伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編 アンジェリア・フォードの人生

第十話 同志として

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 それから数日後。アンジェリアは再び、休日の際にフォード伯爵邸に顔を出した。

「アンジェリア、元気にしていたかい?」

 馬車を降りるなり、父のマルセルが玄関口から駆け寄ってくる。

「うん、元気!お父様も変わり無い?」

 苦笑しつつ、そういえば前回の帰省以上に間が空いていたっけ、と思うアンジェリア。

 見習い商人として勉強をする日々は総じて楽しい。事件が発生したり、本格的に実務経験を積んだりして忙しくしているが、それすら彼女にとっては大切な学びとなっている。そうこうしているうちに、いつの間にかかなりの時間が経っていたのだ。

「お帰りなさい、アンジェリア」
「姉上、久しぶりに会えて嬉しい!」

 にこやかに出迎えてくれた母ベラドンナと弟ウィルフレッドとも談笑をしながら、アンジェリアは椅子に腰を下ろした。

「お茶菓子があるわよ」
「そうなんだ?買ってきたの?」
「シャーロットの筋からちょっと、ね」

 やや含みのある言い方を疑問に思っていると、ベラドンナは「ま、姉妹二人でゆっくり食べてちょうだい」と言った。ウィルフレッドはその様子をじっと見ていたが、しばらくすると視線を逸らす。

「ウィルフレッドもいる?」

 姉シャーロットが尋ねた。年上の姉妹と共に育った弟が、我が儘を言わない性格だということを理解しているからである。

「ううん、大丈夫。僕はこれから出かけなきゃいけないし……」

 もうじき十歳を迎えるウィルフレッドは、剣の稽古を始めることになっている。今日は指導の先生のもとへ、挨拶に向かうのだ。

「それに、そのお茶菓子は姉上が貰ったものなんでしょう?」

 僕は大丈夫、と相変わらず遠慮をする弟に、複雑な表情を浮かべる一同。そんな中、ベラドンナは口を開いた。

「先生のところへ挨拶に行った帰りに、喫茶店に寄ろうかしらね。ちょうど私も甘いものが食べたくなってきたし」

 さすがは母。ウィルフレッドの言動と本心をよく分かっている。弟の少し嬉しそうな表情を見て、アンジェリアは姉と顔を見合わせ、頬を緩めた。

 それから二人は馬車で出かけていき、父も領地の仕事で少しやることがあると言って執務室へ籠った。しばらくしたら皆戻ってくるが、暫時、姉妹水入らずの時間である。

「お母様とウィルフレッドも言ってたけど、このお茶菓子、お姉様が頂いたものなの?」

 テーブルの上に並んだ菓子類を眺め、アンジェリアはシャーロットに尋ねた。香ばしい飴色の焼き菓子や、柑橘の風味が豊かなケーキ、そして林檎のタルトなどがある。姉に勧められるがまま口へ運んでいると、彼女は頷いた。

「実は、王太子殿下から頂いたのよ」
「えっ!?」

 耳に届いた言葉に、思わず瞠目する。

「ど、どういう……?」

 数か月前に会った時には、全く関わりが無いと話していたのに──アンジェリアは困惑しながら姉の返答を待つ。その後に語られたのは、衝撃の事実だった。

「この前の王宮パーティーで偶然殿下と話をしたら、公共事業に参加することになって」
「そ、そうなんだ」
「参加のお礼にって、時々お茶菓子を贈ってくださるの」

 まさか王太子の主導する事業に誘われていたとは。驚いたが、アンジェリアは納得もしていた。読書家の姉は、アンジェリアが伯爵邸で暮らしていた頃から時折、父の仕事を手伝っていた。伯爵邸に保管されている書物を読破していたため、歴史や地理はもちろん、経済や経営に関する知識も身に付いているのである。それを王太子が知れば、興味を持つのは自然な流れのようにも思えた。

 今自分が口にしている焼き菓子が王太子の、そして何より姉のおかげであることを実感するアンジェリア。さらに話を聞くと、姉が今度開催されるパーティーに出席することを知った。

「だ、大丈夫……なの?」

 男性恐怖症のことが不安になり尋ねると、姉は言う。

「確かに心配ではあるけど、克服に向けて頑張ろうかなと思って」

 どうやら少し離れていた間に、こちらでは大きな変化が起こっていたようだ。

「それでドレスが掛けてあるんだね」

 アンジェリアは奥の部屋に視線を向けた。帰ってきた時にちらりと見えたため気になっていたが、姉がパーティーで着るためのものなのだろう。

「試着してびっくりしちゃった。こんなに重かったっけ、って」

 苦笑しながら話す姉。

 パーティー用のドレスは、普段生活する時に着る室内着や、ちょっとした用事の時に身に付ける外出着と大きく異なる。飾りの数や華やかさはもちろん、ドレスの幅を出すためのパニエもより大きなものとなる。アンジェリアも、社交界デビューのために向かった服飾店で試着して驚いたのを覚えていた。

