伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編 アンジェリア・フォードの人生

第三十四話 邂逅へ

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 それから約二か月の月日が流れた。

「ヴァレリアさん、お久しぶりです!」

 絵画が無事に全て売れ、アンジェリアは再びアトリエに赴いていた。

「良い報告がありますよ」
「え!?やった、嬉しい」

 相変わらず楽しそうに制作に励んでいたヴァレリアが、隅に置いてあるテーブルセットに飛んできた。

「で、どうだったの?」

 目を輝かせて話をせがむ彼女。アンジェリアはそんな期待に応えるように、口を開いた。

「実はトリジア王国内の貴族の方々にも、少しずつ売れ始めまして」

 およそ二か月前、トリジア王国に戻ってすぐの頃。アンジェリア達はリネル侯爵子息と偶然出会った。そこで彼女は子息に、ヴァレリアのことを社交界へ広めてもらえないかと頼んでおいたのである。

 結果として元々彼女と面識がある者を始めに購入の輪が広がり、すでに次の仕入れを待っている者も現れている状況だ。

「本当に……!?夢みたい」
「ヴァレリアさんの絵画が魅力的だからですよ」

 頬を上気させるヴァレリアに、アンジェリアは微笑みながらそう言う。一連の報告と今後の戦略を話し終えると、彼女はやる気に満ちた表情で立ち上がった。

「早速制作、再開しようっと」

 しかしふと、アンジェリアへ疑問を投げ掛ける。

「そういえば今日、ミランダさんは?いつも一緒に来てるのに」
「え?あ、あー、そうですね……」

 愛想笑いを浮かべるアンジェリア。

「ちょっと、買い物に出かけてます。護衛用の服とか、新調したいんじゃないんですかね」
「そうなんだ!」

 そのままキャンバスの前に座ったヴァレリア。大して怪しまれなかったようだ。アンジェリアは隠れてほっと息をついた。

 そして追加の絵画を取りに向かいながら、窓の外へちらりと目を遣る。外の道の角を曲がったところには、ミランダ、そしての姿があるのだ。




 遡ること、約三十分前。

「アンジェリアさん、あそこ……誰か立ってませんか?」

 ヴァレリアに会うためにアトリエへ向かっていた二人。すぐそこの道を曲がれば目的地に辿り着くという時、彼女達の目に何やら不審な様子の若い男が映った。

「だ、誰なんでしょうか」
「見たところ貴族ですよね」

 一旦立ち止まり、後方から男を観察する。アトリエの方をちらちらと覗きつつも、敷地内へ入ろうとする動きは見せない青年。もしや彼女の作品を見に来た客人だろうかと思った二人は、意を決して声をかけてみることにした。

「あ、あの……アトリエに、何か御用でしょうか」
「えっ」

 背後から尋ねられた男が、ぱっと振り返る。そして慌てたように口を開いた。

「い、いや、その、怪しい者ではなく……!」

 ええと、と口ごもる彼。その話し方や言葉を聞き、アンジェリアはこの男性がトリジア王国出身者だと察した。そして彼女の脳内に、とある名が浮かび上がる。

「もしかして、パトリック・トンプソン伯爵子息様でしょうか」
「……っ、どうして、僕のことを」

 瞠目したパトリックに、アンジェリアは告げた。

「アンジェリアと申します。ヴァレリアさんの絵画を売る商人で、彼女からご家族のお話は伺っていました」

 それから彼女は、姉がシャーロットであることや、パトリックが以前アトリエを訪れていたのを聞いたことを伝えた。

「……お恥ずかしい限りです」

 一通り言葉を交わした後、彼は呟く。

「実は妹の絵画は、カーティス様の家を訪ねた時に見せてもらいまして」

 カーティス・リネル侯爵子息とパトリックは以前から交流があった。互いにシャーロット達の仕事仲間であることから、その関係がさらに深まったという。

「それで、もう一度ここへ来てみようと思い至ったんです。でもいざアトリエに辿り着くと、躊躇してしまって」

 これでは前と同じだ、とパトリックは困ったように微笑む。その表情は、己の情けなさを歯がゆく思っているように感じられた。

 背中を、押せるかもしれない──アンジェリアは直感で、そう思った。

「少し、待っていてください」
「え?は、はい」
「ミランダさん、伯爵子息様と一緒にいてもらっても良いですか?」
「分かりました」

 二人を残し、アンジェリアはアトリエの玄関口へ向かった。




 ──というのがしばらく前の出来事だ。ここから、アンジェリアの腕が試される段階に入る。

 以前のように次の作品を見繕いながら、彼女は何気ない風に口を開いた。

「トリジア王国の貴族の中では、リネル侯爵子息が最初の購入者でした」
「そうなんだ!懐かしいな」

 今度お礼の手紙を出さなきゃ、と話すヴァレリア。令嬢時代の知り合いの名が出たことで、当時の様子を思い浮かべているようだ。

「リネル侯爵子息様とは、お兄さんを介して知り合ったんですか?」
「そうそう。二年くらい前に、お兄様と一緒に彼の家のパーティーに招待されて」

 元々子息と付き合いのあった兄に付いていく形で参加したらしい。

「あの二人は私が実家を出る頃も割と交流があったみたい。たぶん、今もね」

 ここだ、と思ったアンジェリアは、すかさず話を差し込むことにした。

「そういえばお兄さんは、リネル侯爵子息様からヴァレリアさんの絵を見せてもらったそうですよ」

 その瞬間、筆を走らせていたヴァレリアの動きが止まった。やはりまだ早かっただろうか、と一瞬焦ったアンジェリアだったが、落ち着いて言葉を続ける。

「姉から聞きましたが……お兄さん、以前ここに来ていたみたいです」
「え……?」

 手を止めた体勢のまま、視線だけアンジェリアへと寄越すヴァレリア。その表情は、困惑に包まれている。無理もない。以前アンジェリアがヴァレリアに送った手紙には、姉がトンプソン伯爵子息からヴァレリアの話を聞いていたらしいとしか書かなかったのだから。

「来てたなんて私、知らなかった……」

 一体どういうことだと言わんばかりの様子に、アンジェリアは窓の外へと顔を向ける。ここから先は、ヴァレリア自身が彼と直接やり取りすべきだろう。

 すたすたと玄関へ向かい、アンジェリアは扉を開けた。ヴァレリアを視線で促すと、彼女は怪訝そうに屋外へ出る。そして──。

「お、お兄様……!?」

 数メートル先に立つ兄と顔を合わせ、ヴァレリアは目を見開いた。
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