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ご令嬢のストーカーが…
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しおりを挟む失意の私達は波路たちの姿が見えなくなったことでようやく行動を許された気になった。その時点でもう波路に気後れしている事の証明とはなってしまったが、そこはコォムバッチ校長の弁の通り、自分の不甲斐なさとして飲み込んだ。
私は『七つの大罪』の皆への挨拶もそこそこに、誰よりも先に足を踏み出してその場を去る事にした。正直言ってそれは強がりだし、見栄だし、虚栄だ。しかしそうでもしなければ私は押しつぶされてしまいそうだった。ここにいる悪魔たちに私の弱さを見せないことぐらいは叶えてやりたかった。
紆余曲折はあったが、今期の事実上の主席は私だ。気持ちを折る訳には行かない。
◇
「大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう、リリィ」
「いえ」
部屋に戻るとお手本のようにリリィが私を心配して、あれこれと世話を焼き始めた。眠気や空腹感や喉の渇きなど色々と不満はあったのだが、私は何はともあれお風呂に入りたかった。
「体が汚れちゃったから、またお風呂に入る」
「ご一緒します」
「うん」
リリィの申し出は有難かった。今は従者よりも友人として接してもらいたかったけれど、それは彼女が察してくれることを期待するだけで口にはしない。リリィのシャンプーテクが気持ちいいのは重々承知していたが、この時ばかりは自分の事は自分でやった。
やがて身体を洗い終わると私はリリィに言って二人で湯船に浸かった。
溢れ出たお湯がひとしきり流れ終わってしんっと浴室が静かになった時、私はリリィに、あるいは自分に言うような声で呟いた。
「…死ぬほど悔しい」
「私もです」
するとお湯の中でリリィが私の手をギュッと握った。友人としても、従者としても今の私にとっては最適解の行動だ。
だから手を握り返した後、私は自らの戒めも込めてリリィには今期の入学試験の本当の結果と、私が主席になった経緯とを言って聞かせた。もしもそれを聞いて私から離れるというのなら仕方がない。灰燼も残さぬだけだ。
そしてリリィは聞いてきた。
「恐れ多いことを聞いてもいいでしょうか?」
「そう聞くって事は波路の事ね」
「はい…」
「いいよ。今なら何を聞いても言っても大丈夫」
「あれだけアヤコ様に執心しているのでしたら、カツトシ・ナミチを従者にすることはできないのですか? アヤコ様にとっては不本意かも知れませんがアレを手元に置いておくのは上策です。今日のあれを見せられてしまっては…」
「確かにね」
それは至極尤もな意見だ。従者にすると言えばあいつは手放しで私に従ってくれるだろうと思う。そしてそれを公表してしまえば、この学年での私の地位は盤石なものになるだろう。まさかあの戦いっぷりを見て波路に刃向かう度胸のある奴がいるとは到底思えない。明日からはきっとあの手この手で誘惑し、媚びへつらっては波路に取り入ろうとする奴らで溢れかえることだろう。
私には私にしか切れないカードがある…けど。
「けど、それは最後の手段にしたい」
「どうしてですか」
私は小中学時代のアイツとの学生生活を思い出す。すると自然と苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
「今度、試しにアイツと過ごしてみる? ルールとか規則とかにめちゃくちゃこだわる奴なの。学校生活だけでもそうだったんだから、もしも傍にいたりしたら息が詰まって死ぬかもしれない」
「そう言えばストーカーである前に、学友でもありましたね。それがカツトシ・ナミチを避ける理由ですか?」
「もう一個あるけど」
「それは?」
リリィの質問は再び私の記憶中枢を刺激して、再度昔の記憶を呼び覚ました。すると今度は苦虫を噛み潰した以上に顔に皺ができる感覚を味わった。
それはいつかの中学校の体育での記憶。
照り付ける七月の陽ざしの下。
今にして思えば波路の身体は中々に筋肉質で日頃から鍛えているようにしまっていたかもしれない。それだけであれば確かに私の好みの体つきではある。だがその上にどうしたって無視できないものがあった。
腕、胸、背中、お腹、そして足。
全身を隈なく覆っていたという表現でも過言ではない気がする。私はそれをぶっちゃけた。
「いつかプールの日に見たんだけど…あいつさ、服の下メッチャ毛深いの。それがゴリラみたいで生理的に無理になった」
「あぁ、それはちょっと…」
リリィも毛深い男は好みではないのか、私の話に同意してくれた。
そんな事を言っていると、その記憶の嫌悪感と先ほどの演習場での屈辱の念とが入り交じり、若干の吐き気を催してきた。
私は肺いっぱいに息を吸い込むと頭の先まで湯船の中に沈んだ。
呼吸を止めている苦しさで、精神的な苦痛の鎮静を図っている。そして同時に、頭の中で明日からの復讐劇のシナリオを考えていた。
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