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 そしていよいよ氷が砕け、怪獣が暴れ始めたところでアタシ達も行動を開始した。

 まず、陽動を買って出たヴァーユさん達が統率の取れた動きで立ち向かう。その隙にアタシ達は大きく右に迂回して怪獣に近づく算段を立てた。

 倒壊した村の家屋に身を隠しながら、縫うように進んで行く。

 そうして息を潜めている最中、フィフスドル君が言った。

「ノリン、チカ、ナナシ」
「なんじゃ?」
「どしたの?」
「ナニ?」
「僕に一計がある。それに集中するから…カスミの事を頼む」

 その言葉にみんなが意外そうな顔をした。他ならぬアタシもそうだ。

 けれど誰も止めることはなかった。

 ここまでアタシの我儘な要望を叶えられているのは、フィフスドル君の血魔術という魔法のおかげに他ならない。彼がいなければ、本当に死人を出さなければ事態を収められなかっただろう。

 そんなフィフスドル君に新たな考えがあるとすれば、それに乗らない手はなかった。

 そしてそう思っていたのはアタシだけでなく、他の三人も同じだったようだ。それぞれが三者三様の返事を返すが、どれも信頼に満ち足りている

「心得た」
「オッケー! まっかせといて!」
「オレ、カスミ、マモル」
「うむ。頼んだ」

 そして去り際にフィフスドル君はアタシの顔を見る。

「少し離れるが、無理はするなよ。後になってできぬと思ったら潔く引け。退くも勇敢だ」
「ほう。小僧にしてはいい事をいいよる」
「当然だ。それと小僧はやめろ」

 ノリンさんに向かって吐き捨てるように言うと、フィフスドル君はふわりと浮かび上がっていった。

「フィフスドル君も気をつけてね」
「…ああ」

 そうして彼と別れた後、アタシ達は改めて息を潜めてチャンスを伺うことにした。



 …。

 …くそ。

 何かがおかしい。

 このアンチェントパプル家の嫡男たる僕が事もあろうに人間を助けるために血魔術を使うなど。お祖父様が聞いたら叱責どころの騒ぎではないな。そういう意味では完全な異世界でよかったと言うべきか。

 いや、そもそもこの世界に呼ばれさえしなければこんなことにはならなかったはずだ。

 エオイル国とか言っていたが、どの世界でも人間と言う生き物は始末が悪い。

 けれど…この違和感と言うかモヤモヤとした気持ちの根本的な原因はそこにある訳じゃない。

 吸血鬼は等しく人間の生き血を飲み、力を得る。人間は吸血鬼の為に生き、吸血鬼の為に死ぬ愚かで下等な存在。

 少なくとも僕はそう教えられてきた。周りにいる吸血鬼も程度の差こそあれ、大体は似たような考えを持っていた。

 それなのに…アイツらは一体なんなんだ。人間と手を取り合おうだとか、人間を助けたいとか、血を吸わないだとか。吸血鬼としての誇りや矜持は持ち合わせていないのだろうか。いや、傍目に見れば僕の方が少数派だ。既存の価値観が間違っているとは言わないが、どの吸血鬼にも当てはまる絶対的な価値基準ではないと気付かされたことが、このモヤモヤの原因の一つだろう。

 そして。

 もう一つ。僕の心中を掻き乱すものがある…それが住吉架純という女だ。成り行きで行動を共にするようになってから、僕は明らかにおかしい。調子が狂うとは正にこの事。アイツの一喜一憂に容易く振り回されてしまう。しかも、その都度ノリンやチカにからかわれる有り様。

 大声で怒鳴り、狼狽し、言いくるめられる。

 アンチェントパプル家の嫡男として品位に欠ける醜態の連続だ。実に情けない。その上で一番嫌なのは、この状況が案外悪くないと思ってしまうことに他ならない。屋敷にいた頃は皆が僕の顔色を伺っていたから、こうして屈託や憂いなく誰かと話をするのがこんなにも楽しいことだとは思いもしなかった。

 だがそれよりも…いつの間にか架純の事を目で追ってしまうのは、一体どうしてだろうか。アイツがこうしたいと言えば何とかしてやりたいと思うし、アイツの事を思うとなるたけ危ない目には合わせたくないと思ってしまう。

 何故、こうまで守ってやりたいと思うのだろうか。

 …守ってやりたい?

 …そうか!

 もしかしたらこれが責任感というものなのかもしれない。お祖父様もノリンもとかく責任という言葉を使ってくる。貴族としての責任、そしてアイツを不慮の事故で吸血鬼に変えてしまった責任。まだ未熟な僕はそれを負い目に感じて、アイツの願いを叶え庇護することでその責任を果たそうとしているのではないだろうか。

 もしも怪我などされたらアイツを守る僕の誇り、引いてはアンチェントパプル家の名を貶める事に繋がる。

 だから必要以上に気を配り、多少なりともアイツのご機嫌を伺うような言動を取ってしまっていたという訳だ。

 そうだ! そうに違いない!

 僕は貴族として、そしてアンチェントパプル家の名誉の為に無自覚ながらも責任感を持ち、その原因の象徴たる架純を守ろうとしていたんだ。

 ふむ。そうと分かった途端に少し心が軽くなったような気がする。

 貴族として庶民を、しかも自らの過失で吸血鬼に変えてしまった者を守ろう考えるのは当然の事。無意識でも貴族の務めを果たそうとしていたとは…流石は僕と言ったところか。

 とにかくこうして冷静に自分の中の感情と向き合えてよかった。また一つ、吸血貴族としての深みが増してしまったな。ならばさっさとこの状況を打開していしまおう。ヴァーユ達とすぐに合流しなくては。
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