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第九章 ねじれた運命
第五十話 波及
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ギルバートがリゼ王女を怪しみ始めた頃。フォード伯爵邸では、不可解な出来事が起きていた。
「お父様、どうかしたの?」
自室で読書をしていたシャーロットは、廊下を複数人が頻繁に往復する足音を不審に思い、扉を開けた。
ちょうど通りがかったのは、彼女の父親であるフォード伯爵だ。
「おお、シャーロット。すまないね、休んでいたのに。うるさかっただろう」
「ううん、体調はほぼ治ってるから大丈夫だけれど……何かあったのかしらと思って」
疑問を投げ掛けると、伯爵は少し躊躇った後、言葉を選びながら話し始めた。
「まだ実態は掴めていない。だからこれから話すことは、むやみに他言しないように」
穏健な父親が稀に見せる、重々しい顔つき。シャーロットは、事の深刻さを実感する。
「……分かったわ」
頷くと、手招きをされた。そして連れていかれた先は、執務室だ。
伯爵は中央に置かれた机の脇を通り抜け、壁面に沿って置かれた棚に手を伸ばす。
そして、そこから一冊を取り出した。
領地の仕事を手伝うことがあるシャーロットは、それが他の領地との取引記録であることを知っていた。
パラパラと紙をめくる伯爵。そこには物資交換や金額といったことが、一日単位で詳細に書かれている。
記録が残っている最終頁──ここ数日の記録が記載された頁を開いた伯爵は、それをシャーロットに見せた。
「お父様、まさかこれ……」
数値を確認したシャーロットが顔を上げると、伯爵は頷く。
「取引が停止された。ちょうど今朝、書類が送られてきたところなんだ」
シャーロットはその言葉を聞き、目を見開く。そしてもう一度記録を見た。
しばらく日付を遡ってみても、数値に大きな変動は無い。
しかし数日前からその値は大幅に減少し、昨日は遂にゼロ。さらに他のいくつかの領地も、ゼロでは無いものの明らかに取引量が減少していた。
「どういうこと?どうして急に」
「分からない。原因調査はこれからだ」
「そう……」
シャーロットは再び記録書に視線を落とした。
一つの領地から取引を停止されたのなら、その領地の経営状況や都合によるものだと推測ができる。
しかし複数の領地が一斉にとなると、個々の家の都合から取引を停止したとは考えにくい。
何か、他に理由があるはずだ。しかし、それは今は断定できない。
そこまで思考したシャーロットは、ふと意識を別のものへと向けた。
「領民の方々は大丈夫なの?それで生計を立てている人も多いって聞いたけれど……」
取引先の領地には、フォード伯爵領の人々が作った野菜や加工木材などを提供している。彼らはそれを売って得たお金で暮らしており、他の領地との取引は重要な収入源だ。
「現時点では大丈夫だろうが、一か月もすれば厳しいな」
主要な収入源が無くなった。この状態が続けば、間違いなく彼らは死活問題に陥る。一刻も早く領民の生活を保護する必要があるだろう。
取引で得られた金銭の一部はフォード伯爵家の収入にもなっているため、放っておけば自分達の首も締めることになる。
新たな収入源をどう確保するか、そしてなぜ取引が打ち切られたか。その答えを探ることが急務となった。
伯爵は、部屋の机の上に紙を広げた。原因究明に取りかかるのだと理解したシャーロットも、椅子へ腰を下ろす。
「取引が停止されたのは、この三つの家だ」
伯爵は紙に万年筆を走らせた。
どの家もフォード伯爵家と友好関係にある。
彼らの家が特段貧しいという情報は入っていないため、経済的に苦しくなって取引を停止せざるを得なくなったとも考えにくい。
「『一身上の都合』ねぇ……」
シャーロットは、相手方の家々から送られた通達書を眺めて呟いた。
三者から揃いも揃って同じ言い回しを使われると、何かあるのではと勘ぐってしまう。
そう思った時、彼女はふと気付いた。
「皆、ロワイユ王国と接する領地ね」
「……確かにそうだな。それに、伯爵家とは割と最近取引を始めた家だ」
伯爵はそう言った後、娘と顔を見合わせた。お互い、考えていることは同じらしい。
「もしかして、爵位が比較的低いっていう共通点も関係あったり……?」
「ああ……おそらく」
二人が立てている仮説。それは、隣国ロワイユ王国との関係から、フォード伯爵家との取引を止めざるを得ない状況に陥ったということだ。
取引期間が短ければ、互いにそれほど情を抱いていないため、他に優先すべきことが生まれた場合には関係が切れやすい。
さらに、爵位が低い家は存続のために高位貴族の言い分を飲み込まねばならないことも多い。
今回の場合は、おそらくロワイユ王国の高位貴族と何らかのやり取りがあり、それが取引停止の引き金になったのだろう。
あくまで仮説だが、筋はそれなりに通っている。
「これが本当だとすると、少し厄介だな」
「そうね……」
