伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
100 / 134
番外編 アンジェリア・フォードの人生

第十二話 新たな旅路へ

しおりを挟む
「軽くではありますが、現時点での所感や助言等を述べます」

 口頭試問を一通り終えた後も、まだまだ気の抜けない時間は続く。

「はい」

 アンジェリアは改めて姿勢をただした。その表情には、再び緊張の色が戻っている。そんな中、ドロシーが口を開いた。

「実務に関しては、概ね問題ないと思います。学んだ点についても、商人として大切なことを理解できていました」

 ただ、と彼女は付け加える。

「仕入れ現場の経験が少ないですね」

 ドロシーが言っているのは、仕入れ先に実際に足を運び、交渉を重ねる場面のことだ。学舎の講義で勉強はするが、アンジェリアが参入する、芸術分野に特化した経験は積めない。

 ほとんどの商人が使う一般的な交渉術ではなく、画家や陶芸家達との対面でのやり取りをどのように進めていくか。それを理解しておくことも大切だ。学舎の教育課程以外に、見習い商人達が自分の専門領域の先輩商人のもとで手伝いを始める理由の一つはここにある。

「ですが今後は必然的に現場経験が多くなるでしょうし、やりながら学んでいけば良いとは思いますよ」
「は、はい。頑張ります」

 アンジェリアの返事の後、今度はユルゲンが口を開く。

「次に、商業計画ですが」

 彼の瞳が、鋭く光った。そこに、孫を甘やかすような視線は無い。

「国内を練り歩き、人脈形成を行うとのことでした。しかし、そう簡単に連携を取らせてもらえない人々もいます」

 ルシェルのように、各地には大抵商会がある。そしてそこには数多の商人が所属している。同様に、職人達も組合を持っていることが多い。取り決めや利害関係によっては、アンジェリアの交渉が受け入れてもらえない可能性は十分にあるのだ。

「連携が無いことはすなわち、商品が増えないことに繋がります。もちろん、売上にも大きく影響する」

 ユルゲンは、若き見習い商人に諭すように告げた。

「行商人として国内を練り歩くと話していました。最初のうちはなかなか売れないことが予測できますが、生活のことはよく考えておいた方が良い」

 例えば、と彼は言う。

「売れない日が続き、明日どこかに泊まる金銭的余裕も無い──そんな時、寝床はどうなると思いますか」
「え、ええと……野宿、でしょうか」

 アンジェリアが答えると、ユルゲンは静かに頷いた。

「行商人ですから、通常時は護衛を引き連れることになるでしょう。しかし、お金が無ければ彼らを雇うこともできない。この危険性が分かりますね」
「……はい」

 残酷な現実が、まざまざと目に浮かぶようだった。かつて同じ商人として苦しい時期も経てきたユルゲンとドロシー。彼らの言葉は一言一句、アンジェリアの心に深く入り込む。要するに、重みが違った。

「あなたには、起こり得る事態を理解しておく必要があります。そして、その対策も取る必要がある」
「はい」

 神妙な面持ちで頷くアンジェリア。

 憧れは時に、己に光だけを期待させる。希望を持つという意味を履き違え、何の対処もせずに荒波に飛び込んだ者の末路を、ユルゲン達はこれまでたくさん見てきた。だからこそ、これから旅立つ者達には同じような失敗をしてほしくない。

 華やかな世界の裏側を見ろと言うと、未来に心踊らせる者にとっては酷に感じるかもしれないが、逆なのだ。夢を掴んでほしいから、成功の周囲にある多くの失敗を見させるのである。

 かつて聞いたことがある。歴史は未来への教訓だと。ユルゲン達は今ここで、それを体現しようとしていた。

「……とまあ、厳しいことを言ってしまったかもしれないが」

 彼はふいに、柔らかな笑みを浮かべる。

「憧れの生活に近付いていくのは、非常に楽しい。これからも、頑張りなさい」
「はい!」




 翌日、商会所から合否結果の通知書が届いた。慎重に封を開け、目に飛び込んできたのは──。

「ご、合格……!!」

 アンジェリアは満面の笑みで、拳をぐっと握り締めた。これで遂に、正式な商人の仲間入りだ。

 彼女ははやる気持ちを抑えつつ、商会所へ向かった。販売許可証を発行してもらうためである。

「アンジェリアちゃん、おめでとう!」

 商会所に辿り着いたアンジェリアに、モニカが言う。

「ありがとうございます!」
「販売許可証よね?ちょっと待ってね」

 受付の奥へ向かったモニカ。その時、後ろから見知った声が聞こえた。

「こんにちは」

 商会の皆に挨拶をしながら入ってきたのは、この一年間共に励んできたキーランである。アンジェリアがはっと振り返ると、目の合った彼は嬉しそうに笑う。二人は近付くなり、互いに手をかざした。パンッ、と威勢の良い音が鳴り響く。

