伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
42 / 87
第八章 謀

第四十二話 お茶仲間との会話

しおりを挟む
 次の日。

 シャーロットは親友のナタリー、そして新たに交遊関係を結んだ公爵令嬢ジェシカとのお茶会を楽しんでいた。

 数日前から、久々に息抜きができると楽しみにしていた今日。しかし、彼女の気分は重い。

「本当に、どうしたのよシャーロット」
「明らかに何かあったって感じよね」

 ナタリーとジェシカは、ずっとやけに暗い顔をしているシャーロットを見てそう言った。

 二人はシャーロットの取りなしによって顔を会わせ、一か月が経つ今ではシャーロットを応援する仲間として交流を深めている。

 彼女達には、意外にも共通点が多くある。

 エイダン・グラント辺境伯子息と婚約すべく積極的に行動した戦術家と、シャーロットの功績を皆に広めるきっかけを意図的に作り上げた首謀者。
 本質的には竹を割ったような性格で、状況を的確に判断して潔い決断ができるところ。
 珈琲よりも紅茶が好きなところ。

 そんな彼女達が互いと過ごすのを居心地が良いと感じるまでに、そう時間はかからなかった。

 二人は何やら傷心中のシャーロットを見た後、顔を見合わせる。話を聞く前に腹ごしらえを、とバタークッキーを一枚頬張ったのは、同じタイミングだった。

「それで、何があったの?」

 ナタリーはそう言った。

「……殿下と、喧嘩というか……気まずい感じになっちゃって」
「あら」

 シャーロットの気落ちした声音に、ナタリーは少し意外な表情をしながら、相槌を打つ。そして、親友が続きを話してくれるのを待った。

 ジェシカも何も言わず、紅茶を一口飲む。

「うーん……どこから話したら良いのかすら分からないんだけどね」

 悩める伯爵令嬢は顔を上げ、同じテーブルを囲む二人に事の詳細を話してみることにした。

 シャーロットとトンプソン伯爵子息が親しいという噂を、二人は知らなかった。

 シャーロットは自分の噂が、今のところはまだ王宮内に留まっているらしいことを理解した。そして、噂のような事実は無いことを二人に告げ、さらなる波及の予防線を張っておく。

 続く出来事も、かいつまんで伝えた。噂が本当ではないかと疑われていること。シャーロット自身もギルバートへの疑念を抱いていること。昨日、お互いにそれをぶつけてしまったこと。

「今日は殿下と会わないけど、明日また顔を合わせるのよ。視察団の方々と仕事だから」
「二人きりではないのが救いね」

 ナタリーの言葉に、ジェシカも苦笑した。

「シャーロットさんの様子だと、すぐ仲直りできる気分では無さそうだものね」
「そうなんですよ……。そうすべきのは分かってるんですけど、気持ちの整理がついてなくて」

 シャーロットは困り顔で頷く。そんな親友に、ナタリーが同調した。

「無理もないと思う。事情があるのかもしれないけど、シャーロットには何かを隠してるんでしょ?」
「うん。それがあったから、噂が本当だと疑われた時に言い返しちゃったのよ」

