伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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番外編(二) 護衛達の道筋

第一話 過去へ

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 ミランダがまだ十歳かそこらだった頃のこと。故郷に伝染病が流行した。

 毎日のように村の者達が倒れていく様を見て、彼女はどうすることもできなかった。原因が分からないまましばらくの月日が経ち、留まることを知らない流行り病は遂に、彼女自身にも無惨な経験をさせることになる。

「お父さん……っ!」

 軽々とミランダを持ち上げて遊びに付き合ってくれたかつての快活な父親。今はもはや、その面影すら無い。

 寝込む父の腹の上下運動によって、辛うじて生きていることを確認していたミランダは、ある朝その運動が止まっていることに気が付いた。

 近頃は声を出すこともままならないほどだったが、息があることで安堵していた日々。それが静かに、されど確実に爪痕をもたらしながら、ミランダから奪い去られた。彼女が家族の死を経験するには、あまりにも早かった。

「お母さんまでいなくなっちゃうなんて……」

 母親は父の後を追うように伝染病の餌食となって、天国へと旅立った。それだけでは飽きたらず、ミランダの親戚は皆この世から去っていってしまった。彼女に、引き留める術すら与えることなく。

 元凶が依然として猛威を奮っている中で少女は、しばらく辺りを彷徨った。食料を探すためである。

「あれなら、食べられるかも」

 母親がしていたのを思い出すように、彼女は木の実を採り、口にした。甘酸っぱい味がした。家族が亡くなり、感情がすっぽりと抜け落ちたような状態の彼女には、己の味覚が残っていることが不思議にすら思えた。結局、木の実は数個食べて止めた。

 他の人間もまた、同じような状況だった。家族や友人を亡くした者達は、互いに生き残った者達を支え合った。見知らぬ人が家族の埋葬を手伝ってくれた時には、少しだけ、温かな感情が戻ったような気がした。

「町に行ったら……生きていけるのかな」

 元凶がようやく収束を見せたある日、ミランダは呟いた。

 毎日数個ずつ食べていた木の実はかなりの量があるように見えたが、実を作る速度よりも摘まれる速度の方が早かったらしい。すでに葉や枝のみになっていた。

 近くには川がないため、魚を捕ることができない。狩りのやり方を知らない彼女は、獣を捕まえることも困難だ。今後もこの世界に身を置くのならば、どうにか他の場所へ行って食べ物を確保する必要があった。

「……」

 ミランダは立ち止まり、家の方へ目を遣る。家族と共に楽しい生活を送っていた大切な場所。亡くなってからは一人で、両親の使っていた布団にくるまり夜を明かした場所。町へ行けば、あの家を離れることになる。もちろん、家族の埋葬地とも離れてしまうのだ。

「いっそのこと、死ぬまでここに居続ける選択肢を取りたかったな……」

 ぼんやりと、そんなことを呟く。

 それでもミランダが町へ向かう決心をしたのは、生きたいという強烈な意志によるものではない。死への恐怖ゆえであった。

 両親の死にゆく姿を目の当たりにした彼女には、自分も同じ道を辿ることが怖かった。衰弱し、歩くこともできなくなって、手の力、表情筋、呼吸をする気力までも消えていく様。それを荒廃しきったこの地で、たった一人で迎える勇気がなかっただけなのだ。

 そして彼女は、町へ歩みを進めた。天涯孤独となってから半年程が経っていた。数日かけて辿り着いた後は、物乞いをして過ごした。そんな日々が数か月続いた頃、彼女はある男に出会う。

「君、どうしたのかな」
「食べ物をください」

 見上げながらそう言うと憐れんでくれる者は一応いるが、多くの者は嫌な顔をするか、目を背けてそそくさと去っていく。

 ところが男は、にこりと笑った。

「食べ物ならたくさん分けてあげよう。うちに来てくれるならね」

 今思えば、この文句は怪しいことこの上ないと分かる。それでも飢餓の前に、防犯意識など塵となって消え去っていた。

 三食きちんと与えられると聞き、彼女はすぐに決断した。頼りにできる大人がいなかった当時。今にも倒れそうな状態で食料確保の目処が立ち、初めて生きたいと思えた。




「ここが、君の新しい生活拠点だ」

 連れていかれたのは、倉庫のような建物だった。中にはすでに複数の子供達がいた。ミランダより年少の者も、少し年上と思われる者もいた。共通しているのは、何らかの作業をしていることだ。各々衣類を畳んだり、掃除をしたり、植物の葉を茎から取ったりしていた。

「ここは……?」
「また今度、詳しい説明をしてあげよう。子供達を養育する場所だと思ってくれて良い」

 彼はそう言うと、子供達に向かって声を張り上げる。

「皆!集まってくれ。食事の時間だよ」

 すると、どこからともなく食器やら鍋やらを持った者達が現れた。

「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」

 食事らしい食事を取ったのは久しぶりだった。それからは毎日三食たっぷり貰うことができた。一か月ほどが経過した頃には、やつれた顔に血の色が戻り、肉付きも良くなった。

 そんなある日のこと。

「ミランダ、そろそろ運動を始めてみようか」

 健康状態が回復したと判断した男──名をイヴァンと言うらしい──が、ある日、彼女を倉庫の外へ連れ出す。そこで彼女は近くを走ったり、跳躍をしたり、狩りで使う槍を投げたりした。その様子をイヴァンは近くで眺め「良い調子だ」やら「上手いね」やら、言葉をかけていた。

 ミランダが疑問を持ち始めたのは、それから一年が経過した頃だ。

「今日は少し、特別な技を教えよう」

 すでに体力が十分回復し、これまでに体験した運動も難なくこなせるようになったミランダを前に、イヴァンは言った。

「良いかい?ここが急所だから、攻撃されたらこう防ぐんだ」

 動作を交えて説明をされる中で、戦闘を前提としていることが気にかかった。

「あの、これは何の役に立つんでしょうか」

 思わず質問すると、イヴァンは思い出したように呟く。

「そうか、ミランダにはまだ詳しく話していなかったな」

 そして彼は、技の伝授の意味を──この倉庫に集められた子供達のやるべきことを、教え始めた。

「ここの管理人はコンラッド子爵様という方だ」

 イヴァンはその子爵に命じられて、ミランダのような身寄りのない子供達に声をかけているという。その目的は、彼らを子爵の束ねる組織の一員にすることだそうだ。

「要するに、ここは調査員や戦闘員の養成所ということだな」

 内容はあまり想像ができなかったが、ミランダにとってその響きは格好良く聞こえた。

「物乞いをするより、ずっと良い暮らしができる。それは君にとっても良いことだろう?」
「はい」

 当時の彼女は何の疑いを持つこともなく、その後も訓練に励んだ。拾ってくれた恩返しをするために、懸命に働こうという思いで。
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