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番外編 アンジェリア・フォードの人生
第九話 助っ人
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それから数日後、アンジェリアはルシェルの中心部にあるトリスタの店を訪れていた。
「初めまして、アンジェリアです。よろしくお願いします!」
「あたしはトリスタ。よろしくね」
人の良さそうな笑みを浮かべた彼女は、朗らかな雰囲気が印象的だ。ややふくよかな体型も相俟って、初対面ながらどこか居心地の良さを感じさせる。年齢が母親のベラドンナと近く見えることも、アンジェリアにそう感じさせる所以だろう。
「モニカから聞いた時は、本当に助かったと思ったわ。接客や文書の扱いは難なくこなせそうだし……早速手伝ってもらおう」
詳しいことはその都度説明していくからね、と告げるトリスタに、アンジェリアは頷く。
その日から彼女は、学舎での教育が終わるとトリスタの店に出るようになった。
「この万年筆は子息に人気だから、在庫をよく確認しておいて」
「はい」
「そっちの筆記帳は今度新しい色が入るの。宣伝用のチラシを作ってみようか」
「分かりました」
酒屋のヘクターや他の商人達の店で手伝っていた時と、大まかな流れは同じらしい。学舎の教育課程で実務を数多くこなしてきたアンジェリア。仕入れや勘定記録の付け方などにはかなり慣れてきていたため、トリスタの店でも問題なく進められた。大きく異なるのは、商品の中身である。
トリスタの売るものは文房具や工具、紙類、そして絵画。そのため保管方法や品質の見定め方を理解しておく必要があり、実際の商品を見てトリスタから指導をしてもらう。
「アンジェリア。ここの筆の入りをよく見てごらんなさい」
一枚の絵画を前に立つトリスタは、アンジェリアを手招きした。
「ほら、ここ。少し飛び散っているでしょう。力強い筆致が特徴の画家なのよ」
「な、なるほど」
フォード伯爵邸でただ絵画を眺めるだけだった頃と比べれば、かなり細かな部分まで焦点を合わせることになる。正直に言えばあまり違いが分からないものもある。しかし、段々と観察眼が鋭くなっていることは自分でも明白だ。己の成長を実感した彼女は、頬を緩ませた。
その時、店に一人の客がやって来た。
「いらっしゃいませ──おや、ヴァレリアじゃないの」
客に目を向けたトリスタは、やや驚いた表情を浮かべる。
「やっほー、トリスタさん」
ヴァレリアと呼ばれた彼女は、黒い帽子をさっと取る。アンジェリアと同じような、傷の無い白い肌が露になった。しかしその口調はかなり砕けたものである。見た目から令嬢かと思ったが、やや裕福な平民といったところだろう、とアンジェリアは予測した。
「もう出発したんじゃなかったの」
「したよ?したけど、向こうじゃ買えないものもあるからさ」
親しみの込められた視線から、店主と客以上に仲が深いことが推測できた。二人のやり取りを眺めていると、ふいにヴァレリアという女性がアンジェリアに目を遣る。
「こんにちは。私、ヴァレリアって言います。新人さん?」
「こ、こんにちは!見習い商人のアンジェリアです。このお店でお手伝いを始めました」
そうなんだ、と微笑むヴァレリア。彼女はトリスタに向き直ると、無邪気に笑った。
「トリスタさん、遂に人手が見付かったんだね。結構苦戦してたのに」
「そうなのよ。しばらくは安泰」
「じゃあお店たたまなくて済みそうだね。良かったー!」
そう話す彼女に、トリスタは苦笑する。
「わざわざこっちに来るのは大変でしょうに」
するとヴァレリアは首を横に振った。
「領地から来るのと大差ないよ。国境を越えるって言うとやけに遠く聞こえるけど」
どうやら彼女は、他国に住んでいるらしい。もともとこの王国内にいた時からの付き合いで、今でもトリスタの店へ足を運んでいるとのこと。
そんな彼女はしばらくトリスタと談笑しつつ、多くの画材や紙を購入して店を去っていった。
「お知り合いの方々もよくいらっしゃるんですか?」
アンジェリアが尋ねると、トリスタは頷いた。
