伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
9 / 87
第二章 協力関係

第九話 少しずつ

しおりを挟む
「それじゃあ今日も、始めようか」

 王太子は微笑んでそう告げた。

 新規公共事業のための登城は三回目となり、緊張がかなり解れてきたこの頃。
 事業に関する話し合いが進み、計画は順調に立てられていった。
 それは良いのだが、問題は毎度行われる、男性恐怖症の克服タイムである。

 シャーロットは、目の前で両手を組んで優雅にソファに陣取る王太子をちらりと見た。

 相変わらず穏やかな表情を浮かべている。
 最近はそれに加えて、口角を上げて目を細めている状態がデフォルトになりつつあった。
 オノマトペを付けるならば、ニコニコ、だ。

 彼女はその瞳に、有興人の気がある親友と同じ光が宿るのを見て取った。

「お願いします」

 その光の理由は何であれ、協力には感謝しなければならない。
 シャーロットは恭しく頭を下げた。

「ここ、座って」

 そう言って、王太子は自身の隣をポンポン、と叩いた。
 シャーロットは、前回のように、見た者に誤解され得るような接触をされるのだろうかと身構える。

 するとそんな彼女の予想とは裏腹に、彼は組んだ両手をそのままに開口した。

「フォード伯爵令嬢の好きなことって何?」
「好きなこと……ですか?」
「うん」

 シャーロットは些か拍子抜けした。
 特訓の一回目、二回目ともに接触による克服を続けてきたが、今回はどうやら違うらしい。

「一番好きなことは、国内外の料理を食べたり調理を手伝ったりすることですね」

 やや戸惑いつつ、彼女は話を始めた。

「へえ、それなら現地に行くこともあるの?」
「はい。と言っても、数泊で往復できる国しか訪れたことはないんです。それ以外の国々の料理は書物で調べて、うちの料理人と一緒に試行錯誤しながら作っています」

 シャーロットが答えると、王太子は目を細めた。

 彼女が国内外の料理に興味を持ち、実際に料理人と作る場合もあることは、男性恐怖症の話と同様に、家族とナタリーしか知らない。
 彼らはシャーロットのすることに理解があり、かつ進んで応援する。

 しかし、皆が皆受容するとは限らないのが現状だ。
 貴族たる者、厨房に立つなどあってはならないという価値観を持った人物は多少なりとも存在する社会である。

 彼女の趣味の実情を聞き、眉をひそめる者が全くいないとは言えないのだ。

 社交界には滅多に顔を出さない彼女だが、一般常識はそれなりに認知している。
 自身の趣味を誰彼構わず話せばどんな反応が返ってくるか、理解していないわけではなかった。
 そのため、他人にこの話をするのは控えようと考えていた。

 それにもかかわらず、王太子には話をした。
 その理由は、シャーロット・フォードという人物が食べ物に釣られるということを、彼が察しているだろうからである。

 シャーロットは、症状の克服に対する彼の協力の続行を受け入れた。
 その決め手が林檎のタルトである上に、彼の仕事部屋では毎度お茶菓子を頂いている。しかも、追加の注文付き。

 聡明だと噂の王太子ならば、早々に察知していても何ら不思議ではない。

 食べ物に釣られることをすでに知っている人物に食の趣味を話しても問題はないだろう、というのがシャーロットの考えである。

 もちろん、受け入れてもらうことに越したことはない。
 しかし例え印象が悪くなっても、この事業が終われば今後関わることは滅多に無いのだ。
 大したダメージにはならないだろう。

 そうやって気楽に考えると、相手からどう思われるかではなく話の方に集中できた。
 そうなると徐々に、高潔な人物に対する緊張よりも、会話の楽しさが強まってくる。

 彼は今のところ、否定的な感情を表に出してはいない。
 心の中ではどう思っているか分からないが、眉をひそめていないことには救われた。

 それどころか、柔らかな表情で相槌もたくさん打っている。
 少なくとも、こちらの話を聞こうとしてくれているらしい。
 話す側からすれば、とても心地良い環境だ。

 シャーロットは、自身の頬がいつの間にか緩んでいるのを実感した。

「すみません、話し過ぎましたよね」

 彼の相槌しか聞こえないようになってから、随分経つような気がする。

「いや、聞いていて楽しいよ」

 嬉々とした表情から一転して目を伏せたシャーロットに、王太子は安心させるべくそう言った。

 当初から、彼女のどこか一線引いたような雰囲気を、王太子は感じ取っていた。

 受け答えはするものの、誘拐されかけたせいか、あるいは単に王太子という身分のせいか、よそよそしい所がある。
 まだ週に一度会うようになって三度目のため、当然といえば当然だ。

 しかし、彼女の症状を直すためにはある程度親密になっておいた方が良い。
 彼女に、男性といて楽しさを感じてもらうことが必要ではないかと考え始めたのだ。

 まずは、好きなことを聞く。そして他愛のない話を重ねる。
 ほんの少しでも彼女の笑顔を引き出すことができれば、今日のところは上出来だ。

 王太子は隣に座るシャーロットを見た。
 新緑の瞳は柔らかに細められ、口角は幾らか上がっている。
 最初よりは、緊張の色が弱まった感じがする。

 順調だな──王太子は彼女の話の続きを促しつつ、頬を緩めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

【完結】社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで

たまこ
恋愛
恋愛にも結婚にも程遠い、アラサー社畜女子が、溺愛×スローライフを手に入れるまでの軌跡。

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長 『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。 ノースサイド出身のセレブリティ × ☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員 名取フラワーズの社員だが、理由があって 伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。 恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が 花屋の女性の夢を応援し始めた。 最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。

最強と言われるパーティーから好きな人が追放されたので搔っ攫うことにしました

バナナマヨネーズ
恋愛
文武に優れた英雄のような人材を育てることを目的とした学校。 英雄養成学校の英雄科でそれは起こった。 実技試験当日、侯爵令息であるジャスパー・シーズは声高らかに言い放つ。 「お前のような役立たず、俺のパーティーには不要だ! 出て行け!!」 ジャスパーの声にざわつくその場に、凛とした可憐な声が響いた。 「ならば! その男はわたしがもらい受ける!! ゾーシモス令息。わたしのものにな―――……、ゴホン! わたしとパーティーを組まないかな?」 「お……、俺でいいんだったら……」 英雄養成学校に編入してきたラヴィリオラには、ずっと会いたかった人がいた。 幼い頃、名前も聞けなかった初恋の人。 この物語は、偶然の出会いから初恋の人と再会を果たしたラヴィリオラと自信を失い自分を無能だと思い込むディエントが互いの思いに気が付き、幸せをつかむまでの物語である。 全13話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

処理中です...