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第二話
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「すまないソフィア。私が不甲斐ないばかりに…」
「そんなことを言わないでお父様。私もエカテリーナも、ここまで立派に育ててもらったわ」
それは国王に謁見する前日のこと。
生まれ育った屋敷を離れ、国王の住まう首都へ向かう準備がそろそろ終わろうかというころ。
ドレッサーを始め家具が一旦整理され、どことなく無機質な印象になった部屋に現れ、弱々しい声で謝り続ける父親を見て、ソフィアが感じたのは、言いようのない寂しさだった。
もちろん、愛する家族の元から独り立ちすること、住み慣れた屋敷を離れること、あの聖堂に通う日々が終わること…そういった寂しさは当たり前に湧いている。
しかしこの寂しさは少々違う。
目の前の人を想うが故のものだ。
いや、憂うが故の。
『ああ、父の背中はいつの間にこんなに小さくなってしまったのだろう』
言葉にはしなかった。口に出すことをぐっとこらえた。
この人を責めたいのではない。ただ感謝を伝えたい。
でも、その姿はあまりに弱々しく。
「…っ」
俯く父を、ソフィアはただ抱きしめることしかできなかった。
そして翌日。
母や妹と何度も抱き合い、予定より少々遅く屋敷を発った。
別れを惜しんだのは家族だけではない。
ソフィアがいなくなることを聞きつけた近隣の住民たちが見送りにやってきたのだ。
「ああ、ソフィア様、お元気で」
「いなくなっちゃうなんて困るよお」
「いつでも帰ってきてね」
思い思いの別れの言葉が送られる中、ソフィアは一人ひとりにお礼と短い別れを告げていった。
一通りの挨拶を終えてから、すぐに馬車で2時間ほど移動し、ソフィアと父親は国王の待つ城に出向いた。
必要最低限の衣服などの荷物に、精一杯の捧げ物を詰めた…つもりだったが、馬車一台で足りる程度の量しかなかったのが現実である。
王城に入るのはいつ以来か…ソフィアは思い出そうとするが、どうしても記憶が朧げだ。
父によれば4歳のころに家族全員で謁見に訪れたことがあるらしいが、今一つ思い出せない。
ソフィアがそんなことを考えているうちに、2人は謁見の間に通された。
「わあ…」
ソフィアは思わず声を上げた。
そこは、何年も通っていた聖堂を思い出すかのような、こじんまりとした空間だった。
しかし、大きな天窓から差し込む陽の光が、真白い壁や柱、そして赤い絨毯をキラキラと輝かせている。
その先には玉座と、槍を構えた衛兵たち。
玉座には、このカイラ王国の主であるゲオルグ・バルロ・カイラ国王が、優しい笑みを浮かべながら座っている。
そして玉座の横は、ゲオルグの息子であり次期国王のカインス・バルロ・カイラが立っていた。
衛兵に促され、ソフィアは父とともに絨毯の上を数歩進んでから跪いた。
父が名乗りを上げ、この話への招待を感謝し、そして簡潔に述べる。
「偉大なる君主ゲオルグ・バルロ・カイラ様。どうか、我が娘ソフィアを、我らがカイラ王国の聖女としてお迎えくださいませ…!」
それはソフィアにとって逆らえない言葉だった。
領内の疲弊と財政の悪化は誰の目にも明らかだったからだ。
私がこの城に招かれることで、家族や領が少しでも援助を得られるのなら、それはきっと、とても素敵なこと…。
そう思った。
思うしかなかったのかもしれない。
そんなソフィアの悲壮とも言える決意の表情に、国王ゲオルグはあくまで笑顔を返す。
「そなたらの苦労、聞き及んでいる。ソフィアよ、大義を果たす覚悟はあるか…?」
「はい、国王様。私にできることがあるのなら、この力を役立てることができるのなら、私は喜んで聖女となり役目を全う致します」
あの聖堂に通っていたのと変わらない。私はただ、誰かを助けたい。それだけなの。
そのための力を私は授けられたのだから。
凛とした表情で返すソフィアの姿を、国王ゲオルグは満足気に眺めてから、一際大きな声を発した。
「今日この時より、この娘ソフィアを我が国の聖女として迎え入れることとする。
今日まで娘を立派に育てた其方らの功績を認め、ここから先の援助と繁栄を約束しよう」
ありがたき幸せ…!と声を上げ頭を下げる父に倣い、ソフィアも頭を下げる。
「では、カインス。ソフィアを案内してやりなさい」
「かしこまりました父上。ではソフィア、こちらへ」
王子カインスがゆっくりと歩き出すのを見て、ソフィアははい!と返事をしてから後を追う。
「おお、ソフィア…!」
「お父様、どうかお元気で…、」
別れにしては随分と慌ただしいが、ありったけの言葉を昨晩交わしたのだ、今さら…。
