
半ば愚痴のように言いかけたあたしの言葉を、神官長は咎めるかのように遮る。
「人々の心の拠り所となるべきもの。対象が何か、ではなく。心の救済こそが神である証」
その物言いから、彼もまた正体を知っているのだなと察せられた。だけど、たとえアモレアが国中の人々を救ったとしても……そのためにたった一人が犠牲になる事が許されるのか。アステル様は仕方のない事として受け入れているのだろうけれど、それでもあたしは――
(たった一人、救われないあなたの心を抱きしめたい)
その結果、神託に背く事になったとしても。
「神官長は……今でもわたくしを殿下の婚約者になるべきとお考えでしょうか? わたくしからはもう、神託で告げられた薔薇の刻印を失っております。
そもそも神託はどのような形で伝えられるのでしょうか?」
矢継ぎ早に質問してしまったけれど、詳しく聞けるチャンスは今しかない。神官長はお茶を一口飲み、神妙な様子で答えてくれた。
「そもそも神託とは、特殊な配合による煎じ薬で精神を解放させ、下りてきた女神と心を通わせる。夢という形ではあるが、代々受け継がれてきた神聖な儀式なのだよ。薬の原料は――」
「トドキ草、ですか?」
「……ご存じか。あれには心を通じ合わせる際の幸福感と依存性がある。好奇心で多用しないように」
実験で二回服用してしまったんだけど……もしかして、あの夢を見たのはそのせい? だとしたら誰の夢と繋がったのかしら……殿下だったら嫌だな。
「話を戻そう。私は神官長に任命されてほどなく、幼い殿下の行く末に関する神託を聞くよう王命を賜った。そして儀式の最中、脳裏に浮かび上がったのが、ある結婚式で行われたパレードだった。
私は現実では目が見えないから、はっきりとは説明できないが……殿下は大層お美しい顔立ちで、髪も艶やかに光り輝いていた。恐らく、話に聞いていたように金髪だったのだろう。そして王子妃は、顔はヴェールで隠されていたが、特徴的なのは薔薇の形をした痣だ。胸元が大きく開いたウェディングドレスだったので、その刻印も一際目立っていたよ」
神官長の話は、あたしも既に知っている内容だった。ちなみに何故薔薇の形が分かるのかと言えば、点字本だ。目が不自由な大人だけでなく、子供用に触って読めるイラスト付きも作られている。それに、花嫁のドレスやブーケ、馬車にまで花が飾られていたとの事。
「それは本当に、わたくしだったのですか? 夢で見ただけなら、魔力も感じられないのですよね」
「直接あなたのお顔を拝見はできませんが……花嫁はエリザベス様だった、と私は確信している」
神官長はフォローしてくれるけれど、正直ありがた迷惑だ。今のあたしは殿下の婚約者ではないのだし、アステル様に嫁ぐ事も神官長は知っているはず。ラク様は元の世界に帰してあげたいけど、それはそれとして、テセウス様と元の鞘になんて、絶対に嫌。
(そもそも)
「神官長は、女神アモレアの正体を」
「神とは」
半ば愚痴のように言いかけたあたしの言葉を、神官長は咎めるかのように遮る。
「人々の心の拠り所となるべきもの。対象が何か、ではなく。心の救済こそが神である証」
その物言いから、彼もまた正体を知っているのだなと察せられた。だけど、たとえアモレアが国中の人々を救ったとしても……そのためにたった一人が犠牲になる事が許されるのか。アステル様は仕方のない事として受け入れているのだろうけれど、それでもあたしは――
(たった一人、救われないあなたの心を抱きしめたい)
その結果、神託に背く事になったとしても。
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