黒い聖女と四人の帰りたい吸血鬼 ~一緒に異世界転移した彼氏が王女に取られたので亡命します~

音喜多子平

文字の大きさ
18 / 31

18

しおりを挟む
 やがて日が完全に沈み、エオイルに夜がやってきた。ここからはナナシ君を連れてでも気軽に外を出歩ける…いや、エオイル城からの追手を思えば結局はおちおち外に出ることも難しいか。

 四人は一瞬の事だったから顔も完全には覚えられていなかろうが、アタシはがっつりと顔が割れている。

しかも四人に比べると明らかにどんくさいし、要領よく立ち回るのも苦手。少なくもギヴェヌーの町では引き籠っている方が得策に思えた。

 …それにしても流石にお腹が減ってきた。かれこれ丸一日食べていないのだから無理はない。

 すると、最高のタイミングでチカちゃんとノリンさんが帰ってきてくれた。吸血鬼になって鼻も良くなったのか、香ばしいパンの香りがすぐに鼻孔をくすぐってくる。ところが、それに触発されたのかアタシのお腹の虫が遠慮なしになった。

 ぐぅぅぅ…。

「…」

 部屋の中に沈黙が流れた。やめて、黙らないで。いっそ笑ってくれた方が救われる。鏡はないけど絶対に顔が赤くなってる…。

 なんてことを思っているとフィフスドル君が一つ咳払いをした。

「腹が鳴っても仕方ないだろう。僕はこれほど長い時間、空腹を味わった事がないのだ。貴族だからな」
「…なんじゃ、小僧の腹の虫じゃったか」
「うふふ~。育ち盛りだもんね。美味しそうなの買ってきたからご飯にしましょう」
「ゴハン、ゴハン」

 …みんな優しい。

 ◇

 ノリンさんはテーブルの上で包みを開いた。中には黒いパンと焼いた魚が入っており、開くと香ばしい匂いが強くなった。チカちゃんはどこかで手に入れた瓶から豆のスープを一階から拝借してきたカップに五等分にして注いでいた。

「パンを口にするのは何十年ぶりかのう」

 そんな事をノリンさんはしみじみと言った。

「…黒いパンに豆だけのスープか。大昔の庶民のような食卓だな」
「わかる~。何か新鮮」
「庶民の中でも上等な方じゃがな」
「パン、マメスープ」

 みんなの言わんとしている事はアタシも分かった。フィフスドル君とチカちゃんは元の世界ではかなりいい暮らしをしていたみたいだし、アタシも三カ月間は豪華絢爛な生活を送っていた。

 というか、元の世界でも極貧生活を送っていた訳じゃない。カテゴライズすれば貧乏な方だったとは思うけれど、最低限の衣食住は確保できるお金は持っていた。

明日食べる物があるかないかという状況は今が生まれて初めてだ。

「食べ物がキチンとあるって凄い事なんだなぁ」
「僕らに組した事を後悔しているか?」
「ううん。それはないよ」

 反射的にアタシはそう答えた。少なくともあそこにいた時の惨めさは辛酸よりもつらかった。

「野良猫と飼い猫はどちらが幸せか分からぬモノよ。その点、お主ら三人は貧富両方を味わえっているのじゃから見識は広がるじゃろう」
「確かに…僕の吸血貴族としての深みを増やしていると思えば、この理不尽さもまだ耐えうるか」
「大人だなぁ」
「当然だ。僕はアンチェントパプル家の嫡男だぞ」

 アタシ達は月明りを照明にして夕飯を食べ始めた。

 パンはぼそぼそ、スープは大味、焼き魚は塩をかけ過ぎと散々でフィフスドル君とチカちゃんはブウブウと文句を垂れている。アタシも同意見だったけれど、それでもワイワイと食べる食卓はとても楽しいものだった。

 ノリンさんはそんなアタシ達を見て「舌が肥えておるの」と言って笑っているし、ナナシ君に至ってはアタシの血を除いて初めての食事だったらしく実に美味しそうに平らげていた。

 やがて食事もほどほどに終わる頃合いでフィフスドル君は外出した二人に尋ねる。

「それで進展はあったのか?」
「もっちろん! 吸血鬼の国の場所は分かったし地図も買えたよ」
「本当?」
「うん。話を聞く限り歩いて十日くらいで着くって」
「十日かぁ」

 アタシは頭の中で目算してみようと試みたが、徒歩で旅をしたことは皆無だったので何も考えないのと同じだった。少なくとも家から会社までの通勤と同じレベルで考えてはいけないとは思っていた。

 そう言えばいつだったか、書道教室で知り合った歴史好きなおじいちゃんが江戸時代は日本橋から京都までは、二週間の旅路だったとか何とか話をしていた記憶が蘇った。

 すると、ノリンさんがそれと全く同じことを言った。

「江戸を発って京に行くよりかは近いが…儂以外は旅に慣れておらぬからのう。倍の二十日は見ておいた方がよいぞ」
「ああ、そっか。足の慣れている人で十日って計算だもんね」

 二十日かぁ。

 結構な旅になる。

 アタシは気合いを入れ直す。お腹が膨れている分、元気があるのが幸いだった。

「そうと決まれば今日の内に出発するか?」
「善は急げと言うからのう。疲れが出ていないのであれば、それがよかろう」
「チカは平気だよ」
「オレモヘイキ」
「アタシも大丈夫。いっぱい寝れたから」

 それは嘘ではない。吸血鬼になったおかげか体力の回復が尋常ではない程に早くなっている気がした。加えて本音としてはいち早くお城から遠ざかって、みんなの安全を確保してあげたい。

 見つかったら…絶対に戦いになっちゃうから。

「決まりだな。路銀を作り、旅支度を整えたらすぐに吸血鬼の国に向かおう」
「ところでさ、吸血鬼の国は何て名前なの?」
「えっとね…」

 チカちゃんは地図を広げ、吸血鬼の国の場所を指さしてくれた。そこには当然、名前が記されている。

「アシンテス…」

 戦争をしているというのに敵国の名前すら知らなかった。本当にアタシは色々な事から目を背けてあの城にいたんだと改めて実感した。

 けれど、今は違う。

 この先どうなるかは分からないけれど、アタシはこの四人の力に成り立ちと心の底から思っているのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜

紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま! 聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。 イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか? ※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています ※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...