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ご令嬢のストーカーが…
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「アヤコザンニバニジベンバッテキイ゛デヌダボラァァァァッッ(亜夜子さんに何してんだって聞いてんだコラァァァァッッ)!」
怒声を上げた波路は私を庇っていた刀を構え直して間合いを詰めた。私達ですら押されたオラツォリスだった何かに対して、臆している様子は微塵も見せていない。いや、それだけじゃない。
得体の知れない何かと戦いながらも私に被害が及ばないように神経を使っていることがひしひしと伝わってきていた。
するとその時、波路の膝が急にガクンと脱力し体勢を崩した。私を含め波路の戦いに釘づけだった者から短い悲鳴が上がった。彼がやられたと思ったからだ。
しかし実際は違った。
何かの攻撃によってバランスを崩したように偽装していただけだった。つまりはわざと隙を作っていたのだ。まんまとそれに釣られた何かは不用意に波路の頭を狙った。
波路は鋭い眼光を先走らせると下段に構えていた刀を上に振り抜いた。何かは腹から鮮血を吹き出しながら地面に落ちた。ピクリと動く身体が生々しい死を物語っていた。
私はそうなってもまだ足を動かすどころか、事態を飲み込むことすらできていない。
そんな私を抱えると波路は他の『七つの大罪』が捕まっている方に距離を取った。その間も切っ先を何かの亡骸に向けている。倒した敵に対しても意識を忘れない…確か残心って言うんだっけ、などと茫然とした思考が辛うじてできる。
「亜夜子さん。怪我は?」
「…」
「亜夜子さん?」
「だ、大丈夫」
「良かった」
波路は私を優しく地面に座らせると、同じくらい優しい声音で言った。ここまでされても尚、私は普段の波路との違いに戸惑っている。
「他のみんなを助けますんで、少し待っててください」
すると持ち前の刀で皆を繋ぎ止めていた金色の鎖をまるで糸でも斬るように容易く外していく。混乱もあっただろうが『七つの大罪』の誰もが手をこまねいていた魔法の鎖を次々に破壊していく様子に再び驚かされる。
「えっと…アンタの名前は知らないけど、そっちの三人はウェンズデイに、イガルームに、ヒドゥンって言ってたな? 怪我は?」
「い、いえ。私は何とも…」
「それは良かった…さて」
そう呟いてから波路はこちらに向かって重々しい足取りで近づいてくるフィフスドルの顔を見た。フィフスドルは私を庇った時に胸を貫かれていて、その傷跡が今も残り、制服を赤く染め抜いていた。
彼はいつもと同じような朗らかな笑みを浮かべてから言った。
「ありがとうございます。僕も無事です」
「…それを無事と言っていいのか?」
「ええ。このくらいは何ともありません。それが吸血鬼というモノです」
「なら、いいんだけど。それよりもまずはお礼だ。亜夜子さんを庇ってくれてありがとう、フィフスドル」
「ふふ。何とも妙な人ですね、礼と言うのは私達がする状況ですよ」
「亜夜子さんを助けてくれる奴は、みんな俺にとっては恩人だ」
「そうですか」
二人の会話が落ち着くと、私も含めて解放された皆がよろめきながらも立ち上がって二人の下に集まり出した。トゥザンドナイルとオラツォリスを除けば、成績発表の時と同じような面々だ。
今のこの状況を思えば、波路がトップの成績で合格したという事に今更疑問を感じる奴はいない。
私は何かの死体に視線を送りながら波路に尋ねた。
「ねえ、オラツォリスは…死んだの?」
「殺しました。尤も俺はアレがオラツォリスだとは思えないですけど」
「え?」
波路の言葉の真意を尋ねようとしたが、そのまえに他ならぬ波路に遮られてしまった。こうなってもまだ心の余裕を持っていた彼はすぐに他の生徒や上にいる従者たちを助けようと言いだしたからだ。
その提案に異論を唱える奴はいなかった。波路はいつの間にかこの場の全員のリーダー格としての存在感を放っている。それがふつふつと悔しさとして心を満たしていくことに私は気が付いていた。つまりはようやく落ち着いて自分の置かれている状況を理解してきたという事でもある。
そうして私達が今までやっていたゲームの際に仕切られた陣地分け用のサークルを出た瞬間、私は突き飛ばされた。
「え?」
と、本当に反射的に声が出た。
何の抵抗もなく私の身体はフィフスドルにぶつかり二人して地面に倒れてしまった。尤も私はフィフスドルがクッションになってくれたおかげで大した衝撃は感じなかったが。
しかも突き飛ばされたのは私達だけではない。 ヒドゥンもウェンズデイも、イガルームもトゥザンドナイルも全員が波路の神懸った速さの突き飛ばしでほとんど同時に地面に転がっていた。
何故、波路がそんな事をしたのか。その答えはすぐに分かった。
後ろから魔法で狙い撃ちされた私たち全員を咄嗟に突き飛ばすことで守ってくれたのだ。波路は私たち全員を攻撃範囲から押し出した後、思い切りのけ反って回避をしている。そして片足で飛んで体勢を瞬時に立て直すと、敵に目掛けて鋭い視線を送った。
私達はそれにつられて初めて一体誰が攻撃を仕掛けてきたのかを確かめる。後ろには黒と濃い紫色の布地が折り重なったローブを身に纏い、まるでペストマスクのような仮面を被った人物がいた。そいつが今の攻撃を仕掛けてきたというのは、携えている杖に残留している魔力の気配から容易に見当が付いた。
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