「ありがたいことに、何度も通ってくださる人が多いわね」
ヴァレリアもその一人ということなのだろう。ヘクターも常連客の話をしていたが、やはり商売において人付き合いは大切な要素だ。アンジェリアはそう実感した。
「しまったわね……」
ある日。お馴染みとなったトリスタの店へ手伝いに行くと、彼女が腰に手を当て、立ち尽くしていた。
「どうかしたんですか?」
「午前中にお客さんのところへ絵画を届けに行ったんだけど……傷が付いていたから、一旦持ち帰ってきたのよ」
トリスタの指し示す場所を覗き見ると、額縁の一部が欠けているのが分かる。
「きっと輸送中に振動でぶつかったんだわ」
絵画は荷馬車に乗せて運ぶ。かなり舗装されている王都の道路とは異なり、ルシェルの道は揺れが激しい。積み方を工夫したとしても、完全に破損を防ぐことはできないのである。今回のような事態はよくあることではないが、珍しいわけでもないらしい。
交換しなきゃ、と呟く彼女。
「商人には付き物ね。ちょっと手間だけど」
困り顔でそう話すトリスタに、アンジェリアはふと尋ねる。
「梱包方法って、どうしていましたっけ」
「布で包んで、木箱に入れて紐で縛る。特に決まりは無いけど、大体こうしてるわ」
「なるほど」
聞けば、他の商人も皆同じような方法で梱包をしているとのこと。絵画や割れ物を扱う者達ほどではないが、他の商人達も輸送中に商品が壊れてしまうことがあるらしい。
頭を悩ませているならルシェルの道路を舗装すれば良いではないかと思いきや、他の町の道路も全て舗装しなければ根本的な解決にはならない。森林に囲まれている自然豊かなトリジア王国にとって、それは莫大な予算が必要な工事となるだろう。
そこまで考えて、アンジェリアはふとキーランのことを思い出した。彼は今、食材を腐らせずに届ける方法を考えているところだ。食分野の方が切迫した課題かもしれないが、商品の劣化という面から見れば絵画とて同じこと。輸送中に商品を保護する対策を行えば、客も店も、不利益を被ることは防止できるはずである。
問題は、どうやって保護するか。いつものようにトリスタの手伝いを始めながら、アンジェリアは考えを巡らせた。
「初めまして、アンジェリアです。よろしくお願いします!」
「あたしはトリスタ。よろしくね」
人の良さそうな笑みを浮かべた彼女は、朗らかな雰囲気が印象的だ。ややふくよかな体型も相俟って、初対面ながらどこか居心地の良さを感じさせる。年齢が母親のベラドンナと近く見えることも、アンジェリアにそう感じさせる所以だろう。
「モニカから聞いた時は、本当に助かったと思ったわ。接客や文書の扱いは難なくこなせそうだし……早速手伝ってもらおう」
詳しいことはその都度説明していくからね、と告げるトリスタに、アンジェリアは頷く。
その日から彼女は、学舎での教育が終わるとトリスタの店に出るようになった。
「この万年筆は子息に人気だから、在庫をよく確認しておいて」
「はい」
「そっちの筆記帳は今度新しい色が入るの。宣伝用のチラシを作ってみようか」
「分かりました」
酒屋のヘクターや他の商人達の店で手伝っていた時と、大まかな流れは同じらしい。学舎の教育課程で実務を数多くこなしてきたアンジェリア。仕入れや勘定記録の付け方などにはかなり慣れてきていたため、トリスタの店でも問題なく進められた。大きく異なるのは、商品の中身である。
トリスタの売るものは文房具や工具、紙類、そして絵画。そのため保管方法や品質の見定め方を理解しておく必要があり、実際の商品を見てトリスタから指導をしてもらう。
「アンジェリア。ここの筆の入りをよく見てごらんなさい」
一枚の絵画を前に立つトリスタは、アンジェリアを手招きした。
「ほら、ここ。少し飛び散っているでしょう。力強い筆致が特徴の画家なのよ」
「な、なるほど」
フォード伯爵邸でただ絵画を眺めるだけだった頃と比べれば、かなり細かな部分まで焦点を合わせることになる。正直に言えばあまり違いが分からないものもある。しかし、段々と観察眼が鋭くなっていることは自分でも明白だ。己の成長を実感した彼女は、頬を緩ませた。