 話しながら、昨日の出来事がまざまざと蘇ってくる。シャーロットは今になって頭を抱えた。

 なぜ不満を感じるままに吐露してしまったのか。もっと冷静に話し合うことはできなかったのか。

 しかし後悔しても、過去のことはやり直せない。そして今後状況を改善しようにも、自分の煮え切らない態度を変えようという気持ちになれない。

 普段は王国の新規公共事業で歴とした仕事をしているのに、こんな時に限って大人な対応ができないことを、シャーロットは歯痒く思った。

 すると、ふとジェシカが口を開く。

「殿下は、一体何を隠しているのかしらね」

 その疑問を皮切りに、一同の意識は後悔や不満といった心理状態から脱した。

「確かに……そこは分からないままですね」

 考え込むシャーロット。ナタリーとジェシカは、一旦紅茶を飲んだ。そしてティーカップをテーブルに置き、有り得る可能性を挙げてみることにした。

「例えば、事業の相談とか?でも、それならシャーロットに隠す必要はありませんよね」

 腕を組むナタリーに、ジェシカも頷く。

「じゃあ、シャーロットにプレゼントを贈る相談とか?」

 ナタリーは再び案を挙げた。すると今度は、シャーロットが開口する。

「聞こえてきた会話的には、たぶん違う気がする」

 ギルバートとリゼ王女が発したのは「王太子としてどうあるべきか」や「立場に縛られる」といったことだった。

 もし秘密裏にシャーロットに贈り物をする相談だったのなら、女性ものに関する話や流行の話をしそうである。

 それに、リゼ王女はロワイユ王国の女性だ。トリジア王国の流行を知りたいならリゼ王女ではなく、トリジア王国内の貴族女性にそれとなく聞く方法を取るだろう。

 シャーロットがそう話すと、ジェシカはテーブルに落としていた視線を上げた。

「王太子や立場という言葉が聞こえてきたのなら……もしかすると、二つの王国自体に関わることを話していたのかも。私達一般貴族には簡単に話せないような重要事項を、ね」

 それを聞いた二人は、ごくりと息を飲む。その場には、沈黙の時間がゆっくりと流れた。

「……何にせよ、関係の修復は早めにしておいた方が良いと思うわ」

 しばらく経って、ジェシカはそう話した。

「ただでさえ良くない噂が広がっているのに、実際に殿下とシャーロットさんがよそよそしかったら、噂を自分達で肯定しているようなものよ」

 冷静に状況を分析する彼女の意見は最もだ。その言葉に、ナタリーも頷いてシャーロットに目を向ける。

「隠している理由を聞いてみて、話し合えば案外解決するかもしれないし。シャーロットの気持ちが落ち着くまでは、無理にとは言わないけどね」

 包み込むような声音に、シャーロットの心は幾度か軽くなる。

 ギルバートとシャーロットは、これまで半年もの間、多くの話し合いを積み重ねてきた。事業に関する内容ではあったが、それは今回の状況でも十分応用できるはずだ。

 どんなに鋭い観察眼があっても、それはあくまで推測の域を出ない。最終的には、言葉にしなければ伝わらないのだ。

 シャーロットはお茶仲間達にお礼を告げた。後悔の念や不満に囚われていた自分が次なる行動を移すための、大きな手助けをしてくれたからである。

 明日改めて彼と話そう。

 シャーロットは、そう心に決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

しつこい公爵が、わたしを逃がしてくれない

千堂みくま
恋愛
細々と仕事をして生きてきた薬師のノアは、経済的に追い詰められて仕方なく危険な仕事に手を出してしまう。それは因縁の幼なじみ、若き公爵ジオルドに惚れ薬を盛る仕事だった。 失敗して捕らえられたノアに、公爵は「俺の人生を狂わせた女」などと言い、変身魔術がかけられたチョーカーを付けて妙に可愛がる。 ジオルドの指示で王子の友人になったノアは、薬師として成長しようと決意。 公爵から逃げたいノアと、自覚のない思いに悩む公爵の話。 ※毎午前中に数話更新します。

【完結】社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで

たまこ
恋愛
恋愛にも結婚にも程遠い、アラサー社畜女子が、溺愛×スローライフを手に入れるまでの軌跡。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長 『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。 ノースサイド出身のセレブリティ × ☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員 名取フラワーズの社員だが、理由があって 伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。 恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が 花屋の女性の夢を応援し始めた。 最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

最強と言われるパーティーから好きな人が追放されたので搔っ攫うことにしました

バナナマヨネーズ
恋愛
文武に優れた英雄のような人材を育てることを目的とした学校。 英雄養成学校の英雄科でそれは起こった。 実技試験当日、侯爵令息であるジャスパー・シーズは声高らかに言い放つ。 「お前のような役立たず、俺のパーティーには不要だ! 出て行け!!」 ジャスパーの声にざわつくその場に、凛とした可憐な声が響いた。 「ならば! その男はわたしがもらい受ける!! ゾーシモス令息。わたしのものにな―――……、ゴホン! わたしとパーティーを組まないかな?」 「お……、俺でいいんだったら……」 英雄養成学校に編入してきたラヴィリオラには、ずっと会いたかった人がいた。 幼い頃、名前も聞けなかった初恋の人。 この物語は、偶然の出会いから初恋の人と再会を果たしたラヴィリオラと自信を失い自分を無能だと思い込むディエントが互いの思いに気が付き、幸せをつかむまでの物語である。 全13話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...