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Episode2

感づく勇者

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 翌日。



 日の出とともに商隊は出発した。ふとバスバ達の顔を見ると、少々寝不足のようだった。護衛の任はなれていないのだから仕方がない。ましてドリッリスが出るかも知れない平原で眠るには度胸も実力もまだまだ足りないだろう。しかし、寝不足のまま旅が続くのも危険だ。今日も眠れない様だったら、俺達が夜番を買って出るからゆっくり休むように伝えようかと考えていた。



 雨は降りそうにないが、雲が大きく陽の光を遮るので少し寒い。俺はこの毛皮があるからマシだし、ルージュとアーコは気候の影響などはまるで気にしていない。残るはラスキャブだったが、彼女も彼女で固い荷馬車の上で寝たせいで強張った体を伸ばしているので心配には及ばない様だ。



 それからの旅路は平穏なモノだった。基本的に草原は見晴らしがいいから、万が一に急襲されたとしても対応は容易だ。ましてドリックス級の魔獣を見た後では、この辺りの魔獣は可愛く映るかも知れない。



 その上、檻から解放されたアーコが運動不足の解消と称して俺達の乗る馬車の上を旋回しているので、更に防衛は盤石だった。羽もないのにどうやって飛んでいるのかは甚だ疑問だったが、そもそも肉体のない奴に抱く疑問ではない。



 定刻通りに配られた昼食の肉とパンを齧っていると、ルージュが聞いてきた。



(主よ。気が付いているだろうか?)



(つけられている、って事か)



(お、やっぱりそうなのか?)



(いや、オレも何となくそんな気がするくらいの気配しか感じ取れない。もしもこの草原を本当につけてきているんだとしたら、中々の実力者だな)



 オレ達三人の不穏な会話に唯一気配の端を捉えていなかったラスキャブが驚いたような顔を向けてきた。



 何となくそんな気がしていただけだったが、ルージュとアーコまでもが違和感を覚えているとなると、本当に誰かが追跡してきているのだろう。が、ここで変に探りを入れると相手の警戒心を強めるだけだ。ラスキャブにはなるたけ意識を周りに向けないように指示をする。



(狙いは積み荷か? まさかオレ達って事はないだろう?)



(今の段階じゃ何とも言えないが、可能性として一番高いのはやはり積み荷だろうな。きな臭すぎる)



(ならば、どうする? 主よ)



 そう聞かれはしたが、少々答えは出しづらい。



 相手の目的も、人数も、そもそも本当にオレ達を狙って追跡をしているのかですら想像と勘の領域を出ていない。



 それに向こうから仕掛けてくるのなら当然撃退するが、相手が何もしてこないとしたらこちらから打って出る必要は皆無だ。なぜなら、オレ達の達成すべきゴールは積み荷と商隊をセムヘノまで無事に送り届けること。敵の殲滅や危険の排除ではない。



 向こう側としても道中で、少なくともこの草原で襲う事はまずないだろう。



 オレが商隊を襲う立場だとしたら、街を出た直後か、拠点ないし目的の場所に到着する直前を狙う。移動している最中は、当然ながら誰しもが警戒しているのだから。ともすれば、もし向こうにオレ達を襲う気があるのなら、明後日に辿り着く予定の一時拠点の村か、もしくはセムヘノの手前で行動を起こすとみた。逆に短絡的に動く相手であれば、高が知れた実力の盗賊だ、オレ達どころか前にいる『果敢な一撃』の奴らででも十分応戦ができるだろう。



 と、可能性をあれこれと示唆するだけして出した結論は、結局このまま様子を見るというところに着地した。



 オレがそう結論付けるとルージュとラスキャブは心得たと返事をして頷いた。反面アーコは「つまんねえの」と愚痴を一つこぼして弛緩しきった欠伸顔をこれでもかと見せつけてきたのだった。
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