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エピソード1

貸与術師とキャリアウーマン

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 全員が各方面に散らばった後、ただじっとしている気にもなれずサーシャさんを連れて巡回をすることにした。すると、一年半前の出来事がフラッシュバックしてつい懐かしくなってしまった。

「すみません、サーシャさん」
「何がでしょうか?」

 そう言ってキョトンとした顔を向けてきた。相変わらず整った顔をしているので、思わず目を逸らしてしまう。そして気恥ずかしさを誤魔化すように返事をした。

「いや、こんな運び屋みたいな事を頼んでしまって」
「とんでもない。わたくしにこの翼があって良かったと誇るばかりです」
「それと、事務所を立ち上げるのに力を貸してもらってありがとうございました。ずっとお礼が言いたかったんですけど…」
「わたくしはそう言った事業関係が専門の法律魔導士を紹介しただけです。わたくし自身はこれと言って手を貸した訳ではありません」
「そうなんですけど――」

 ――気にかけてくれていた事が嬉しかった。そう伝えようとした時、打ち上げ花火が上がるような高い音が聞こえてきた。何事かと辺りを見回してみると、赤い蛍光色に光る煙が真っすぐに天に登って行くところだった。

「え、早!」
「まあ、あの面子であれば当然でしょうね」

 それにしたって、探し始めてからまだ十分も経ってないのに。

 すぐさまサーシャさんが俺の手を取り飛び上がると、煙を目指して羽ばたいていく。不謹慎ながら、今回は抱きかかえてくれないのか、などと考えながら空中散歩に勤しんだ。

 煙はケットビスのアパートの乱立する辺りから登っていた。近づいて煙の根元には夜に溶け込んでいるかのような漆黒のドレスに身を包んだタネモネさんが立っている。俺はサーシャさん共々に屋根に降り立つと、滑り落ちないように気を付けつつ駆け寄った。

「タネモネさん!」
「今、この通りで正体不明の傷害事件があった。心して見ていれば貴殿の言う通り、獣が一匹走り去っていった」
「それは今どこに?」
「ついてこい。我の分身が追っている」

 分身って何の事だ、と頭に過ぎったその瞬間。俺は肝をつぶした。タネモネさんの左腕が服ごと切り落されたかのように、すっかり無くなっていたのだ。しかし当のタネモネさんは痛がる素振りすら見せず、初めからそうだったかのような自然な態度で俺達を案内し始めた。

 俺は再びサーシャさんにぶら下がる形で追跡を開始した。どっちも人込みに紛れず、空を飛んで追跡できるのが非常に助かる。

 すると進行方向の更に先から、またしても蛍光色の煙が甲高い音と共に上がって行くのが見えた。

「また!?」
「しかも、わたくし達の向かう先ですね」
「丁度よい。一網打尽にできる好機であるな」

 タネモネさんの言う通り、上手く追い詰めることができれば被害を最小限に抑えられるかもしれない。

 鎌鼬を追いかけて、俺達は円形の広場へと出た。夜と言ってもまだ夕飯になるくらいの時間なので、人通りはかなりあった。肝心の煙は広場の中央にあるモニュメントが置かれた芝生から上がっており、その傍らにはラトネッカリさんがいた。

 見つけた鎌鼬はどこにいるのかを尋ねようとした時、広場にいた人たちの悲鳴が響き渡る この広場にいた鎌鼬と俺達が追っていた鎌鼬とが合流を果たし、つむじ風を巻き起こしたのだった。旋風は勢いを増し、小さいながらも竜巻にまで成長せんとしている。その上深刻だったのは、その二匹のがそれぞれ転ばし役と斬り役の鎌鼬だという事だ。近くにいた一般人たちも一斉に逃げ出しているが、余波を受けて身体を切られてその場に倒れる者が続々と現れている。

「嘘だろ…」

 俺が絶望色の声を出すと、耳に「任せてくれ」という頼もしい声が届いた。機械に覆われた左手を、ランチャーの照準を合わせるかのように突き出してはラトネッカリさんが前に躍り出た。

「どうするんです?」
「観察したところウィアードそのものに実体がなくとも、巻き起こしている旋風は現実のものだ。それなら方法はある」

 肩から腕にかけて連なった魔法紋章が続々と光り輝いていく。何かのメカを起動させたかのように思えた。すると左腕を螺旋状の雷が覆い、次の瞬間には鎌鼬が生み出したのと全く同じ竜巻が発生した。より正確に言うのなら、鎌鼬のそれとは回転の向きが逆だ。

 発生した竜巻を自分の意思で操れるのか、ラトネッカリさんは指揮でもするかのように腕を動かし、二つの竜巻を衝突させた。その刹那、轟音と暴風が辺りを駆け抜けていった。その後には、ぐったりと伸びた二匹の鎌鼬が残るばかりだった。

 俺はすかさず地面に転がっている鎌鼬を捕まえる。力を使い果たしたのか、まるで抵抗を示さなかったので助かった。

「おお、本当につかめるんだね」
「ラトネッカリさんも、すごいですね…あんな大風を」
「あのくらいの暴風を止めるのは『ランプラー組』にとって日常茶飯事なのだよ、少年」
「まさか十五分で二匹も捕まえられるとは思いませんでした」

 通行人たちは何事かと騒ぎ始めたが、ラトネッカリさんの姿とその魔法紋章を見ると、

「なんだ、『ランプラー組』か」

 と、全てを察したように元通りに戻っていった。

 サーシャさんとタネモネさんも駆け寄ってきて、俺の掴んでいる鎌鼬をまじまじと見つめている。するとタネモネさんの左腕に十数匹のコウモリが集結した。何事かと思えば、どんどんとタネモネさんに同化するように消えていき、遂には一本の腕になってしまった。
聞けばコウモリたちに見張りや探索をさせていたらしい。

