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エピソード2
貸与術師と苦しい言い訳
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◇
「あ、そうか。昨日から引っ越したんだった」
昨晩の雷獣退治の後、俺たちは徒歩で中立の家に戻ると行きと同じようにこそこそとラトネッカリの部屋の隠し通路から中に入った。お互いに労いの言葉を交わして別れ部屋に戻ると、俺は疲れからシャワーすら浴びずに丸太のように寝入ってしまったのだ。
そんなものだから朝起きてから普段と違う様相の部屋に少し戸惑ってしまった。
時刻は7時。疲弊した上、深夜に寝入ってしまったというのに、結局はいつもと同じ時間に目を覚ましてしまった。習慣というのは恐ろしい。もしもどっかのギルドに入ってたら大出世のエリートコースだったんじゃないだろうか。
そんな妄想をしつつ部屋に備え付けのシャワーを浴びて汗を流す。今更ながら部屋にシャワーがついているのは大助かりだ。いきなり十人も率いるのは大変だけど生活空間が広がったのは間違いなくプラス要素だ。
いい加減切りたいくらいに伸びた髪の毛を乾かし、束ねる。そろそろ朝食だろうと思って部屋を出ると、廊下の先からこちらに向かってくるヤーリンの姿が目に入った。どうやら起こしに来てくれたらしい。
学生時代の懐かしい記憶を呼び起こしながら俺は挨拶をする。しかし返ってきたのは存外ぶっきらぼうな返事だった。
「あ、ヤーリン。お早う」
「…お早う」
「え? どうかした?」
どういう訳かヤーリンの様子がおかしい。
目に見えて沈んでいるというか、元気がない。けれども覇気がないわけではない。むしろ隠しているが内包されている気迫はいつもよりも満ち満ちている気がしてならない。早い話が、何故か怒っているような雰囲気だ。
「今呼びに行こうとしてたの。食堂にみんな集まってるから、ヲルカも早く来て」
「…なんか怒ってない?」
「別に」
そのままぷいっと踵を返すとそそくさと食堂に向かって行ってしまった。いつもだったら一緒に行こうと、誘ってきそうなものなのに。
俺はヤーリンの後ろ姿をただただ呆然と眺めている。その時初めて、ヤーリンの下半身が見慣れた蛇のそれに戻っている事に気が付いたのだった。
◆
「お、きたきた」
俺が食堂に顔を出すと、まずラトネッカリの声が聞こえた。
ラトネッカリは飄々としているものの、一人だけ椅子に座らされ、周りを他の九人に取り囲まれている。さながら海賊に捕らわれた人質のようだった。
残る九人の関心と視線は俺が食堂に入ってきたところで全部がこっちを向いた。ヤーリンと同じく、表に出さないようにしてはいるが全員が明らかに怒気を孕んでいる。
何と言うか、浮気がばれた彼氏の心境だ…いや浮気がばれた事も、そもそも誰かと付き合った経験もないのだけれど。
逃げる訳にも行かず、俺は唯一味方になってくれそうなラトネッカリの元に歩み寄って、事情を尋ねてみた。
「何? どういう状況?」
「要約するとだね、ボクと少年が昨晩どこで何をしていたのかが気になる、ということらしい」
「あー。そういうことか…」
そこで全て納得した。
つまり昨日の事が全部ばれていて、それで皆さんはご立腹という事ですね…やばい、どうしよう?
