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番外編 アンジェリア・フォードの人生
第八話 道筋
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月日が経つのは早いもので、とはよく言われるが、本当に早いものでアンジェリアが見習い商人になってから半年以上が経過した。
「どうするのが良いのかな~」
「何が」
腕を組んで考え込むアンジェリアに、キーランは視線を向ける。すると彼女は言った。
「商人認定手続きをする時にさ、商業計画書が要るでしょ?」
商会所で商人登録をする際に受付のモニカから聞いた話である。正式に物を売るためには、認定審査に通らなければならない。その審査項目に、実現可能な商業計画があるのだ。
「あと数か月で手続きを進められる時期に入るし、そろそろ考えておこうと思って」
「そうか。俺も考えなきゃな」
筆記長を取り出したキーランに、アンジェリアはふと尋ねた。
「キーランって、商人の方向性は決まってたっけ」
「ああ。地方にも食材を届けられるような商売をしたいとは思ってる」
「それって、ご両親の影響?」
キーランはその問いに頷く。
スプラウト公爵領の端にある村で暮らしているキーランの両親は、昔から料理が得意だった。そんな彼らがよく口にするのは、質の良い様々な食材を手に入れたいという願い。
森がすぐそばにある環境のため自然の産物は得られるものの、王都にしか出回っていない調味料や珍しい食材も多いとのこと。輸送馬車で運ぶ手段はあるが、かなり距離があるため生鮮食品は持ってこられない。その上、両親が王都に出向くのも金銭的事情から難しかった。
このような状況は、田舎では割とよく聞く。そのためキーランはいつか自分が、地方にも様々な食材を届けられるような商売ができないかと感じていたのだ。
「素敵な夢だね」
「ありがとう」
これから具体的にしていけるように頑張る、と付け加えるキーランは、アンジェリアへと話を戻した。
「そっちは、決めかねているみたいだな」
「うん。自分の出自を活かして、一般の人達だけじゃなくて貴族も相手にできるような物を売ろうかなとしか」
識字能力があり、淑女教育も受けているため、貴族とのやり取りは問題無し。貴族社会自体からは離れたいが、絶対に無理だというわけではなかった。アンジェリアにとって、あくまで商売の顧客として関わるだけであれば良いのだ。
「となると、高級品か?」
「そうだよねぇ。宝飾品とか、ドレスとか」
どれにしよう、と再び唸るアンジェリアに、キーランは言う。
「アンジェリアは商人以外で興味のわく分野って、あるか?」
問われて、彼女は考えてみた。幼い頃から上品とは程遠い振る舞いが好きだった自分は、正直に言ってしまえば、ドレスや宝飾品に然程興味は無い。一方で──。
「芸術作品は、よく眺めてたかも」
外で走り回り、遊び疲れて邸に戻ってきた日でも、壁に飾られた絵画には惹かれた。教養を学ぶ講義中には、棚に置かれていた花瓶の模様に視線が向かった。日々食事を取りながら、皿の美しさに心を動かされた。
思い返せば、自分は昔からそういうものを見ている時間が好きだったのかもしれない。
「そうか……芸術作品を売る商人になろうかな」
今でこそ買い主は貴族がほとんどを占めるが、平民の間でも富裕層には広まりつつあるという芸術作品。おそらく数年もすれば、その市場はかなり拡大するだろう。
興味がある、そして需要の見込みもある。アンジェリアは、絵画や陶器などを中心にした商売をしようと決めた。
「ありがとうキーラン。おかげで計画が立てられそう」
「良かったな。こういう時はお互い様だ」
ぐっと親指を立てて頷く彼。その日から二人は、各々の商業計画を着々と作り上げていった。
キーランは商売目的の性質上、定住というよりは行商人として練り歩くことになる。必要とする人々のもとへ、食材や調味料を届けに行くのだ。
問題となるのは、ある程度の移動距離があっても商品が腐らない運搬手段を確保すること。確立されたものは無いため、長時間にわたり温度管理や湿度管理ができる画期的体制を、自ら考案する必要がある。そのためにキーランは、まず商品の知識や自然法則などを身に付けることにした。
一方でアンジェリアは、将来店を構えるという目標を掲げつつ、しばらくは需要のある人々のもとへ販売に向かう形式を採用することにした。さらに、キーランと同様に商品に関する勉強も行う。この点は淑女教育の賜物と言うべきか事前知識が多かったため、越える壁はやや低い。
彼女はより実践的な方法で学ぶに際して、芸術作品を扱ってすでに活躍している商人を師と仰ぐことに決めた。
「モニカさん、こんにちは」
「あらアンジェリアちゃん、こんにちは。何か用事?」
商会所の受付にて、アンジェリアは口を開く。
「絵画や陶器を売っている商人の方を紹介していただきたいんですけど、どなたかいらっしゃいますか?」
その問いに、モニカは商会の名簿を確認し始めた。
「アンジェリアちゃんと道が近い人だと……トリスタさんとかどうかな」
聞けば彼女は、絵画や画材、文房具、工具などを売っている女性だという。ルシェルの中心部に店を構えているが、現在人手不足で悩んでいるらしい。貴族の客の方が多いため、そう簡単に人を雇うわけにはいかないのだ。
言葉遣いや読み書きに問題がなく、貴族文化に理解のある者が望ましい。その点、アンジェリアは見事にこの要求を満たしていた。
「ぜひお会いしたいです」