それでも、寂しい。
涙を堪えながら、ソフィアはカインスの後を追った。
「そんなことを言わないでお父様。私もエカテリーナも、ここまで立派に育ててもらったわ」
それは国王に謁見する前日のこと。
生まれ育った屋敷を離れ、国王の住まう首都へ向かう準備がそろそろ終わろうかというころ。
ドレッサーを始め家具が一旦整理され、どことなく無機質な印象になった部屋に現れ、弱々しい声で謝り続ける父親を見て、ソフィアが感じたのは、言いようのない寂しさだった。
もちろん、愛する家族の元から独り立ちすること、住み慣れた屋敷を離れること、あの聖堂に通う日々が終わること…そういった寂しさは当たり前に湧いている。
しかしこの寂しさは少々違う。
目の前の人を想うが故のものだ。
いや、憂うが故の。
『ああ、父の背中はいつの間にこんなに小さくなってしまったのだろう』
言葉にはしなかった。口に出すことをぐっとこらえた。
この人を責めたいのではない。ただ感謝を伝えたい。
でも、その姿はあまりに弱々しく。
「…っ」
俯く父を、ソフィアはただ抱きしめることしかできなかった。
そして翌日。
母や妹と何度も抱き合い、予定より少々遅く屋敷を発った。
別れを惜しんだのは家族だけではない。
ソフィアがいなくなることを聞きつけた近隣の住民たちが見送りにやってきたのだ。
「ああ、ソフィア様、お元気で」
「いなくなっちゃうなんて困るよお」
「いつでも帰ってきてね」
思い思いの別れの言葉が送られる中、ソフィアは一人ひとりにお礼と短い別れを告げていった。
一通りの挨拶を終えてから、すぐに馬車で2時間ほど移動し、ソフィアと父親は国王の待つ城に出向いた。
必要最低限の衣服などの荷物に、精一杯の捧げ物を詰めた…つもりだったが、馬車一台で足りる程度の量しかなかったのが現実である。
王城に入るのはいつ以来か…ソフィアは思い出そうとするが、どうしても記憶が朧げだ。
父によれば4歳のころに家族全員で謁見に訪れたことがあるらしいが、今一つ思い出せない。
ソフィアがそんなことを考えているうちに、2人は謁見の間に通された。
「わあ…」
ソフィアは思わず声を上げた。
そこは、何年も通っていた聖堂を思い出すかのような、こじんまりとした空間だった。
しかし、大きな天窓から差し込む陽の光が、真白い壁や柱、そして赤い絨毯をキラキラと輝かせている。
その先には玉座と、槍を構えた衛兵たち。
玉座には、このカイラ王国の主であるゲオルグ・バルロ・カイラ国王が、優しい笑みを浮かべながら座っている。
そして玉座の横は、ゲオルグの息子であり次期国王のカインス・バルロ・カイラが立っていた。
衛兵に促され、ソフィアは父とともに絨毯の上を数歩進んでから跪いた。
父が名乗りを上げ、この話への招待を感謝し、そして簡潔に述べる。
「偉大なる君主ゲオルグ・バルロ・カイラ様。どうか、我が娘ソフィアを、我らがカイラ王国の聖女としてお迎えくださいませ…!」
それはソフィアにとって逆らえない言葉だった。
領内の疲弊と財政の悪化は誰の目にも明らかだったからだ。
私がこの城に招かれることで、家族や領が少しでも援助を得られるのなら、それはきっと、とても素敵なこと…。
そう思った。
思うしかなかったのかもしれない。
そんなソフィアの悲壮とも言える決意の表情に、国王ゲオルグはあくまで笑顔を返す。
「そなたらの苦労、聞き及んでいる。ソフィアよ、大義を果たす覚悟はあるか…?」
「はい、国王様。私にできることがあるのなら、この力を役立てることができるのなら、私は喜んで聖女となり役目を全う致します」
あの聖堂に通っていたのと変わらない。私はただ、誰かを助けたい。それだけなの。
そのための力を私は授けられたのだから。
凛とした表情で返すソフィアの姿を、国王ゲオルグは満足気に眺めてから、一際大きな声を発した。
「今日この時より、この娘ソフィアを我が国の聖女として迎え入れることとする。
今日まで娘を立派に育てた其方らの功績を認め、ここから先の援助と繁栄を約束しよう」
ありがたき幸せ…!と声を上げ頭を下げる父に倣い、ソフィアも頭を下げる。
「では、カインス。ソフィアを案内してやりなさい」
「かしこまりました父上。ではソフィア、こちらへ」
王子カインスがゆっくりと歩き出すのを見て、ソフィアははい!と返事をしてから後を追う。
「おお、ソフィア…!」
「お父様、どうかお元気で…、」
別れにしては随分と慌ただしいが、ありったけの言葉を昨晩交わしたのだ、今さら…。
それでも、寂しい。
涙を堪えながら、ソフィアはカインスの後を追った。
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