「説明してくれる?」
「ラトネッカリはどこまで言ったのさ?」
「何も言っていないよ。ボクが説明したんじゃ拗れるかなと思ったからね」
「そっか」
「それでヲルカくん。昨晩は一体どちらに?」
あくまで平静を保ったままサーシャの声が食堂にこだました。心なしか声の温度が低いような気になった。下手な嘘は逆効果だし、そもそもウィアード退治は俺達の正式な仕事のはずだ。やましいことは何一つないと腹をくくって、ありのままを正直に話すことにした。
「ディキャンにウィアード退治に行ってた…」
「…ディキャン、というと『サンダーボルト』事件か」
「そう。それ」
「何故ラトネッカリ殿には声をかけて、自分達には待機の命令もなく、無断の外出を?」
ナグワーが実に軍人らしい口調で軍人らしい意見を述べてきた。サーシャとナグワーは特に詰問になれているせいか、本人たちにそのつもりがなくても泣きそうなくらいの迫力がある。いや、案外本気で尋問しているのかも知れない。
俺は男の意地で何とか涙だけは堪える。
「調査だけのつもりだった…って言うのは違うな。一つ心配事があったから、さ」
「というと?」
「昨日の時点で事件を概要だけしか知らなかったからさ…みんなは『サンダーボルト』事件はどこまで知ってる?」
「ヱデンキアの噂になるレベルの事でしたら」
天気に関係なく稲妻が鳴ったり、落雷が起こったりするなど。全員の認識は、確かにヱデンキアで噂される程度のモノであった。
俺は昨日のラトネッカリの受け売りをさも自分のモノのように仕立て上げてから吐露した。ラトネッカリが何も言わずに黙っていてくれたという事は、つまりはそういう事なのだろう。この前途多難なギルドをまとめるのに、丁度いい機会かもしれなかった。
「ホントは皆で行こうと思ってたんだけどさ…噂だけならひょっとすると『ランプラー組』の実験とかの可能性もあるだろ?」
「…まあ、言われてみれば」
「ラトネッカリなら同じギルドの動向について意見をくれるかと思って部屋を訪ねたんだ。そしたら確証はないって言うから、偵察しに行くって話になった。後日改めてみんなで調査しに行こうと思ったんだけど…仮に全員で出向いて行って、もしも『ランプラー組』の仕業だったとしたら、現場に居合わせた時に少なくともサーシャとナグワーは止めに入るんじゃないかとふと頭に過ってさ」
二人は少し視線を落として、それでもその場に居合わせたであろう自分を想像して答えてくれた。
「確かに…そうすると思います」
「てことは、その二人を止めようとラトネッカリが『ランプラー組』の一員として動くことになる。もしも現場に他のギルドの構成員がいて危険に巻き込まれていたり、ギルドの建物とかを破損する恐れがあったりしたら、多分全員が何かしらの行動を起こすだろ? そしてそれが火種になって喧嘩が起きる…そうなったら対策室の二の舞になるじゃんか。みんなはそこそこの地位や経験のあるギルド員だからうまく誤魔化しているけれど、今だって多少ピリピリしてる気がするしね」
「「…」」
全員が思い当たる節があるような表情を一瞬だけ浮かべると、そのまま押し黙って俺の話を遮ろうともしなくなった。いい調子だ。このまま行けば乗り切れるか?
「だから昨日は、ウィアードの仕業かどうかを見定めようと思ってただけなんだよ。結果としてはラトネッカリと抜け駆けしてウィアード退治するはめになっちゃったけど…けどさ、ラトネッカリと抜け駆けしたみたいな考え方がそもそもおかしいはずだろ? ここにいる十一人は、少なくとも今は同じギルドなんだから。俺はイレブンだから、本当の意味でみんなの誇りとか諍いとは理解できないけど、各々が所属しているギルドの確執とかが感じられるうちは俺だって多少は気を使うよ…かと言って、みんなに自分らのギルドの事に関わるなって言うのも違う気がするし。だから昨日の件は俺なりに角が立たないように配慮したって言うか、ね?」
そこまで言い切ると上目遣いでみんなを見た。各々が多かれ少なかれ決まりの悪そうな顔になっている。これはいけたんじゃなかろうか。
「なるほど。我は納得した。確かにヲルカ殿の言う通り、我らが争いを起こす可能性はあった」
何とかまとめられたのか、タネモネがそんな事を言ってきてくれた。一先ずは乗り越えたかと安心したが再び形勢は逆転した。
「だが、その説明は今朝でなく、昨夜出掛ける前にすべきだったのではないかな?」
「う。それは、その…ゴメン」
全員がタネモネのご尤もな意見に息を吹き返し、黙っていた分を取り戻さんとばかりに俺に進言をしてくる。
「そうだよ。二人でコソコソしてたら、色々考えちゃうじゃん」
「それに万が一、救護応援の必要性が出た場合、行き先も分からなくてはわたくし達も動けません」
「ま、今回の事はアタシ達の事を思ってくれての事だからいいんじゃないのかな? 実際にヲルくんの言った通りになってたら、間違いなくアタシ達は戦ってたと思うし」
「ヲルカ様。ちなみに他にもギルドの所業かウィアードかを判断しかねている案件はございますか?」
「まあ、いくつか」
「でしたら、今後は全員に確認を取って頂くのがよろしいかと。情報共有も出来ますし、今回のような事態を防げます」
「そうじゃな。儂らとヲルカは未だ互いの事を知らなすぎる。ウィアードを除いてももう少し話し合う場を設けるのは、いみじくも卓見じゃ」
などとカウォンが上手く話をまとめてくれた。それはこちらとしてもかなり有難い弁だった。どうやって皆との距離を縮めて行こうか、そしてギルドについての見聞を広めようかと画策していたのだ。確かに日々ギルドに従事しているギルド員から話を聞けるのなら、それよりも手っ取り早いことはない。
「あ、それなら今ギルドの事を勉強したいって思ってるから話聞きたいんだけど」
「え? どういうこと?」
「いや、俺って十個のギルドの事は表面的にしか知らないからさ。折角、各ギルドから名うてのメンバーが来てくれてるんだから、時間があったらギルドの事とか聞きたいなって」
俺がそういうと全員の顔に緊張が走った。なんでじゃい?