 分身ってこういう事だったのか。流石は吸血鬼。

 俺がそんな感想を思ったところで、また甲高い音が広場に響いた。

「お、最後の煙が上がったね」
「マジか」
「行きましょう、ヲルカ君」

 言うが早いか、サーシャさんは俺をかかえて最後の煙の元に運んでくれた。今は鎌鼬を掴んで両手が塞がっているので、いつかのように抱かれる形になっている。あの時とは違って背中に柔らかい感触を感じながら鎌鼬を落とさないように、手に力を込めていた。

 俺達が最後の煙の元に辿り着くと、とある家の玄関前の階段に礼儀正しく直立不動で俺達を待ち構えているハヴァさんがいた。ヤーリンの姿はなかったが、今のが最後の煙だったからきっとすぐにでも駆けつけてくれることだろう。

 ハヴァさんは、まるでハウスメイドよろしく、その家の玄関を手で指して言った。

「こちらの家の方が、カマイタチを飼育しております」
「し、飼育?」

 予想外の報告に耳を疑った。何かの聞き間違いかとすら思ったが、ハヴァさんは表情をピクリとも動かさず平然と続ける。

「はい。先ほど伺ったお話から推察するに、三番目の薬を塗る位置のカマイタチなので気性が大人しいのではないかと」
「よくわかりましたね、鎌鼬だって」
「ヲルカ様が捕獲された先の二匹と見た目が酷似しておりましたので」
「え? だってこいつら捕まえた時、ハヴァさんいなかったですよね?」

 煙が上がった時間から、俺達がここに辿り着くまでの時間をどう計算したって都合がつかない。いつ、どこで、どうやって鎌鼬の姿を見たというのだろうか。 俺がそう尋ねると、ハヴァさんは無表情な顔と抑揚のない声の中に確かな自信を込めて、

「私達は『ハバッカス社』のギルド記者でございます」

 と、一言だけ述べた。

 正直何の説明にもなっていなかったが、強制的に理解させられてしまった。情報を重んじて、その扱いに長ける『ハバッカス社』のギルド員にとって、その場にいるかいないかなどは何の意味もなさない事なのだろう。噂でしか知らない『ハバッカス社』の実力の一端を垣間見た気がした。

 フェリゴの奴が入りたがるのも納得だ。

 ◇

 ハヴァさんとの確認が終わると、俺は言われるがままにその家を尋ねた。チャイムを鳴らすと、中年のオークが面倒くさそうにドアを開けてきた。
 するとオークは昼過ぎの俺と同じように、突然の来訪者の顔を順番に見て言う。

「なんだ? あんたら」
「あの、こちらの家にこんな動物がいるって聞いたんですけど」
 両手に抱えている鎌鼬を見せる。
「ん? ああ、トロスタちゃんの事か?」
 オークのおっちゃんは家の中を指差した。覗き込むとケージの中ですやすやと眠る鎌鼬の姿があった。まるで猫でも飼っているかのような穏やかさがあった。
「そうです。それ、ウィアードなんです」
「っは。何の冗談だ? 馬鹿馬鹿しい」
「いや、冗談とかじゃなくて」
「あんな大人しいコがウィアードな訳ないだろ」
「本当なんですって」
「いい加減にしろ。こんな時間に」

 取りつく島もなく、乱暴にドアが閉められてしまった。

 後ろの四人の視線が痛い。全員がなまじ優秀な働きをしてくれたものだから、なおさら示しがつかない様な気になってしまう。

「すみません…」
「いや、気にすることはない。貴殿はウィアード以外のこととなると年相応であるな」
「面目ないです」
「我に任せよ。ああいう輩は単純だ」

 タネモネさんは大きい胸を更に張って、つかつかと俺の前を横切っていった。もう一度チャイムを鳴らすと、オークのおっちゃんは先程よりも怒りの色を見せて扉を開けてくる。
「おい、いい加減に…」
「失礼する」

 ところが、想定していた相手ではなかったせいで面食らってしまった。それに付け入るかのように、タネモネさんは、一歩前進して家の中に入ってしまった。なんだかやり手の悪徳セールスの現場を見ている様な気がしてきた。

「な、なんだよ。アンタ…」
「先ほどは我ら『タールポーネ局』の若輩が無礼を働いた」
「はい?」
「そこな獣をウィアードなどと謀ってだまし取ろうとしてしまった」
「ああ…」
「実はさる要人の飼われていたペットが逃げ出してしまってな、我らはその獣を必死に探しておったのだ。どうであろうか、少ない時間とは言え貴殿の世話になったのだから、謝礼金を支払う。我らにお返し願いたい」
「しゃ、謝礼金って…?」
「うむ。五十万ラヴンで如何だろうか?」
「ご、五十万ラヴン!?」
「ん? 少ないか。では三倍の百五十万ラヴンを支払おう。如何かな?」

 タネモネさんはコートのポケットから金の装飾の入ったペンと小切手を取り出した。サラッと、宅急便の受け取りのサインでも書くかのように軽々しく百五十万ラヴンの金額を記すと、それを指で挟んでオークのおっちゃんに差し出した。

 オークのおっちゃんは小切手を受け取って十秒くらいは放心状態だったが、すぐに眠っている鎌鼬を抱きかかえてタネモネさんに渡してきた。
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