他国の貴族まで絡んでいるなら、対策の仕方も国際的にならざるを得ない。その上高位貴族であれば、一介の伯爵家で太刀打ちできるとも限らないだろう。
それまで順調だったフォード伯爵領に、不穏な空気が流れ始めた。
「お父様、どうかしたの?」
自室で読書をしていたシャーロットは、廊下を複数人が頻繁に往復する足音を不審に思い、扉を開けた。
ちょうど通りがかったのは、彼女の父親であるフォード伯爵だ。
「おお、シャーロット。すまないね、休んでいたのに。うるさかっただろう」
「ううん、体調はほぼ治ってるから大丈夫だけれど……何かあったのかしらと思って」
疑問を投げ掛けると、伯爵は少し躊躇った後、言葉を選びながら話し始めた。
「まだ実態は掴めていない。だからこれから話すことは、むやみに他言しないように」
穏健な父親が稀に見せる、重々しい顔つき。シャーロットは、事の深刻さを実感する。
「……分かったわ」
頷くと、手招きをされた。そして連れていかれた先は、執務室だ。
伯爵は中央に置かれた机の脇を通り抜け、壁面に沿って置かれた棚に手を伸ばす。
そして、そこから一冊を取り出した。
領地の仕事を手伝うことがあるシャーロットは、それが他の領地との取引記録であることを知っていた。
パラパラと紙をめくる伯爵。そこには物資交換や金額といったことが、一日単位で詳細に書かれている。
記録が残っている最終頁──ここ数日の記録が記載された頁を開いた伯爵は、それをシャーロットに見せた。
「お父様、まさかこれ……」
数値を確認したシャーロットが顔を上げると、伯爵は頷く。
「取引が停止された。ちょうど今朝、書類が送られてきたところなんだ」
シャーロットはその言葉を聞き、目を見開く。そしてもう一度記録を見た。
しばらく日付を遡ってみても、数値に大きな変動は無い。
しかし数日前からその値は大幅に減少し、昨日は遂にゼロ。さらに他のいくつかの領地も、ゼロでは無いものの明らかに取引量が減少していた。
「どういうこと?どうして急に」
「分からない。原因調査はこれからだ」
「そう……」
シャーロットは再び記録書に視線を落とした。
一つの領地から取引を停止されたのなら、その領地の経営状況や都合によるものだと推測ができる。
しかし複数の領地が一斉にとなると、個々の家の都合から取引を停止したとは考えにくい。
何か、他に理由があるはずだ。しかし、それは今は断定できない。
そこまで思考したシャーロットは、ふと意識を別のものへと向けた。
「領民の方々は大丈夫なの?それで生計を立てている人も多いって聞いたけれど……」
取引先の領地には、フォード伯爵領の人々が作った野菜や加工木材などを提供している。彼らはそれを売って得たお金で暮らしており、他の領地との取引は重要な収入源だ。
「現時点では大丈夫だろうが、一か月もすれば厳しいな」
主要な収入源が無くなった。この状態が続けば、間違いなく彼らは死活問題に陥る。一刻も早く領民の生活を保護する必要があるだろう。
取引で得られた金銭の一部はフォード伯爵家の収入にもなっているため、放っておけば自分達の首も締めることになる。
新たな収入源をどう確保するか、そしてなぜ取引が打ち切られたか。その答えを探ることが急務となった。
伯爵は、部屋の机の上に紙を広げた。原因究明に取りかかるのだと理解したシャーロットも、椅子へ腰を下ろす。
「取引が停止されたのは、この三つの家だ」
伯爵は紙に万年筆を走らせた。
どの家もフォード伯爵家と友好関係にある。
彼らの家が特段貧しいという情報は入っていないため、経済的に苦しくなって取引を停止せざるを得なくなったとも考えにくい。
「『一身上の都合』ねぇ……」
シャーロットは、相手方の家々から送られた通達書を眺めて呟いた。
三者から揃いも揃って同じ言い回しを使われると、何かあるのではと勘ぐってしまう。
そう思った時、彼女はふと気付いた。
「皆、ロワイユ王国と接する領地ね」
「……確かにそうだな。それに、伯爵家とは割と最近取引を始めた家だ」
伯爵はそう言った後、娘と顔を見合わせた。お互い、考えていることは同じらしい。
「もしかして、爵位が比較的低いっていう共通点も関係あったり……?」
「ああ……おそらく」
二人が立てている仮説。それは、隣国ロワイユ王国との関係から、フォード伯爵家との取引を止めざるを得ない状況に陥ったということだ。
取引期間が短ければ、互いにそれほど情を抱いていないため、他に優先すべきことが生まれた場合には関係が切れやすい。
さらに、爵位が低い家は存続のために高位貴族の言い分を飲み込まねばならないことも多い。
今回の場合は、おそらくロワイユ王国の高位貴族と何らかのやり取りがあり、それが取引停止の引き金になったのだろう。
あくまで仮説だが、筋はそれなりに通っている。
「これが本当だとすると、少し厄介だな」
「そうね……」
他国の貴族まで絡んでいるなら、対策の仕方も国際的にならざるを得ない。その上高位貴族であれば、一介の伯爵家で太刀打ちできるとも限らないだろう。
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