その中で、ただ一人だけ涼しい顔をしていたラトネッカリがほくほくとした顔で俺に尋ねてくる。
「ああ、そう言えば、昨日『ランプラー組』について学んでどうだった?」
「ま、俺の性格には合ってそうな気はしたよ」
「そうかそうか。『ランプラー組』はいつでも歓迎だよ」
と、言われてから俺は自分の発言を後悔した。この場においてどこかのギルドに加入するかもしれないような発言は余計な混乱と詮索を招くだけだと気が付いていなかった。案の定、他の九人が自分たちのギルドについて話をしたいというアピールタイムに突入し、俺争奪戦が勃発せんとしている。
その前に先手を打って俺は一人を指名して事なきを得ようとした。
「いや、実はアルルに聞きたいことがあるんだけど」
「へ? ウチ?」
まさか名指しで指名されると思っていなかったアルルは変な声を出して返事をした。
「そう」
「ということは、『アネルマ連』が原因になるような事が?」
「いや、そうじゃなくて狼が原因の事件があるんだよね」
「狼が?」
「だから人狼のアルルだったら詳しく話ができないかなと思って」
するとアルルはどうしたらいいのか分からないといったような表情を浮かべた後、たどたどしい身振りと共に、気恥ずかしそうな声で言った。
「…なら、ウチの部屋に来る?」
「え? じゃあ、朝ごはんの後にでも…」
え? 何このやりとり。彼女の部屋に初めてお呼ばれするみたい。
などと妙な感覚を味わったのはヤーリンも同じだったようで、すぐに口を挟んできた。
「べ、別に二人っきりになる事はないんじゃないの?」
「いや、ウィアードの事もそうだけど、さっき言った通り、今は各ギルドの事についても聞きたいんだよ。俺の方でウィアードとギルドのどっちが原因で起こっている事件なのかを判断できれば、その方が早いだろ? ギルドの事だと、みんながいたんじゃ話しづらいと思って…」
「そんな事はないんじゃない?」
「流石にそれは俺の考えすぎかな? みんな他のギルドの事を貶めて日頃の鬱憤とか爆発させそう」
するとヤーリンのみならず他のみんなも途端に押し黙ってしまった。
「図星かよ」
「それはさておきじゃ。お主は近いうちに儂ら全員と話す意思があるという事じゃな? 二人きりで」
「それは…もちろん」
「では儂に言えるのは、できれば次には『カカラスマ座』に興味を持ってくれという事だけじゃのう」
その言葉をきっかけに、全員が俺の取り合いを一時中断してくれた。アルルとの話を一先ず無事に終わらせられるのなら、それに越したことはない。カウォンが二人きりというのにやたらと念を押していたのは頗る気になったが、余計なトラブルを回避するために始めは他の目が気にならないようにしておきたいのは本心だ。
ところが、一人だけ未だに納得していないという顔のヤーリンがふくれっ面で俺を見ている。
「ヲルカの馬鹿」
「だから、何で!?」
俺は謂れのない罵倒に困惑しながら朝食の支度に向かうアルルの背中を見送る。やがて用意してもらった朝食を食べながら具体的に何を話そうかと考えをまとめていた。