その時、店に一人の客がやって来た。
「いらっしゃいませ──おや、ヴァレリアじゃないの」
客に目を向けたトリスタは、やや驚いた表情を浮かべる。
「やっほー、トリスタさん」
ヴァレリアと呼ばれた彼女は、黒い帽子をさっと取る。アンジェリアと同じような、傷の無い白い肌が露になった。しかしその口調はかなり砕けたものである。見た目から令嬢かと思ったが、やや裕福な平民といったところだろう、とアンジェリアは予測した。
「もう出発したんじゃなかったの」
「したよ?したけど、向こうじゃ買えないものもあるからさ」
親しみの込められた視線から、店主と客以上に仲が深いことが推測できた。二人のやり取りを眺めていると、ふいにヴァレリアという女性がアンジェリアに目を遣る。
「こんにちは。私、ヴァレリアって言います。新人さん?」
「こ、こんにちは!見習い商人のアンジェリアです。このお店でお手伝いを始めました」
そうなんだ、と微笑むヴァレリア。彼女はトリスタに向き直ると、無邪気に笑った。
「トリスタさん、遂に人手が見付かったんだね。結構苦戦してたのに」
「そうなのよ。しばらくは安泰」
「じゃあお店たたまなくて済みそうだね。良かったー!」
そう話す彼女に、トリスタは苦笑する。
「わざわざこっちに来るのは大変でしょうに」
するとヴァレリアは首を横に振った。
「領地から来るのと大差ないよ。国境を越えるって言うとやけに遠く聞こえるけど」
どうやら彼女は、他国に住んでいるらしい。もともとこの王国内にいた時からの付き合いで、今でもトリスタの店へ足を運んでいるとのこと。
そんな彼女はしばらくトリスタと談笑しつつ、多くの画材や紙を購入して店を去っていった。
「お知り合いの方々もよくいらっしゃるんですか?」
アンジェリアが尋ねると、トリスタは頷いた。
「ありがたいことに、何度も通ってくださる人が多いわね」
ヴァレリアもその一人ということなのだろう。ヘクターも常連客の話をしていたが、やはり商売において人付き合いは大切な要素だ。アンジェリアはそう実感した。
「しまったわね……」
ある日。お馴染みとなったトリスタの店へ手伝いに行くと、彼女が腰に手を当て、立ち尽くしていた。
「どうかしたんですか?」
「午前中にお客さんのところへ絵画を届けに行ったんだけど……傷が付いていたから、一旦持ち帰ってきたのよ」
トリスタの指し示す場所を覗き見ると、額縁の一部が欠けているのが分かる。
「きっと輸送中に振動でぶつかったんだわ」
絵画は荷馬車に乗せて運ぶ。かなり舗装されている王都の道路とは異なり、ルシェルの道は揺れが激しい。積み方を工夫したとしても、完全に破損を防ぐことはできないのである。今回のような事態はよくあることではないが、珍しいわけでもないらしい。
交換しなきゃ、と呟く彼女。
「商人には付き物ね。ちょっと手間だけど」
困り顔でそう話すトリスタに、アンジェリアはふと尋ねる。
「梱包方法って、どうしていましたっけ」
「布で包んで、木箱に入れて紐で縛る。特に決まりは無いけど、大体こうしてるわ」
「なるほど」
聞けば、他の商人も皆同じような方法で梱包をしているとのこと。絵画や割れ物を扱う者達ほどではないが、他の商人達も輸送中に商品が壊れてしまうことがあるらしい。
頭を悩ませているならルシェルの道路を舗装すれば良いではないかと思いきや、他の町の道路も全て舗装しなければ根本的な解決にはならない。森林に囲まれている自然豊かなトリジア王国にとって、それは莫大な予算が必要な工事となるだろう。
そこまで考えて、アンジェリアはふとキーランのことを思い出した。彼は今、食材を腐らせずに届ける方法を考えているところだ。食分野の方が切迫した課題かもしれないが、商品の劣化という面から見れば絵画とて同じこと。輸送中に商品を保護する対策を行えば、客も店も、不利益を被ることは防止できるはずである。
問題は、どうやって保護するか。いつものようにトリスタの手伝いを始めながら、アンジェリアは考えを巡らせた。
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