献身聖女が癒したものは

朝雨

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第七話

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戦争というものをいくら想像しても、その痛みまで実感することはできない。
あまりその点ばかり考えていても仕方ない…。

でも、もしその時が来たら、私は誰かを助けたい。傷ついた人を癒したい。

ソフィアは改めて自分の考えを確認し、手のひらを見た。
癒しの力が続く限り。

再び本に目を向けて整理する。
内容についてはリゲルの言ったとおりだ。結界がどういうものかは何となく想像がついたが、聖女という言葉はどこにも出てこない。

「これはきっと、私が授かった力とは違うものだわ」

ふうっと息を吐いて、「どうやってカインス様に報告しようかしら」と考えながら、ふと、ページの端に目をやると、掠れた文字が目についた。

「説明の続きかしら? ええと、」

その一文は慌ててとられたメモのような走り書きだった。

『魅入られた女、まるで、そのために…。
『魅入られた。まるで悪魔に。
『魔女。

「え…?」


・・・・・

翌日の朝。
カインスの執務室を訪れたソフィアは、結界についての記述内容を伝えた。

報告を黙って聞いていたカインスだったが、いつものようにふんと鼻を鳴らしてから口を開いた。

「文献に埋もれた説話集にそのような記述がされていたか。聖女という言葉はなく、書かれていたのは魔女の力だと」
「はい、そういうことなのだと思います」
「やれやれ…」

カインスは苛立ちを滲ませながら、独り言のように続けた。

「聖女を囲ったはいいが、本当に必要なのは魔女だと?
実にふざけた話だ。あの部屋にその本があったのなら、管理人に一冊残らず読み解かせるべきだったか。まあ、その一冊だけを手掛かりにするのも危うい話ではあるが…」
「あの、カインス様。結界というものはどうしても必要なのでしょうか」

 ソフィアは勇気を出して一歩踏み込むことにした。
カインスの真意の一端だけでも知っておきたいと思ったからだ。
その問いにカインスは苛立った表情のまま答える。

「すでに西の帝国では、火薬を利用して弓矢よりも速く飛ぶ遠隔攻撃の道具が開発されたと聞いている。そのようなものが大量に使われれば、攻め込まれた時に太刀打ちできん」
「火薬を使った道具…」
「我が国にそのような開発能力はないが、君をはじめとして聖女の存在がある。この強みを活かす戦略を立てることこそ次の繁栄につながる一歩なのだ」

ソフィアの意識を刺し貫くかのようなカインスの視線にソフィアは思わず一歩後ずさった。

「…ふん、まあいい。君は君で、聖女としての務めを全うしたまえ。下がっていいぞ」
「はい…」

促されるまま、ソフィアは部屋を後にする。

何だろう、これは胸騒ぎだろうか。ただ漠然とカインスが恐ろしく見えただけだろうか。
いずれにしろ強ばったままの表情がすぐには戻りそうもなかった。


「聖女の次は魔女、ね。…まったく面倒な限りだ。おい、図書室のリゲルを呼べ!」
「はっ、かしこまりました!」

兵士に指示を出し、カインスは再び虚空を睨みつけ思案に耽る。

「聖女だけでなく魔女の存在…正直言って、それこそおとぎ話で出てくる悪役しか知らんぞ。そんな存在がこの国にいたのか? そもそも図書室の資料を集めたのは父上だ。何かご存知なのかもしれんな」

程なくして扉がノックされ、怯えた様子のリゲルがカインスの前に現れた。

「あの、お呼びでしょうか?」
「手短に言おう。君はこれから、図書室中の本をすべて読破し、魔女についての情報を精査せよ」
「魔女って、そうか、ソフィアさん…」
「…? 君、すでに何か知っているのか?」
「いえ、私はソフィアさんにお渡しした本のことくらいしか、他には何も」
「そうか。では早速作業に取り掛かってくれ。期限は10日だ。給金ははずもう」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります…!」

返事をして、リゲルはそそくさと部屋を出ていった。
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