「おめでとう、キーラン」
「アンジェリアも、おめでとう」

 二人して満面の笑みである。受付の奥からその様子を見たモニカは、二人分の販売許可証を手に戻った。

「はい。二人とも、これで正式な商人ね」
「「ありがとうございます!」」

 こうして彼らの見習い商人生活は幕を閉じ、新たに行商人の旅路が始まろうとしていた。



 無事に正式な商人となったアンジェリア。彼女の暮らす家ではまさに、その祝いが行われていた。

「おめでとーう!」

 ユルゲンの伸びやかな声が響くと共に、拍手が沸き起こる。アンジェリアとキーランは、互いにはにかんだ。

 テーブルの上には、豪勢な食事が並んでいる。丸々と焼いた鶏肉や山菜の盛り合わせ。それから、木苺のケーキ。ユルゲンとドロシーが若き商人の誕生を祝して、腕を振るったのだ。

「俺も呼んでもらえて、嬉しいです」

 肉を取り分けた器を持ちながら、キーランは口を開いた。商会所でアンジェリアと会った時、話を聞いたのである。

「キーラン君はアンジェリアと同期だし、私達にとっても孫みたいなものだからね」
「そうそう。遠慮せず、たくさん食べてね」

 ユルゲンとドロシーの言葉に頷くと、キーランは早速鶏肉にかぶりついた。

「じゃあ、私も」

 美味しそうに頬張るキーランを横目に、アンジェリアも山菜を取り分ける。

「ん、美味しい!」
「それは良かった。まだまだあるからね~」
「やった!」

 わいわいと食べ進める一同。賑やかな空間の中で、ユルゲンは尋ねた。

「キーラン君は、食品配達で各地へ向かうんだったね」
「はい。両親のいるスプラウト公爵領をまず経由して、ぐるっと王国をまわる予定です」

 ここルシェルは、南部にあるスプラウト公爵領の左方に位置する。間にいくつかの町を挟んでいるため距離はあるが、商人になったことの報告を兼ねて、実家へ顔を出すようだ。

「アンジェリアも、マルセル達に顔を見せに行くかい?」
「うん、その予定」

 するとドロシーが口を開く。

「ということは、キーラン君と同じように反時計回りに王国をまわることになるのかねぇ」

 フォード伯爵領があるのは、トリジア王国の東部。ルシェルから出発すると、自ずと経路は決まってくる。

 キーランはふと、アンジェリアを見た。

「……一緒にまわるか?」
「え?」

 てっきりキーランとは別れるものだと思っていたアンジェリアは、食事の手を止めた。そんな彼女に、キーランは付け加える。

「護衛にはならないかもしれないが、同期の男がいたら少しは安心できるだろうと思って」

 その言葉に、ユルゲンとドロシーも頷いた。

「慣れない旅路でも、キーラン君と助け合えば良いんじゃないかい?」
「心強いだろうね、きっと」
「そ、そっか。確かに。どうせ方向は一緒だし」

 じゃあ、とアンジェリアはキーランに向き直る。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」

 学舎を出ても、何だかんだ縁は続くらしい。二人は今後の旅の仲間に向かって、互いに頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

⚪︎
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら

Rohdea
恋愛
婚期を逃し、没落寸前の貧乏男爵令嬢のアリスは、 ある日、父親から結婚相手を紹介される。 そのお相手は、この国の王女殿下の護衛騎士だったギルバート。 彼は最近、とある事情で王女の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継いでいた。 そんな彼が何故、借金の肩代わりをしてまで私と結婚を……? と思ったら、 どうやら、彼は“お飾りの妻”を求めていたらしい。 (なるほど……そういう事だったのね) 彼の事情を理解した(つもり)のアリスは、その結婚を受け入れる事にした。 そうして始まった二人の“白い結婚”生活……これは思っていたよりうまくいっている? と、思ったものの、 何故かギルバートの元、主人でもあり、 彼の想い人である(はずの)王女殿下が妙な動きをし始めて……

それは報われない恋のはずだった

ララ
恋愛
異母妹に全てを奪われた。‥‥ついには命までもーー。どうせ死ぬのなら最期くらい好きにしたっていいでしょう? 私には大好きな人がいる。幼いころの初恋。決して叶うことのない無謀な恋。 それはわかっていたから恐れ多くもこの気持ちを誰にも話すことはなかった。けれど‥‥死ぬと分かった今ならばもう何も怖いものなんてないわ。 忘れてくれたってかまわない。身勝手でしょう。でも許してね。これが最初で最後だから。あなたにこれ以上迷惑をかけることはないわ。 「幼き頃からあなたのことが好きでした。私の初恋です。本当に‥‥本当に大好きでした。ありがとう。そして‥‥さよなら。」 主人公 カミラ・フォーテール 異母妹 リリア・フォーテール

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

処理中です...