伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編 アンジェリア・フォードの人生

第十三話 支え

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「そうだ。私、何か手伝おうか」

 食事が終わり、食器を片付けながら二人は話を続けた。

「同行してくれるなら、お返ししたいなと」
「いや、良い。道中じゃ、お互い様になるだろうしな」
「そう?でも……」

 浮かない顔をするアンジェリア。どうやら納得がいっていないらしい。そこでキーランは、打開案を提示することにした。

「それなら、宿舎の解約と荷造りを手伝ってもらおうか」

 明日と明後日は、これまで一年間利用した宿舎の退去作業に費やす予定だ。おそらく人手が要る。そう聞くと、アンジェリアは表情を明るくした。



 翌日。太陽が真南にはまだ来ない時間帯に、ルシェルのとある宿舎には二人の男女の姿があった。

「アンジェリア、この服そっちに置いてもらえるか」
「了解」

 協力して室内の家具やら衣類やらを一か所にまとめる。荷造りという意味もあるが、部屋の掃除をしやすくするためでもあった。

「そこの棚は?」
「運ぶが、大丈夫か?重いぞ」

 もともと無愛想な人とはいえ、声色からは不安がありありと伝わってくる。アンジェリアは彼を安心させるように笑ってみせた。

「平気平気!元令嬢だけど、意外と走り回ってたんだ」

 おそらく、一般的な平民と然程変わらない体力は持ち合わせている。

「よっ、と」

 空になった棚なら運べないことはないだろうと、ゆっくりと持ち上げるアンジェリア。予想よりは重かったものの、少しずつ足を動かす。

 そんな彼女を、キーランはじっと見つめていた。無論、怪我をしそうな時、すぐに助けられるようにである。

 この一年間接してきて分かったが、彼女には、無理に平民であろうとする節がある。今もそうだ。令嬢として見られるのが嫌なのか、力仕事も進んで行っている。

 手伝いに来させたのは自分なのだが、元々は忘れ物の確認や、必要な解約手続きの補助をしてもらうつもりだった。家具の移動を手伝わせるつもりは無かったのである。

 ところが宿舎にやって来た彼女は、早々に家具の移動の手伝いを申し出た。商人になったからには力仕事もできなければ、と思っているのかもしれない。

 もちろん商売は体力勝負だが、キーランは心配だった。しかしアンジェリアの性格上、それをはっきり言ってしまえばさらに強がるだろうことは想像に容易い。こうして後ろからそっと見守るというのが、今のところ最良なのである。

 そんな彼の視線は露知らず、アンジェリアは黙々と退去作業を続けた。

「キーラン、この袋は?」
「それは捨てるものだ。宿舎の外に回収箱があるから、持っていってもらえると助かる」
「分かった」

 アンジェリアは階段を降り、宿舎の外へ出た。回収箱と書かれた板が張られている箱を見付け、袋を中に置く。その時ふと、遠くの方で大声を出している人物が目に入った。その周りには、人だかりができている。

「どうしたんだろう」

 気になって近付いてみると、何かを配っているらしかった。

「号外、号外!誘拐事件発生だよー!」

 何やら物騒な言葉が飛び込んでくる。アンジェリアは配達人から一枚の紙を受け取った。

「王太子殿下の婚約者であるシャーロット・フォード伯爵令嬢が誘拐され……って、え!?」

 思わず目を見開く。
 姉の名だ。

 まじまじと文面を見つめる。王太子と婚約したことは知っていた。最後に伯爵領に帰ったのは三か月以上前だが、これまで何度か手紙のやり取りはしていたからである。

 婚約の知らせが届いたのは確か、二か月前のことだ。祝いに帰ると返事はしたが、姉は公共事業で忙しくしていたこと、そして「また結婚の時にでも」という姉からの言葉、さらにアンジェリア自身商人認定審査の準備に励みたい時期だったことが起因して、帰省は先延ばしになったのだった。

 それはそうとして、重要なのはこの先だ。

「ゆ、誘拐って……!」

 どういうことだ。姉は無事なのか。犯人は一体──。

「アンジェリア?」

 はっと振り向くと、追加で捨てる物を持ってきたらしきキーランが立っていた。

「キーラン!どうしよう、どうしたら……っ」
「……何があった?」

 狼狽えるアンジェリアの様子からただならぬ事態を察知したのか、彼は静かにそう尋ねた。

「お、お姉様が誘拐されたって……!」

 混乱しつつそう話す彼女。キーランは瞬時に思考した。

 ユルゲンは、伯爵家の当主だった。その家に生まれたアンジェリアは、伯爵令嬢ということになる。当然、彼女の姉もだ。貴族社会の問題に巻き込まれでもしたのか、今危機に瀕しているらしい。

「とにかく、一旦ユルゲンさん達に知らせよう。動くのはその後だ」
「う、うん」

 アンジェリアに落ち着けと言うのはやや無理があるこの状況。キーランはひとまず彼女と共に、ユルゲン達のいるであろう商会所へ向かうことに決めた。



「誘拐、か」

 ユルゲンは息を切らしてやって来たアンジェリア達から事情を聞くと、重々しげに呟いた。何があったのか分からないが、王太子の婚約者であることは大きな要因のように思われる。