「あ、そうか。昨日から引っ越したんだった」
昨晩の雷獣退治の後、俺たちは徒歩で中立の家に戻ると行きと同じようにこそこそとラトネッカリの部屋の隠し通路から中に入った。お互いに労いの言葉を交わして別れ部屋に戻ると、俺は疲れからシャワーすら浴びずに丸太のように寝入ってしまったのだ。
そんなものだから朝起きてから普段と違う様相の部屋に少し戸惑ってしまった。
時刻は7時。疲弊した上、深夜に寝入ってしまったというのに、結局はいつもと同じ時間に目を覚ましてしまった。習慣というのは恐ろしい。もしもどっかのギルドに入ってたら大出世のエリートコースだったんじゃないだろうか。
そんな妄想をしつつ部屋に備え付けのシャワーを浴びて汗を流す。今更ながら部屋にシャワーがついているのは大助かりだ。いきなり十人も率いるのは大変だけど生活空間が広がったのは間違いなくプラス要素だ。
いい加減切りたいくらいに伸びた髪の毛を乾かし、束ねる。そろそろ朝食だろうと思って部屋を出ると、廊下の先からこちらに向かってくるヤーリンの姿が目に入った。どうやら起こしに来てくれたらしい。
学生時代の懐かしい記憶を呼び起こしながら俺は挨拶をする。しかし返ってきたのは存外ぶっきらぼうな返事だった。
「あ、ヤーリン。お早う」
「…お早う」
「え? どうかした?」
どういう訳かヤーリンの様子がおかしい。
目に見えて沈んでいるというか、元気がない。けれども覇気がないわけではない。むしろ隠しているが内包されている気迫はいつもよりも満ち満ちている気がしてならない。早い話が、何故か怒っているような雰囲気だ。
「今呼びに行こうとしてたの。食堂にみんな集まってるから、ヲルカも早く来て」
「…なんか怒ってない?」
「別に」
そのままぷいっと踵を返すとそそくさと食堂に向かって行ってしまった。いつもだったら一緒に行こうと、誘ってきそうなものなのに。
俺はヤーリンの後ろ姿をただただ呆然と眺めている。その時初めて、ヤーリンの下半身が見慣れた蛇のそれに戻っている事に気が付いたのだった。
◆
「お、きたきた」
俺が食堂に顔を出すと、まずラトネッカリの声が聞こえた。
ラトネッカリは飄々としているものの、一人だけ椅子に座らされ、周りを他の九人に取り囲まれている。さながら海賊に捕らわれた人質のようだった。
残る九人の関心と視線は俺が食堂に入ってきたところで全部がこっちを向いた。ヤーリンと同じく、表に出さないようにしてはいるが全員が明らかに怒気を孕んでいる。
何と言うか、浮気がばれた彼氏の心境だ…いや浮気がばれた事も、そもそも誰かと付き合った経験もないのだけれど。
逃げる訳にも行かず、俺は唯一味方になってくれそうなラトネッカリの元に歩み寄って、事情を尋ねてみた。
「何? どういう状況?」
「要約するとだね、ボクと少年が昨晩どこで何をしていたのかが気になる、ということらしい」
「あー。そういうことか…」
そこで全て納得した。
つまり昨日の事が全部ばれていて、それで皆さんはご立腹という事ですね…やばい、どうしよう?