「分かったわ。きっとトリスタさんも喜ぶと思う。私が仲介しておくから、詳しいことは決まり次第伝えるわね」
「はい!よろしくお願いします」
アンジェリアは頬を緩ませながら商会所を後にした。
「どうするのが良いのかな~」
「何が」
腕を組んで考え込むアンジェリアに、キーランは視線を向ける。すると彼女は言った。
「商人認定手続きをする時にさ、商業計画書が要るでしょ?」
商会所で商人登録をする際に受付のモニカから聞いた話である。正式に物を売るためには、認定審査に通らなければならない。その審査項目に、実現可能な商業計画があるのだ。
「あと数か月で手続きを進められる時期に入るし、そろそろ考えておこうと思って」
「そうか。俺も考えなきゃな」
筆記長を取り出したキーランに、アンジェリアはふと尋ねた。
「キーランって、商人の方向性は決まってたっけ」
「ああ。地方にも食材を届けられるような商売をしたいとは思ってる」
「それって、ご両親の影響?」
キーランはその問いに頷く。
スプラウト公爵領の端にある村で暮らしているキーランの両親は、昔から料理が得意だった。そんな彼らがよく口にするのは、質の良い様々な食材を手に入れたいという願い。
森がすぐそばにある環境のため自然の産物は得られるものの、王都にしか出回っていない調味料や珍しい食材も多いとのこと。輸送馬車で運ぶ手段はあるが、かなり距離があるため生鮮食品は持ってこられない。その上、両親が王都に出向くのも金銭的事情から難しかった。
このような状況は、田舎では割とよく聞く。そのためキーランはいつか自分が、地方にも様々な食材を届けられるような商売ができないかと感じていたのだ。
「素敵な夢だね」
「ありがとう」
これから具体的にしていけるように頑張る、と付け加えるキーランは、アンジェリアへと話を戻した。
「そっちは、決めかねているみたいだな」
「うん。自分の出自を活かして、一般の人達だけじゃなくて貴族も相手にできるような物を売ろうかなとしか」
識字能力があり、淑女教育も受けているため、貴族とのやり取りは問題無し。貴族社会自体からは離れたいが、絶対に無理だというわけではなかった。アンジェリアにとって、あくまで商売の顧客として関わるだけであれば良いのだ。
「となると、高級品か?」
「そうだよねぇ。宝飾品とか、ドレスとか」
どれにしよう、と再び唸るアンジェリアに、キーランは言う。
「アンジェリアは商人以外で興味のわく分野って、あるか?」
問われて、彼女は考えてみた。幼い頃から上品とは程遠い振る舞いが好きだった自分は、正直に言ってしまえば、ドレスや宝飾品に然程興味は無い。一方で──。
「芸術作品は、よく眺めてたかも」
外で走り回り、遊び疲れて邸に戻ってきた日でも、壁に飾られた絵画には惹かれた。教養を学ぶ講義中には、棚に置かれていた花瓶の模様に視線が向かった。日々食事を取りながら、皿の美しさに心を動かされた。
思い返せば、自分は昔からそういうものを見ている時間が好きだったのかもしれない。
「そうか……芸術作品を売る商人になろうかな」
今でこそ買い主は貴族がほとんどを占めるが、平民の間でも富裕層には広まりつつあるという芸術作品。おそらく数年もすれば、その市場はかなり拡大するだろう。
興味がある、そして需要の見込みもある。アンジェリアは、絵画や陶器などを中心にした商売をしようと決めた。
「ありがとうキーラン。おかげで計画が立てられそう」
「良かったな。こういう時はお互い様だ」
ぐっと親指を立てて頷く彼。その日から二人は、各々の商業計画を着々と作り上げていった。
キーランは商売目的の性質上、定住というよりは行商人として練り歩くことになる。必要とする人々のもとへ、食材や調味料を届けに行くのだ。
問題となるのは、ある程度の移動距離があっても商品が腐らない運搬手段を確保すること。確立されたものは無いため、長時間にわたり温度管理や湿度管理ができる画期的体制を、自ら考案する必要がある。そのためにキーランは、まず商品の知識や自然法則などを身に付けることにした。
一方でアンジェリアは、将来店を構えるという目標を掲げつつ、しばらくは需要のある人々のもとへ販売に向かう形式を採用することにした。さらに、キーランと同様に商品に関する勉強も行う。この点は淑女教育の賜物と言うべきか事前知識が多かったため、越える壁はやや低い。
彼女はより実践的な方法で学ぶに際して、芸術作品を扱ってすでに活躍している商人を師と仰ぐことに決めた。
「モニカさん、こんにちは」
「あらアンジェリアちゃん、こんにちは。何か用事?」
商会所の受付にて、アンジェリアは口を開く。
「絵画や陶器を売っている商人の方を紹介していただきたいんですけど、どなたかいらっしゃいますか?」
その問いに、モニカは商会の名簿を確認し始めた。
「アンジェリアちゃんと道が近い人だと……トリスタさんとかどうかな」
聞けば彼女は、絵画や画材、文房具、工具などを売っている女性だという。ルシェルの中心部に店を構えているが、現在人手不足で悩んでいるらしい。貴族の客の方が多いため、そう簡単に人を雇うわけにはいかないのだ。
言葉遣いや読み書きに問題がなく、貴族文化に理解のある者が望ましい。その点、アンジェリアは見事にこの要求を満たしていた。
「ぜひお会いしたいです」
「分かったわ。きっとトリスタさんも喜ぶと思う。私が仲介しておくから、詳しいことは決まり次第伝えるわね」
「はい!よろしくお願いします」
アンジェリアは頬を緩ませながら商会所を後にした。
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