伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編 アンジェリア・フォードの人生

第十一話 緊張の時

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 それからさらに、月日が流れた。今日も今日とて学舎で励むアンジェリアとキーランの話題は、専ら商人認定審査のことである。

「準備とか諸々考えると、一か月後かなぁ」
「俺も、その時期になりそうだ」

 審査は開催時期が決められており、約一か月に一度の頻度で行われる。その都度申し込みの締切期間が設けられていた。

 正式な商人になるためには、三つの関門を潜り抜けなければならない。すなわち、商人としての知識を問う筆記試験、実務経験の内容報告書類の審査、そして商業計画書類の審査だ。これらに合格して初めて、認定手続きが済まされる。

 商人が必ず携帯する販売許可証は、この時に貰えることになっていた。その後は晴れて商売が開始できるのだ。

「キーランは、最近どう?」
「食品の腐敗を遅らせる方法は何とかなりそうだ」

 聞けば、配達に使う木箱を改良し、氷を入れて低温を保つという形で実現させる目処が立っているという。野菜や果物はもちろん、肉や魚も運ぶことが可能になるらしい。足の早い食品は数時間が勝負だが、腐敗を遅らせるだけでなく鮮度を保つ方法も考案していきたいとキーランは話した。

「良かったね!たくさん考えてたもんね」
「アンジェリアのおかげでもある」
「私?」

 ふいに視線を向けられるが、思い当たる節が無い。するとキーランは言う。

「俺が気落ちしてた時、声かけてくれただろ。自分も不安だから一緒に頑張ろうって」
「ああ……!あったね。でも私、何も手伝ってないよ?」

 確かに言葉は渡したが、直接的な援助は何一つできていない。全ては、キーランが自分自身で頑張ったこと。

「それでも、俺にとっては結構効いたんだ。ありがとな」
「そう?どういたしまして」

 微笑みを浮かべる彼は、いつも以上に喜びが露になっている。アンジェリアはそんな彼の感謝に、頬を緩ませた。

「ひとまずこれから一か月間は、筆記試験と書類の準備だな」
「そうだね。審査の申し込み、早速行く?」

 尋ねるアンジェリアに、キーランは頷く。そして二人は商会所のモニカのもとへ向かい、申し込み手続きを始めたのだった。



 それから一か月後。

「うわぁ、緊張する」

 会場に訪れたアンジェリアは、思わず呟く。今日はいよいよ審査の日。審査会場といっても、普段使っている学舎で行うのだが、この日ばかりは空気が違って見えた。

 隣で受付番号を確認するキーランも、強張っている。最近は表情が豊かになってきたとはいえ、審査当日という状況ではアンジェリアですらさすがに笑っていられない。もし不合格でも商人の道が閉ざされるわけではないが、いよいよやって来たこの機会を逃したくはなかった。

「二人とも、頑張ってね」

 受付にやって来たアンジェリアとキーランに、モニカはそう声をかけた。モニカがこの仕事を始めて数年経つが、審査を迎えた者を送り出す時は毎度のことながら胸がいっぱいになる。

 一年前、商会所にやって来た日には期待と不安の混ざる顔をしていた見習い商人達。彼らは今日、正式な商人となるべく審査に挑む。各々、知識と経験、そして大きな夢を抱えて。

「が、頑張ります」

 答えるアンジェリア。その隣で頷くキーラン。モニカはそんな彼らを見て、応援の気持ちを込めて微笑んだ。

 受付を済ませた二人は、筆記試験の受験室へと通された。そこは、学舎の北講義室。教室の場所が分からず迷っていたアンジェリアを、キーランが連れていった教室である。椅子に座ると、試験官が入ってきた。その顔を見れば、なんと酒屋のヘクターだ。

「……!」

 アンジェリアと目が合うと、ヘクターは笑顔で頷いた。「大丈夫。落ち着いて実力を出し切れ!」という応援の言葉が、言われずともひしひしと伝わってくる。

「それでは、解答始め!」

 合図と共に、アンジェリアは問題冊子と解答用紙を捲った。いよいよ、第一の関門突入である。



 試験の手応えは、率直に言って「まあまあ」だった。合格の基準は、六割以上。超えていると信じたい。

「ふぅ……よし、次」

 アンジェリアは立ち上がった。第二、そして第三の関門へ向かうためである。

「えー、ただいまより口頭試問を始めます」

 隣の教室へ移動すると、数人の試験官がこちらを向いて座っていた。中央にある椅子に一人、腰を下ろすアンジェリア。

 第二、第三の関門は、実務報告・商業計画の審査だ。事前に提出した書類をもとに試験官が質問を行い、見習い商人がそれに答える形で進められる。

「それではまず、実務の内容に関していくつか質問を行います」

 口を開いたのは、この商会所を創設した張本人の一人である、ドロシーだ。商会の責任者として、口頭試問を担当することになっているのである。

 祖母と試験場で対面するとはなかなか不思議な感覚だが、アンジェリアはとにかくしっかり受け答えをしようと気を引き締めた。

「トリスタさんのお店で経験を積んだとのことですが、仕入れ作業では主にどんなことをしていましたか?」
「商品の在庫確認から始まり、仕入れ先の方々への連絡、そして搬入をしていました」
「そうですか。仕入れ先とのやり取りで学びはありましたか?」
「はい。文字を通しての意志疎通のため、具体的な言葉選びの重要性を──」

 そうして、問答は続いていく。トリスタの店を手伝った約五か月で身に付いたことを中心に、複数の応酬が重ねられた。そしてその後、試問は商業計画書の内容に移行することとなった。

「ここからは、私が担当します」

 ドロシーに代わり、祖父ユルゲンが口を開く。

「は、はい」

 アンジェリアはごくりと息を飲んだ。実を言うと、最も不安に感じていたのが商業計画の口頭試問なのである。

「合格したら正式に商品を売買することができますが、商品はどのように仕入れる予定ですか」
「初めのうちは、実務を通して知り合った方々の伝を辿って仕入れるつもりです」

 トリスタの仲介もあって、アンジェリアは何人かの芸術家達から商品を預かり、売る手筈が整っていた。その商品を携え、ルシェル近郊だけでなく国内の様々な場所を練り歩くことになっている。

 大規模展開をしていない芸術家も多くいるが、彼らにとって、アンジェリアのような形式を持つ商人と連携することは己の商業網を広げることに繋がった。

「では次の質問に移ります。将来は店を構えたいようですね。それまでの道程を、今考えているもので構いませんので話してみてください」
「はい。最初の一、二年は国内を巡ることに集中したいと思っています。そこで新たな職人の方々と知り合い、人間関係を広げる予定です」

 アンジェリアは言葉を続ける。

「三年目以降は、活動の拠点を決めたいと考えています」

 王国南部に位置するルシェルか、土地勘のあるフォード伯爵領か、あるいは国内の他の場所にするのか。場合によっては、国外に移動する可能性もあるだろう。それは、商売を始めてからの人脈形成や資金づくり、売上などの様相を見て考えることにした。

「そして様々な経験を積んだ五年目頃に、自分の店を持つ。これが現在考えている道程です」
「なるほど」

 ユルゲンは顔色を変えず、手元にあるアンジェリアの商業計画所に視線を落とした。そしてその他複数の質問をし、書類を机の上に置く。

「ありがとうございます。以上で、質問を終了します」

 その言葉を聞いた途端、体の力が抜けそうになった。ひとまず、やり切った。頑張った。アンジェリアは深呼吸をした。

 しかし、まだ部屋を出ることはできない。この後すぐに、試験官からの講評があるのである。
 彼女は試験官達の口が開かれる時を、固唾を飲んで待った。
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