「説明してくれる?」
「ラトネッカリはどこまで言ったのさ?」
「何も言っていないよ。ボクが説明したんじゃ拗れるかなと思ったからね」
「そっか」
「それでヲルカくん。昨晩は一体どちらに?」
あくまで平静を保ったままサーシャの声が食堂にこだました。心なしか声の温度が低いような気になった。下手な嘘は逆効果だし、そもそもウィアード退治は俺達の正式な仕事のはずだ。やましいことは何一つないと腹をくくって、ありのままを正直に話すことにした。
「ディキャンにウィアード退治に行ってた…」
「…ディキャン、というと『サンダーボルト』事件か」
「そう。それ」
「何故ラトネッカリ殿には声をかけて、自分達には待機の命令もなく、無断の外出を?」
ナグワーが実に軍人らしい口調で軍人らしい意見を述べてきた。サーシャとナグワーは特に詰問になれているせいか、本人たちにそのつもりがなくても泣きそうなくらいの迫力がある。いや、案外本気で尋問しているのかも知れない。
俺は男の意地で何とか涙だけは堪える。
「調査だけのつもりだった…って言うのは違うな。一つ心配事があったから、さ」
「というと?」
「昨日の時点で事件を概要だけしか知らなかったからさ…みんなは『サンダーボルト』事件はどこまで知ってる?」
「ヱデンキアの噂になるレベルの事でしたら」
天気に関係なく稲妻が鳴ったり、落雷が起こったりするなど。全員の認識は、確かにヱデンキアで噂される程度のモノであった。
俺は昨日のラトネッカリの受け売りをさも自分のモノのように仕立て上げてから吐露した。ラトネッカリが何も言わずに黙っていてくれたという事は、つまりはそういう事なのだろう。この前途多難なギルドをまとめるのに、丁度いい機会かもしれなかった。
「ホントは皆で行こうと思ってたんだけどさ…噂だけならひょっとすると『ランプラー組』の実験とかの可能性もあるだろ?」
「…まあ、言われてみれば」
「ラトネッカリなら同じギルドの動向について意見をくれるかと思って部屋を訪ねたんだ。そしたら確証はないって言うから、偵察しに行くって話になった。後日改めてみんなで調査しに行こうと思ったんだけど…仮に全員で出向いて行って、もしも『ランプラー組』の仕業だったとしたら、現場に居合わせた時に少なくともサーシャとナグワーは止めに入るんじゃないかとふと頭に過ってさ」
二人は少し視線を落として、それでもその場に居合わせたであろう自分を想像して答えてくれた。
「確かに…そうすると思います」
「てことは、その二人を止めようとラトネッカリが『ランプラー組』の一員として動くことになる。もしも現場に他のギルドの構成員がいて危険に巻き込まれていたり、ギルドの建物とかを破損する恐れがあったりしたら、多分全員が何かしらの行動を起こすだろ? そしてそれが火種になって喧嘩が起きる…そうなったら対策室の二の舞になるじゃんか。みんなはそこそこの地位や経験のあるギルド員だからうまく誤魔化しているけれど、今だって多少ピリピリしてる気がするしね」
「「…」」
全員が思い当たる節があるような表情を一瞬だけ浮かべると、そのまま押し黙って俺の話を遮ろうともしなくなった。いい調子だ。このまま行けば乗り切れるか?
「だから昨日は、ウィアードの仕業かどうかを見定めようと思ってただけなんだよ。結果としてはラトネッカリと抜け駆けしてウィアード退治するはめになっちゃったけど…けどさ、ラトネッカリと抜け駆けしたみたいな考え方がそもそもおかしいはずだろ? ここにいる十一人は、少なくとも今は同じギルドなんだから。俺はイレブンだから、本当の意味でみんなの誇りとか諍いとは理解できないけど、各々が所属しているギルドの確執とかが感じられるうちは俺だって多少は気を使うよ…かと言って、みんなに自分らのギルドの事に関わるなって言うのも違う気がするし。だから昨日の件は俺なりに角が立たないように配慮したって言うか、ね?」
そこまで言い切ると上目遣いでみんなを見た。各々が多かれ少なかれ決まりの悪そうな顔になっている。これはいけたんじゃなかろうか。
「なるほど。我は納得した。確かにヲルカ殿の言う通り、我らが争いを起こす可能性はあった」
何とかまとめられたのか、タネモネがそんな事を言ってきてくれた。一先ずは乗り越えたかと安心したが再び形勢は逆転した。
「だが、その説明は今朝でなく、昨夜出掛ける前にすべきだったのではないかな?」
「う。それは、その…ゴメン」
全員がタネモネのご尤もな意見に息を吹き返し、黙っていた分を取り戻さんとばかりに俺に進言をしてくる。
