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第八章 謀
第四十話 すれ違い
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時は、ギルバートが庭園の端で立ち尽くす数十分ほど前に遡る。
「綺麗ですね!」
「はい。本当に」
シャーロットはトンプソン伯爵子息と、王宮の庭園にやって来ていた。
建設事業の打ち合わせに来ていた彼は、本来ならば午前中で予定が終わっている。
しかしせっかく王宮に来たからと、王都の飯屋で昼食を楽しんだという。その後は王宮に隣接する王立図書館に行って資料を探し、ちょうど帰るところで、会合終わりのシャーロットと遭遇したのだ。
王宮の庭園は、非常に美しいと評判である。
以前シャーロットがギルバートに案内してもらった時も、まさに芸術という言葉がぴったりなものだった。
帰りがけに覗いて行こうとした伯爵子息に便乗し、シャーロットも同行することにした。
目的は、今後の建設事業で、庭園作りや設備作りの参考にすることだ。
「僕は王宮自体、それほど頻繁に来られるわけではありませんから、一度じっくり見ておきたかったんです」
目を輝かせながら、伯爵子息はそう話した。
シャーロットはギルバートに事業の主導者として声をかけてもらって以降、毎週のように王宮を訪れていたため忘れていたが、普通は何度も王宮に来られるわけではない。
宰相や文官、それからシャーロットのように事業の用事がある者などは、仕事として王宮に行くことがある。
しかし一般的な貴族がこのような場に出向くのは、王家主催のパーティー開催時くらいだ。それでも数か月に一度程度。
さらに、大抵のパーティーは夜間に開かれる。今日のように明るいうちから子息令嬢が庭園を楽しめる機会は、ほとんど無いと言っても過言ではなかった。
「もちろん、事業の参考にしたいというフォード伯爵令嬢の目的は僕にもありますけど……」
やはり観光気分がなかなか抜けませんね、と恥ずかしそうに笑う彼。
年齢はシャーロットの二つ年上だが、温和な見た目と言葉遣いから、とても親しみやすさを感じさせる青年だ。
しばらく二人で庭園を見てまわり、意見を交換する。途中で気分転換にやって来たリゼ王女に会い、挨拶をした。
その後再び散策を進め、数十分経った頃。子息は自身の髪の毛を手で軽く押さえながら口を開いた。
「今日は少し、風が強いですね」
「そうですね。そろそろ帰りましょうか」
粗方庭園を見終わり、事業に反映できそうなヒントも得ることができた。そこでシャーロット達が切り上げようとした時、ふいに一際強い風が吹き荒れる。
「……っ」
構えていなければ身体を持っていかれそうなほどの威力に、シャーロットが思わずふらつく。それは彼も同じようで、風がおさまった頃に二人で顔を見合わせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい……何とか」
答えるシャーロットに、子息はふと言った。
「木の葉が」
彼の視線がシャーロットの首元に注がれている。そして「失礼」と呟いた後、彼女に近付いた。
「今の風で飛んできたのでしょうね。服のレースのところに、引っ掛かっています」
彼は首元を見ながら、細かい装飾に絡まった木の葉を、少し苦戦しながらも取り除いた。
「ありがとうございます」
お礼を告げると、彼は微笑む。
その後二人で庭園を出たところで、シャーロットはギルバートに遭遇した。
「ちょうど探してたんだ。リゼ王女に居場所を聞いて」
にこやかにそう話す彼に、シャーロットは少し、心がざわめいた。リゼ王女──ギルバートが、シャーロットには隠した悩みを相談していた相手だ。
「何か、用事ですか?」
そう言ってから、しまったと思った。
割り切れない心境が邪魔をして、少しだけ、刺々しい言い方になってしまったかもしれない。
密かに心配するシャーロットに、ギルバートは顔色を変えず告げた。
「確認したいことがあるんだ」
表面上は爽やかな笑顔を浮かべているものの、彼の心中は穏やかではなかった。
今、僅かに不満げな声色を滲ませたシャーロット。彼女は噂通り、トンプソン伯爵子息と親密な仲なのかもしれない。
先程二人がキスをしているかのような場面を見てしまったからこそ、想像が悪い方へどんどん流れていく。
「トンプソン伯爵子息、突然ですまないがシャーロット嬢と二人で話させてほしい」
「もちろんです」
当初はシャーロットと伯爵子息に噂のことを話そうと思っていたが、ギルバートはその予定を変更した。この状況で伯爵子息と会話をしたくなかったからだ。
処世術を駆使すれば、当たり障りなく接することなど容易い。しかし、腹の中で様々な感情が渦を巻くことはまず間違いなかった。それを圧し殺すのは、今の自分にはできない。
ギルバートは、どうにかして冷静であろうとした。
「では、僕は失礼いたします。お二人とも、これからもよろしくお願いいたします」
建設事業はこれからが本番である。一協力者として、伯爵子息は主導者達にそう告げた。