「それで、新聞には何て書いてあるんだい?」

 ドロシーの一言で、皆の視線は机の上に置かれた号外に注がれた。学舎にて識字能力を強化させたおかげで、キーランでも内容は理解できる。

「ええと……『王宮前の大通りにて突然消えた伯爵令嬢。その直前では、何者かに腕を引っ張られたと思われる姿が目撃されている。王宮警備隊が出動し、各地を捜索中』だって」
「検問も強化されているようだな。国中を大捜索し始めたとなると……マルセル達も加わっているかもしれない」

 ユルゲンは顎に手を当てる。

 おそらく関係者は皆王宮に集い、作戦会議を行っているはずだ。となると、息子夫妻は伯爵邸や王都のタウンハウスにはいない可能性が高い。捜索に合流する手もあるが、今から馬車で王宮に向かうと丸一日はかかる。

 ユルゲンとドロシーは、顔を見合わせた。

 移動の負担を心配しているのではない。二人は予感がしていたのだ。おそらく、到着する頃には事件が解決しているだろうと。

「捜索は王宮警備隊が行うと書かれているが……王家の暗躍部隊も出動するだろうな」
「そうだねぇ……隊長候補のニール君と、殿下の侍従のハリス君もいるし」

 ユルゲンが伯爵家当主を引退する前までは、社交界での関わりは無かった。何せニールは当時八歳、ハリスに至っては生まれてすらいなかったからだ。

 しかし今でも付き合いのある貴族仲間と会う際に、社交界の動向や彼らに関する情報は耳にしていた。そして数か月前──偽造貨幣事件の報告をしに王宮へ向かった時、遂に対面したのである。

 事件が一段落した際、国王夫妻のとりなしもあって様々な人に挨拶をした。その中に、王太子の侍従ハリス、そして王宮警備隊隊長候補のニールも含まれていたのだ。

 二人とも噂で聞く限り、かなり腕のある人物だと分かっていたが、実際に会ってみて実感した。ニールの方はちょうど剣の模擬対戦をしていたところであり、その身のこなしに感心したのを覚えている。

 ユルゲン自身も、かつて剣の特訓をしていたからこそよく分かった。無駄のない動きに、相手の攻撃を軽々といなす剣捌き。次期隊長とされる所以が、その一戦で如実に現れていた。

 ハリスの方は、王太子の斜め後方でじっと控えていたことが印象的だった。寡黙な男のようで、挨拶を交わした時も静かに一礼をすると、スッと下がっていく。

 特に気にかけることなく接すれば、一般的な侍従や執事と大差ないようにすら思えるが、ユルゲンは知っていた。貴族仲間からの情報で、ハリスが代々王家と繋がりのある暗躍家系の出身だと聞いていたのだ。隠密行動が得意であり、もし情報収集の標的になれば一貫の終わりだと、密かに評される人物だった。

 そしてその真実性を、ユルゲンは挨拶の時に知ることとなる。音もなく歩いたり、いつの間にかいなくなっていたり。かつて伯爵家当主として何人かの警備を雇った経験もあるユルゲンにとっては、ハリスの能力の異常性がよく理解できた。

 国王夫妻から「今回の偽造貨幣事件をきっかけとして、迅速に巨大裏組織の幹部の情報を掴んだのは彼だ」と教えられた時は、王太子と同様、若いながらにすでに手腕を振るっていることに驚いたものだ。

 こうしてユルゲン達は、ニールとハリスという人物の有能さを知った。

 王太子の婚約者であるシャーロットが誘拐されたとなれば、当然侍従のハリスも、そして王宮警備隊の一員であるニールも捜索に加わることだろう。さらに、噂に聞けば王太子の付近にはルーサー・スプラウト公爵子息もいる。将来は殿下の右腕になるだろうと評されている男だ。彼もおそらく、活躍するはずである。

 捜索隊に大きな不安は無い。しかし、とユルゲンはアンジェリアに視線を移した。

「……ひとまず、タウンハウスに向かおうかね」

 彼女にとってシャーロットは、紛れもなく大切な姉。助かる姿を見るまで、動揺を落ち着かせることなどできまい。

 それに、タウンハウスには末子のウィルフレッドもいるだろう。使用人と一緒に待っているとはいえ、家族が皆不在で寂しがっているかもしれない。昔から我が儘を言わない子だ、大いにあり得る。

「早速準備をしよう。キーラン君も、一緒に来てくれないか」
「お、俺もですか。でも貴族様のところになんて、迷惑をかけるんじゃ──」

 その時、ドロシーが静かに言う。

「あんなに不安そうな顔をしているアンジェリアの、支えになってやってほしいの」
「……!」

 キーランはちらりとアンジェリアを見た。今にも泣きそうな表情で、荷物の準備を始める彼女の姿。ドロシーに視線を戻したキーランは、大きく頷いた。
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