「そうだよ。二人でコソコソしてたら、色々考えちゃうじゃん」
「それに万が一、救護応援の必要性が出た場合、行き先も分からなくてはわたくし達も動けません」
「ま、今回の事はアタシ達の事を思ってくれての事だからいいんじゃないのかな? 実際にヲルくんの言った通りになってたら、間違いなくアタシ達は戦ってたと思うし」
「ヲルカ様。ちなみに他にもギルドの所業かウィアードかを判断しかねている案件はございますか?」
「まあ、いくつか」
「でしたら、今後は全員に確認を取って頂くのがよろしいかと。情報共有も出来ますし、今回のような事態を防げます」
「そうじゃな。儂らとヲルカは未だ互いの事を知らなすぎる。ウィアードを除いてももう少し話し合う場を設けるのは、いみじくも卓見じゃ」
などとカウォンが上手く話をまとめてくれた。それはこちらとしてもかなり有難い弁だった。どうやって皆との距離を縮めて行こうか、そしてギルドについての見聞を広めようかと画策していたのだ。確かに日々ギルドに従事しているギルド員から話を聞けるのなら、それよりも手っ取り早いことはない。
「あ、それなら今ギルドの事を勉強したいって思ってるから話聞きたいんだけど」
「え? どういうこと?」
「いや、俺って十個のギルドの事は表面的にしか知らないからさ。折角、各ギルドから名うてのメンバーが来てくれてるんだから、時間があったらギルドの事とか聞きたいなって」
俺がそういうと全員の顔に緊張が走った。なんでじゃい?
その中で、ただ一人だけ涼しい顔をしていたラトネッカリがほくほくとした顔で俺に尋ねてくる。
「ああ、そう言えば、昨日『ランプラー組』について学んでどうだった?」
「ま、俺の性格には合ってそうな気はしたよ」
「そうかそうか。『ランプラー組』はいつでも歓迎だよ」
と、言われてから俺は自分の発言を後悔した。この場においてどこかのギルドに加入するかもしれないような発言は余計な混乱と詮索を招くだけだと気が付いていなかった。案の定、他の九人が自分たちのギルドについて話をしたいというアピールタイムに突入し、俺争奪戦が勃発せんとしている。
その前に先手を打って俺は一人を指名して事なきを得ようとした。
「いや、実はアルルに聞きたいことがあるんだけど」
「へ? ウチ?」
まさか名指しで指名されると思っていなかったアルルは変な声を出して返事をした。
「そう」
「ということは、『アネルマ連』が原因になるような事が?」
「いや、そうじゃなくて狼が原因の事件があるんだよね」
「狼が?」
「だから人狼のアルルだったら詳しく話ができないかなと思って」
するとアルルはどうしたらいいのか分からないといったような表情を浮かべた後、たどたどしい身振りと共に、気恥ずかしそうな声で言った。
「…なら、ウチの部屋に来る?」
「え? じゃあ、朝ごはんの後にでも…」
え? 何このやりとり。彼女の部屋に初めてお呼ばれするみたい。
などと妙な感覚を味わったのはヤーリンも同じだったようで、すぐに口を挟んできた。
「べ、別に二人っきりになる事はないんじゃないの?」
「いや、ウィアードの事もそうだけど、さっき言った通り、今は各ギルドの事についても聞きたいんだよ。俺の方でウィアードとギルドのどっちが原因で起こっている事件なのかを判断できれば、その方が早いだろ? ギルドの事だと、みんながいたんじゃ話しづらいと思って…」
「そんな事はないんじゃない?」
「流石にそれは俺の考えすぎかな? みんな他のギルドの事を貶めて日頃の鬱憤とか爆発させそう」
するとヤーリンのみならず他のみんなも途端に押し黙ってしまった。
「図星かよ」
「それはさておきじゃ。お主は近いうちに儂ら全員と話す意思があるという事じゃな? 二人きりで」
「それは…もちろん」
「では儂に言えるのは、できれば次には『カカラスマ座』に興味を持ってくれという事だけじゃのう」
その言葉をきっかけに、全員が俺の取り合いを一時中断してくれた。アルルとの話を一先ず無事に終わらせられるのなら、それに越したことはない。カウォンが二人きりというのにやたらと念を押していたのは頗る気になったが、余計なトラブルを回避するために始めは他の目が気にならないようにしておきたいのは本心だ。
ところが、一人だけ未だに納得していないという顔のヤーリンがふくれっ面で俺を見ている。
「ヲルカの馬鹿」
「だから、何で!?」
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