そして二人の複雑な心の動きを知らないままに、彼らしい温和な表情を浮かべて去っていく。
残された二人は、まるで緩衝材が無くなったような心地がした。
「綺麗ですね!」
「はい。本当に」
シャーロットはトンプソン伯爵子息と、王宮の庭園にやって来ていた。
建設事業の打ち合わせに来ていた彼は、本来ならば午前中で予定が終わっている。
しかしせっかく王宮に来たからと、王都の飯屋で昼食を楽しんだという。その後は王宮に隣接する王立図書館に行って資料を探し、ちょうど帰るところで、会合終わりのシャーロットと遭遇したのだ。
王宮の庭園は、非常に美しいと評判である。
以前シャーロットがギルバートに案内してもらった時も、まさに芸術という言葉がぴったりなものだった。
帰りがけに覗いて行こうとした伯爵子息に便乗し、シャーロットも同行することにした。
目的は、今後の建設事業で、庭園作りや設備作りの参考にすることだ。
「僕は王宮自体、それほど頻繁に来られるわけではありませんから、一度じっくり見ておきたかったんです」
目を輝かせながら、伯爵子息はそう話した。
シャーロットはギルバートに事業の主導者として声をかけてもらって以降、毎週のように王宮を訪れていたため忘れていたが、普通は何度も王宮に来られるわけではない。
宰相や文官、それからシャーロットのように事業の用事がある者などは、仕事として王宮に行くことがある。
しかし一般的な貴族がこのような場に出向くのは、王家主催のパーティー開催時くらいだ。それでも数か月に一度程度。
さらに、大抵のパーティーは夜間に開かれる。今日のように明るいうちから子息令嬢が庭園を楽しめる機会は、ほとんど無いと言っても過言ではなかった。
「もちろん、事業の参考にしたいというフォード伯爵令嬢の目的は僕にもありますけど……」
やはり観光気分がなかなか抜けませんね、と恥ずかしそうに笑う彼。
年齢はシャーロットの二つ年上だが、温和な見た目と言葉遣いから、とても親しみやすさを感じさせる青年だ。
しばらく二人で庭園を見てまわり、意見を交換する。途中で気分転換にやって来たリゼ王女に会い、挨拶をした。
その後再び散策を進め、数十分経った頃。子息は自身の髪の毛を手で軽く押さえながら口を開いた。
「今日は少し、風が強いですね」
「そうですね。そろそろ帰りましょうか」
粗方庭園を見終わり、事業に反映できそうなヒントも得ることができた。そこでシャーロット達が切り上げようとした時、ふいに一際強い風が吹き荒れる。
「……っ」
構えていなければ身体を持っていかれそうなほどの威力に、シャーロットが思わずふらつく。それは彼も同じようで、風がおさまった頃に二人で顔を見合わせた。
「だ、大丈夫ですか?」
「はい……何とか」
答えるシャーロットに、子息はふと言った。
「木の葉が」
彼の視線がシャーロットの首元に注がれている。そして「失礼」と呟いた後、彼女に近付いた。
「今の風で飛んできたのでしょうね。服のレースのところに、引っ掛かっています」
彼は首元を見ながら、細かい装飾に絡まった木の葉を、少し苦戦しながらも取り除いた。
「ありがとうございます」
お礼を告げると、彼は微笑む。
その後二人で庭園を出たところで、シャーロットはギルバートに遭遇した。
「ちょうど探してたんだ。リゼ王女に居場所を聞いて」
にこやかにそう話す彼に、シャーロットは少し、心がざわめいた。リゼ王女──ギルバートが、シャーロットには隠した悩みを相談していた相手だ。
「何か、用事ですか?」
そう言ってから、しまったと思った。
割り切れない心境が邪魔をして、少しだけ、刺々しい言い方になってしまったかもしれない。
密かに心配するシャーロットに、ギルバートは顔色を変えず告げた。
「確認したいことがあるんだ」
表面上は爽やかな笑顔を浮かべているものの、彼の心中は穏やかではなかった。
今、僅かに不満げな声色を滲ませたシャーロット。彼女は噂通り、トンプソン伯爵子息と親密な仲なのかもしれない。
先程二人がキスをしているかのような場面を見てしまったからこそ、想像が悪い方へどんどん流れていく。
「トンプソン伯爵子息、突然ですまないがシャーロット嬢と二人で話させてほしい」
「もちろんです」
当初はシャーロットと伯爵子息に噂のことを話そうと思っていたが、ギルバートはその予定を変更した。この状況で伯爵子息と会話をしたくなかったからだ。
処世術を駆使すれば、当たり障りなく接することなど容易い。しかし、腹の中で様々な感情が渦を巻くことはまず間違いなかった。それを圧し殺すのは、今の自分にはできない。
ギルバートは、どうにかして冷静であろうとした。
「では、僕は失礼いたします。お二人とも、これからもよろしくお願いいたします」
建設事業はこれからが本番である。一協力者として、伯爵子息は主導者達にそう告げた。
そして二人の複雑な心の動きを知らないままに、彼らしい温和な表情を浮かべて去っていく。
残された二人は、まるで緩衝材が無くなったような心地がした。
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