上 下
208 / 347
Episode4

偽る勇者

しおりを挟む
 それを見届けた男はより一層覚悟を決め込んだ目つきになって再びトマスとジェルデを見て言った。



「こっちの事情や策をお話したいのですがね、中々に厄介な上、できるだけ秘匿したい。仲間は後程間違いなく開放すると約束する。だから先に二人だけで向こうの部屋に来てもらえますか?」



「無論だ。この街とこいつらを救ってくれるのなら、ワシはよろこんで傀儡にもなろう」



 全員が頷いて意思を疎通されると、四人揃って隣の部屋へと移動し始めた。



 コツン、コツン。と石の床から放たれた足音が牢屋の中に響く。



 しかしながらタークラプの放っていたソレとは違い、希望の来訪の象徴として耳に届いていた。



 ◇



 隣の部屋に入ったトマスとジェルデは驚いた。



 タークラプ達が一人残らず殲滅されていた事ではない。それは牢にまで響いてきた悲鳴と喧騒で感づいていたから。二人が驚いたのは他でもなく、その戦闘をやってのけたのが全員魔族だったというその一点だった。



 ジェルデはこの空間に『囲む大地の者』が自分一人だけという事に妙な不安感を覚えた。ひょっとしたら自分の常識や価値観では想像もできない様な罠にハメられているのではないかと、そんな杞憂を抱いている。



「そうそう、自己紹介をしていませんでしたね。俺はズィアル、こちらはルージュといいます」



 ズィアルが目配せをすると、待ち構えていた四人の魔族がそれぞれ名を口にした。



 アーコ、ラスキャブ、ピオンスコ、トスクル…。



 やはり知らない名だ。ジェルデは隣にいたトマスの様子を見たが、やはり彼女も全員と初対面といった雰囲気だった。



「ワシはジェルデ。五大湖港の英傑なんて呼ばれていたがこの様だ。どんな事でもこの港を救えるなら甘んじて受けよう。力を貸してもらいたい」



「私はトマスと言います。見ての通りあなた方の同輩です。まずは助けてくれた事にお礼が言いたい。ありがとうございます」



 そう言って下げた頭を上げた時、ズィアルと名乗った魔族の男の背後に死屍累々の山を見た。大方の予想通り、こちらにいた奴らは全滅している…そして何の因果か、奴の死体がこちらに顔を向けている。ただその死に顔がやけに穏やかだったことにトマスは何か胸につかえる様な気持ちになってしまった。



「どうかしたのか?」



「いえ…曲がりなりにもかつての仲間だったものでね」



 つい感傷的にそんな事を口走ったトマスは自分を呪った。しかし、ふと見上げたズィアルの目が同情というか、優しい憐れみに染まっているように見えた。



 何となくだが、仲間を失う事は辛いだろう、とそんな言葉を掛けられているような気になってしまった。
しおりを挟む

処理中です...