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Episode3

月見る勇者

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『主よ、少し冷静になれ。奴らがいると決まった訳ではないし、そうだとしても無効にこちらの情報は渡っていない上にこちらは全員の姿が変わっているのだ。悟られる可能性は限りなく低い』



 その指摘にオレは落ち着きを取り戻す。好戦的に戦略を考えてしまっていたが、確かにここで戦う必要はないし、状況的にはこちらに分がある。偶然にも魔王ないし配下のレコットとの面識があるオレとルージュとトスクルは行動を同じくしている。仮にこの町に奴らが居残り続けており今ここですれ違ったとしても向こうはこちらに気が付くことはないだろう。アーコ達なら尚更だ。



『確かに取り乱して、戦いを挑む必要はなかったな』



『だが、貴重な情報であることに変わりはない。無理のない程度に探りを入れる価値はあるはず』



『そうだな。だがやはり港と船の様子を見てからにしよう、話はそれからでも遅くない』



『ワタシも街をもう少し歩いてみたいです。そしたら思い出すこともあるかも知れませんし』



『期待しているよ。どんな些細な事でもいいから、気が付いたら教えてくれ』



 そんなやり取りを終えると、オレ達は一路港を目指して再び歩き始めた。



 ◇



 港は夜という事も手伝って、更に人の気配がなかった。月明かりだけでは心もとないので、オレは指先から一番簡単な火の魔法を出し、それをランプの代わりにした。街は石畳の艶やかな造りになっているが、港に近づくにつれてどんどんと粗野な造りになって行くのが分かった。



 船は十数隻停泊していたが、そのいずれも遊覧目的のものか、さもなくば漁で使うような小ぶりの船だった。あの串焼き肉屋の女店主の言う通り、『螺旋の大地』まで運航している気配は感じられない。



 港を歩きながらぼんやりと景色を眺めていると、トスクルが話しかけてきた。



「ふと思ったんですが、船を奪って強行突破することは出来ないんですか?」



「できなくはないが、本当に最終手段として考えるくらいの方法だな」



「なぜですか?」



「確認した訳じゃないがオレ達の中に航海術を持っている奴はいない。という事は操船できる奴を雇うなり脅すなりしなければならないだろ。どちらの方法も秘密裏に行うのは難しいから、どうしたって目立ってしまう。騒ぎが大きくなればオレ達の秘密もどこからか漏洩するかもしれない。魔王やレコットがいるかもしれないと示唆された街でそれをするのはあまりにもリスクがでかい」



 オレがそう考えを述べると、トスクルは何かを思案し始めた。オレも何となくトスクルが何を考えているのかが気になったので、余計なちょっかいはいれずに月を眺めながら切り出してくるのを待っていた。



 そして、しばらく歩いた頃にトスクルは淡々と言う。



「一つ、思い付いたことがあります」
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