伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
96 / 134
番外編 アンジェリア・フォードの人生

第八話 道筋

しおりを挟む
 月日が経つのは早いもので、とはよく言われるが、本当に早いものでアンジェリアが見習い商人になってから半年以上が経過した。

「どうするのが良いのかな~」
「何が」

 腕を組んで考え込むアンジェリアに、キーランは視線を向ける。すると彼女は言った。

「商人認定手続きをする時にさ、商業計画書が要るでしょ?」

 商会所で商人登録をする際に受付のモニカから聞いた話である。正式に物を売るためには、認定審査に通らなければならない。その審査項目に、実現可能な商業計画があるのだ。

「あと数か月で手続きを進められる時期に入るし、そろそろ考えておこうと思って」
「そうか。俺も考えなきゃな」

 筆記長を取り出したキーランに、アンジェリアはふと尋ねた。

「キーランって、商人の方向性は決まってたっけ」
「ああ。地方にも食材を届けられるような商売をしたいとは思ってる」
「それって、ご両親の影響?」

 キーランはその問いに頷く。

 スプラウト公爵領の端にある村で暮らしているキーランの両親は、昔から料理が得意だった。そんな彼らがよく口にするのは、質の良い様々な食材を手に入れたいという願い。

 森がすぐそばにある環境のため自然の産物は得られるものの、王都にしか出回っていない調味料や珍しい食材も多いとのこと。輸送馬車で運ぶ手段はあるが、かなり距離があるため生鮮食品は持ってこられない。その上、両親が王都に出向くのも金銭的事情から難しかった。

 このような状況は、田舎では割とよく聞く。そのためキーランはいつか自分が、地方にも様々な食材を届けられるような商売ができないかと感じていたのだ。

「素敵な夢だね」
「ありがとう」

 これから具体的にしていけるように頑張る、と付け加えるキーランは、アンジェリアへと話を戻した。

「そっちは、決めかねているみたいだな」
「うん。自分の出自を活かして、一般の人達だけじゃなくて貴族も相手にできるような物を売ろうかなとしか」

 識字能力があり、淑女教育も受けているため、貴族とのやり取りは問題無し。貴族社会自体からは離れたいが、絶対に無理だというわけではなかった。アンジェリアにとって、あくまで商売の顧客として関わるだけであれば良いのだ。

「となると、高級品か?」
「そうだよねぇ。宝飾品とか、ドレスとか」

 どれにしよう、と再び唸るアンジェリアに、キーランは言う。

「アンジェリアは商人以外で興味のわく分野って、あるか?」

 問われて、彼女は考えてみた。幼い頃から上品とは程遠い振る舞いが好きだった自分は、正直に言ってしまえば、ドレスや宝飾品に然程興味は無い。一方で──。

「芸術作品は、よく眺めてたかも」

 外で走り回り、遊び疲れて邸に戻ってきた日でも、壁に飾られた絵画には惹かれた。教養を学ぶ講義中には、棚に置かれていた花瓶の模様に視線が向かった。日々食事を取りながら、皿の美しさに心を動かされた。

 思い返せば、自分は昔からそういうものを見ている時間が好きだったのかもしれない。

「そうか……芸術作品を売る商人になろうかな」

 今でこそ買い主は貴族がほとんどを占めるが、平民の間でも富裕層には広まりつつあるという芸術作品。おそらく数年もすれば、その市場はかなり拡大するだろう。

 興味がある、そして需要の見込みもある。アンジェリアは、絵画や陶器などを中心にした商売をしようと決めた。

「ありがとうキーラン。おかげで計画が立てられそう」
「良かったな。こういう時はお互い様だ」

 ぐっと親指を立てて頷く彼。その日から二人は、各々の商業計画を着々と作り上げていった。

 キーランは商売目的の性質上、定住というよりは行商人として練り歩くことになる。必要とする人々のもとへ、食材や調味料を届けに行くのだ。

 問題となるのは、ある程度の移動距離があっても商品が腐らない運搬手段を確保すること。確立されたものは無いため、長時間にわたり温度管理や湿度管理ができる画期的体制を、自ら考案する必要がある。そのためにキーランは、まず商品の知識や自然法則などを身に付けることにした。

 一方でアンジェリアは、将来店を構えるという目標を掲げつつ、しばらくは需要のある人々のもとへ販売に向かう形式を採用することにした。さらに、キーランと同様に商品に関する勉強も行う。この点は淑女教育の賜物と言うべきか事前知識が多かったため、越える壁はやや低い。

 彼女はより実践的な方法で学ぶに際して、芸術作品を扱ってすでに活躍している商人を師と仰ぐことに決めた。

「モニカさん、こんにちは」
「あらアンジェリアちゃん、こんにちは。何か用事?」

 商会所の受付にて、アンジェリアは口を開く。

「絵画や陶器を売っている商人の方を紹介していただきたいんですけど、どなたかいらっしゃいますか?」

 その問いに、モニカは商会の名簿を確認し始めた。

「アンジェリアちゃんと道が近い人だと……トリスタさんとかどうかな」

 聞けば彼女は、絵画や画材、文房具、工具などを売っている女性だという。ルシェルの中心部に店を構えているが、現在人手不足で悩んでいるらしい。貴族の客の方が多いため、そう簡単に人を雇うわけにはいかないのだ。

 言葉遣いや読み書きに問題がなく、貴族文化に理解のある者が望ましい。その点、アンジェリアは見事にこの要求を満たしていた。

「ぜひお会いしたいです」
「分かったわ。きっとトリスタさんも喜ぶと思う。私が仲介しておくから、詳しいことは決まり次第伝えるわね」
「はい!よろしくお願いします」

 アンジェリアは頬を緩ませながら商会所を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...