「それに生地の枚数も違うし。あれだけあると、もし人にぶつかっても衝撃が少なくて良いのかもしれないわね」

 もはや歩く緩衝材よ、と付け足す姉に、アンジェリアは笑った。そして、はたと気付く。

 ──緩衝材だ。

「アンジェリア?」

 トリスタは、絵画を布で包んで木箱に入れたと話していた。しかしこの状態だと、荷馬車の揺れが激しい時には商品が揺れ動き、傷を作り得る。

 ならば木箱の中に緩衝材を詰めれば、商品を保護することができるのではないか。例えば、そう、生地の重なったドレスのように。布を丸めて商品と木箱の間に挟んでおけば──。

「お姉様、ありがとう!」
「え?」

 突然目を輝かせた妹の姿に困惑するシャーロット。アンジェリアは一人でうんうんと頷き、革新的な案を忘れぬよう筆記帳に書き留めたのだった。



 その後再びルシェルへ戻ったアンジェリアは、緩衝材の案をトリスタに伝えた。

「隙間ができないようにすれば、上手くいくかもしれません」
「確かに!試す価値は十二分にあるわね」

 布ならば、古くなった手拭いや服を再利用できる。新たに買う必要が無いため、難易度は低い。トリスタは早速、緩衝材作戦を実行することにした。

 それから一か月が経つと、効果が表れていると言っても良い現状を確認できた。すなわち、商品の破損数が如実に減っているのである。

「本当にありがとう、アンジェリア。皆も喜んでいるわ」

 彼女の案は他の商人にも広まり、各々が緩衝材を利用するようになった。酒屋のヘクター曰く、彼自身も酒瓶を運ぶ時に重宝しているという。

「そういえば知り合いの商人さんも、助かったって話してたぞ」

 ある日、学舎で一緒になったキーランもそう話す。

 彼は食品を販売する商人のもとで、より専門的な勉強を始めている。自らの将来のために、アンジェリアと同様に学舎を終えてから手伝いをしているのだ。そこで出会った商人はトリスタから事情を聞き、食品の梱包にも応用しているとのこと。

「アンジェリアが考案したんだろ?すごいな」
「ありがとう。実家に帰ったのがきっかけなんだ」
「そうなのか……俺ももっと頑張らないと」

 キーランは視線を落とした。アンジェリアが画期的な案を生み出した一方で、依然として何もできていない自分。知識と経験が身に付くのは嬉しいが、商品を腐敗させずに地方まで届けるための方法を思い付かなければ意味がないのだ。

「キーラン……」

 無愛想でも、常に熱意を持って勉学に励んできた仲間の気落ちする姿。アンジェリアは何と言葉をかけるべきか迷った。心配いらないよ、と軽々しく言えるわけでは無いことは、これまで見習い商人として過ごしてきた日々で明白だ。

 偽造貨幣事件や商人認定手続きの審査のことを踏まえると、無責任に励ますのも躊躇われる。かといって助言をするのも、それはそれで難しい。食に関する専門知識も乏しく、全く同じ店で手伝いをしているわけでも無いアンジェリアには、キーランのしてきた経験や感じてきた思いを完全に理解することができないからだ。

 それでも彼女は、他人事として片付けたくなかった。出会ってから、もう九か月以上が経つ。同じ時期に商人登録をし、同じ教育課程を辿った。分野は違えど、正式な商人になり商売をするという点は共通している。さらに、彼の人となりや熱意も知った。同志としての情が芽生えるには十分だ。

「ねえキーラン」

 アンジェリアは真っ直ぐに彼を見つめた。

「成果を急ぎたいのは、一人だけじゃないよ?」
「……え?」
「おじいちゃん達の帳簿、一緒に見たでしょう」

 数か月前。祖父母の家で、机を囲んで眺めた記録。今でこそ一流商人として語られる彼らだが、二十年前──商人を始めたばかりの頃は、売れ行きが良いとは決して言えなかった。

「初めの一、二年は芽が出なかったってことは、不安や歯がゆさも当然あったと思うの」

 自分だけでなく妻と二人で生きていく必要があったなら、尚更だ。

「苦労するのが当たり前だとか、全員通る道だとか言いたいわけじゃなくて」

 アンジェリアは言葉を続ける。

「私はありがたいことに今回のことで褒めて貰えたけど、本当の成果はまだ得られてないと思ってる」

 貢献したのはあくまで、商品の保護方法においてだ。芸術作品を売る商人になるという観点から見れば、緩衝材の件は所詮、間接的な微々たるものでしかない。つまり──。

「私だって不安はある。だから、私も一緒に頑張らせて」

 同志としてさ、と微笑むアンジェリア。キーランの瞳が揺れ、そして彼は、ふっと笑った。

「え、わ、笑った!?珍しい……!」
「何だよ。良いだろ別に笑ったって」
「それはそうなんだけど」

 驚愕しつつ少し嬉しそうなアンジェリアに、キーランは言った。

「すぐに、アンジェリアを越える成果を出せるようになってやるから」

 余裕たっぷりなその表情は、普段とは別人のように豊かだ。

「いや、そこはお互い頑張ろうな、じゃないの……!?」

 笑みを浮かべながら教室を出るキーラン。アンジェリアも急いで勉強用具をまとめ、追いかける。廊下の先で振り向いた彼は、口を開いた。

「食堂、行くんだろ」
「キーランも?」

 頷く彼。

「何食べる」
「え!どうしよっかな~」

 そんなことを話しながら進む二人。高く昇った太陽の光は、窓辺から彼らを明るく照らしていた。
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